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二人の中の三すくみ

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「あっ、すみません。出しゃばったことを言ってしまって。でも、死体を発見したのが自分だと思うと、このまま納得できずにいるのは、気持ち悪いことなので、ついつい自分を納得させようと考えてしまうんです。素人が勝手なことばかり言っていると思って、見逃してください」
 と、不知火は言って、苦笑いをした。
「そういうことなら、分からないでもないが、とにかく、今は何も分かっていないので、我々にしても、君の考えにしても、ただの妄想でしかないんだ。そこのところは分かっておいてくれ」
 と刑事は言った。
 この刑事は、それほど、警察としての恫喝をするタイプの人ではなさそうだ。
 どちらかというと、
「庶民の味方」
 というタイプではないかと思うと、少し気が楽になったのだった。
 今まで、不知火は、警察に通報したことなどないくらい、事件や警察とは縁遠いものだった。普通は誰でもそうなのだろうが、いざ事件に首を突っ込むことになると、またしても、中学の時に見た事故の悲惨な思い出がよみがえってきて、今回自分が発見したのが死体だったということがまるでウソのように思えるくらいだったのだ。
 そこへ、今度は鑑識がやってきた。
「今の時点での推測ですけど、まず死因は、胸に刺されたことでの、出血多量によるショック死ですね。そして、死亡推定時刻は、たぶん、今から、8時間くらい前ではないかと思います」
 と鑑識がいうと、
「じゃあ、大体今が、午後10時過ぎだから、午後2時前後ということになるのかな?」
 と刑事がいうと、
「そうですね、そうなります。ただ気になるのは、このあたりはそんなに荒れていないことと、そこまで血が残っていないことから、殺害現場がここだったということはないのではないかと思われます」
 と鑑識が言ったので、先ほどの自分の推理が証明されたようで、刑事は少し誇らしげだった。
「後は何かないですか?」
「そうですね。争った跡はないんですが、何かをじっと握りしめていたのか、手をこじ開けるのが少し大変ですね。しかも、犯人がやったのかどうかは分かりませんが、被害者の指にいくつかの傷があります。何かを握っているのではないかと思って、指を無理やり開かせようと思ったんでしょうね。でも、死後硬直から、それが難しかった。ひょっとすると、犯人は、どこかに何かを落としているのかも知れないと思って、今、いろいろ捜索をしているところです」
 と、鑑識が言った。
「何を探していたんだろうか?」
 と刑事も少し考えてみた。
 ただ、これは、今考えても分かるはずもない。被害者が何者で、被害者のまわりにどういう人間がいて、どういう環境にいたのか、一つ言えることは、
「殺される理由があるほど、誰かに恨まれていたか、あるいは、彼が死ぬことで、得をする人物がいる」
 ということになるのだろう。
 それを思うと、まだまだ捜査は始まったばかり、不知火も、巻き込まれてしまった手前、このまま、
「はい、そうですか」
 と言って、無視することもできないだろう。
 そんなことを考えていると、
「そろそろ、自分は帰らないと、終電がなくなってしまう」
 というと、
「ああ、すみません。とりあえず、連絡先だけは伺っておいて、また近いうちに連絡を入れるかも知れませんが、その時はご協力ください」
 ということで、警察が駅まで送ってくれるということであった。
 それと同時に。現場ではもう一人の刑事が残って、捜索を行っていた。とにかく、夜の空き家で発見された死体があるからと言って、この夜中に、民家に事情聴取と言っていくわけにもいかない。
 とにかく、捜査は、夜が明けてからになるということで、ここには立ち入り禁止のロープを張り、早朝からでも、捜査の続きをしないといけないだろう。
 そういうことで、まずは、死体を検死に回し、当然のことであるが、行政解剖が行われることになった。
 解剖自体は、明日行われるとして、まずは、一度引き上げることになった。
 もしこれが、都心部であれば、こんなに簡単に終わらないだろう。近所から野次馬がたくさんやってきて、
「何があったんですか?」
 ということで、警官が交通整理をしなければいけなかったりするだろう。
 それを思うと、このような中途半端な田舎町で起こった殺人事件。K市の管轄から、捜査員が派遣され、捜査本部ができることだろう。
 もちろん、このあたりで、ここ3年以内に、事故はあっただろうが、事件のようなことがあれば、会社でもウワサになるだろうから、大した事件しか起こっていなかったのだろう。
「果たして殺人事件なんて、かつて最後にあったのは、いつだったのだろう?」
 と、考えながら、不知火は最終電車に乗り込み、家路を急いだのだった。
 もう頭の中は事件のことでいっぱいで、
「果たして今夜眠ることができるだろうか?」
 そんな風に考えるのだった。
 不知火が家に帰ると、もう午前1時を回っていた。シャワーだけは浴びたが、何かを食べようという気持ちにはなれなかった。
 食べようとすると、酸味を帯びた金属臭のする、あの、
「血の臭い」
 が思い出されるからだ。
「自分の血液ほど、気持ちの悪いものはない」
 と思っていたはずなのに、実際に大量ではなく、しかも、時間がかなり経っていて、臭いがするはずなどないあの状況で、気持ち悪いと思うのは、一体どういうことなのか? と思えてならないだろう。
 そう思ってみると、シャワーを浴びても、自分の身体に血がしみついているような気がして、実に気持ち悪いものだった。
 食事も摂れない状態で、シャワーだけ浴びれば、一気に疲れが襲ってくるのは分かっていた。
 パジャマに着かえて、布団に入ったが、なかなか眠れるような気はしなかった。
「羊でも数えてみるか?」
 などと思っていると、気が付けば、本当に羊を数えていたのだ。
 羊を数えると眠たくなるというのは、ほぼ迷信なのかも知れない。何かが気になっているから眠れないのであって、その気になっていることを意識の中から分散させることで、意識が、いや、感覚がマヒしてくる。そうなると、一気に脱力感に襲われ、そこから睡魔が生まれてくる。
 その間隙を縫って、襲ってくる眠気に乗っかることが、
「羊効果」
 というものなのかも知れない。
「どうしても眠れない時は、睡眠薬を飲めばいい」
 といってもいいだろうか?
 睡眠薬で眠ってしまうと、聞きすぎた場合、今度は起きてからが身体が動かない可能性がある。そうなると、せっかく眠れても、起きてから行動ができないのであれば、本末転倒ではないかと思うのだった。
 だが、その日は、何と、
「羊効果」
 で眠れたのだ。
 一番の理由は、いくら気が高ぶっているとはいえ、
「自分にとって、この事件はあくまでも他人事だ」
 ということである。
 そもそも、眠れない理由の一つに、仕事のことがあるのも間違いないことで、あの場所を通りかかったのも、気分転換だったはずだ。
 しかし、あそこを歩いているうちに、
「あそこに何かよからぬものがあるのではないか?」
 と感じたのではないかということを、後になって気が付いた。
 それがいつだったのかというと、どうやら、夢の中だったようだ。
作品名:二人の中の三すくみ 作家名:森本晃次