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二人の中の三すくみ

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「これって、緊張のようなものなのか、それとも、好きになったことで、自分の好みの女性とのイメージが曖昧だから、頭の中の焦点が合わないという感覚になるからなのだろうか?」
 と考えた。
 確かに、これまでの不知火は、自分が好きな女性のタイプというのは曖昧だった。
「どんな女性が好きなんだい?」
 と聞かれても、
「うーん」
 と曖昧な返事しかできなかったような気がする。
 そんな中で、思い出そうとしても、顔がハッキリと思い出せる、なるみという女性は、本当に自分の好みの女性なのだろうと思う。
「今まで、なるみに遭うために生きてきたのではないだろうか?」
 とまで思うほどだった。
 このセリフは、よくプロポーズであったり、
「私をいつ好きになってくれたの?」
 と聞かれた時に答えるセリフの定番として考えられるものだが、まさか、自分にもそんな風に感じられる女性が現れるとは、正直思っていなかった。
 だから、なるみとの出会いは、
「偶然で片付けてしまってはいけないものなのだ」
 と、感じるようになっていた。
 なるみと知り合ったのは、一見、
「こんなの偶然ではないか?」
 と思うような出会いだった。
 偶然でなければ、まるで不知火がストーカーではないか? と言われるような形になって不思議のない出会いだったので、それを認めたくなければ、偶然で片付けるしかないというほど、本来なら恥ずかしいものだった。
 だが、知り合ってから少しして、明らかに、なるみが変わったのだった。
 それまでのなるみは、どこか捉えどころのない、よく言えば、
「天真爛漫」
 少し違う言い方(いや、本音を言えば)をすれば、
「天然」
 というところだったのだが、ある日から急に笑わなくなった。
 それまでは、いつも笑顔で、
「本当の顔はどこにあるのだろう?」
 という思いを抱かせるような顔だったのに、それ以降の顔は一体何なのか、真顔と言えばいいのか、それまでの顔しか知らないので、恐怖しかないのだった。
「こんな恐ろしい顔を、笑顔のウラに隠していたんだ」
 と思うと、気持ち悪さと恐怖を一緒に感じた。
 オカルトがホラーに変わったような気持ちにあり、改めて、
「俺って、オカルトは好きだが、ホラーは苦手だ」
 と思うのだった。
 これは、小説におけるジャンルの話で、最初は、
「ホラーとオカルトって、どこが違うんだろう?」
 と思っていた。
 しかし、ホラーというのは、サイコホラーなどのように、恐怖をいかに読者に与えるかということが勝負なのと違い、オカルトの場合は、恐怖を裏に推し隠し、都市伝説や奇妙な話を前面に押し出すことで、読者を不思議な世界へといざなうものだ。
 つまりは、ホラーというのは、
「最初から、恐怖のインパクトを植え付け、そのまま最後まで、その恐怖を衰えないようにして、読者を飽きさせない」
 というものだと思うのだ。
 逆にオカルトというのは、
「恐怖を裏に抱えていて、相手に恐怖を与えないように、ドロドロした雰囲気を最後までもっていき、最後の数行で、読者にどんでん返しを浴びせることで、奇妙な小説を完成させる」
 というものであると思うことから、
「ホラーとオカルトは、恐怖や不思議な現象という意味で共通項は存在するが、ストーリー性としては、まったくの大将的なものではないか?」
 と思えるのだった。
 そういう意味で、なるみには、
「オカルト的要素」
 を持った女性だといえるのではないだろうか?
 ただ、急に変わったのには、他人には分からない、性格を変えるだけの何かがあったともいえるだろう。
 それを、
「オカルト的要素」
 などというのは、何も知らない相手としては、実に失礼なことではないかとも思えるのだった。
 だが、それを含めたところで、彼女の魅力だといえば、そうなのだ。
 なるみという女性が、雰囲気を持っていて、その雰囲気は、絶対に俺を飽きさせるものではない。
 こう言ってしまうと、いかにも、
「自分中心的な考えだ」
 と言われてしまうのだが、好きになるのは自分なのだ。
「自分中心であって何が悪い」
 そう思うと、意外と人を好きになるというのは、自分中心でないと難しい、つまりは、「一目ぼれというのは、自分中心の考え方が造り上げる妄想なのだ」
 といえる気がした。
 だから、今までの自分には、一目ぼれがなかったのだとすれば、自分なりの納得がいくというものである。
 不知火は、なるみと知り合ってから、他の友達がどんどん減っていった。不知火から離れた人もいれば、相手が不知火から離れる場合もあった。最初は、不知火からまわりを避ける素振りがあったのだが、まわりが不知火から去っていったのは、不知火がまわりを避け出したことと関係があるのだろうか?
 不知火自身は、
「それでいい」
 と思っているのだが、どうも、それだけでは説明がつかないというような、納得はいっていない感覚であった。
 というのも、なるみが天真爛漫な性格から、急に真顔になり、その表情に恐怖を感じた人が、なるみから去っていったのを見て、不知火は、
「なるみから去っていくなんて。まわりを信用しない方がいいのかも知れないな」
 と、第三者的になるみのまわりを見た時、自分のまわりと比較してみると、どこにも差がないように思え、
「別に大差なんかないのに」
 と思うようになると、自分もまわりを避けるようになってきたのであった。
 そうなると、人を避けるのも、人から避けられる雰囲気ができあがるのも当たり前というもので、ただ、その二つが、どこか、
「交わることのない平行線」
 を描いているようで不思議だった。
 なるみが、豹変したのは、
「誰か好きな人がいて、その人にフラれたからではないか?」
 と、最初に考えた。
 この考えはあまりにも、平凡であり、ベタでもあった。だから、すぐにそれを否定する考えを頭に抱くと、すぐに抱いた考えがもっともらしく思えたので、その考えはすぐに捨てることになった。
 では、
「誰かに裏切られたのでは?」
 という思いが浮かび、こちらは、しっくり来たのだが、それだけでは説明がつかないものがあったので、さらにプラスアルファで考えてみることにした。
 つまりは、
「人に裏切られたことで、自分がひどい目に遭った。そしてそのひどい目というのは、トラウマができてしまうほどのもので、そうでもなければ、あそこまで恐怖に歪んだ顔になるはずがない」
 と思えたのだ。
 ただ、それが、元々は、
「なるみの油断がもたらしたものではないか?」
 という危惧があった。
 だが、その考えは間違っているとすぐに分かったのは、もし、油断があったと自覚できているのであれば、ここまで同じ表情、つまり無表情がずっと続くことはない。心のどこかで、自分を苛めるかのような、自己嫌悪があってしかるべきだと思うからだった。
 そんな様子がなるみには決してなかったのだ。だから、油断というわけではないが、強引にひどい目に遭わされた。それは、理不尽でしかなく、恐怖に震えたとしても、無理もないことだ。
作品名:二人の中の三すくみ 作家名:森本晃次