小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マイナスの相乗効果

INDEX|8ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

 手には、まるで魚釣りでも行ったかのようなくらいのジュラルミンケースを肩にかるっていて、足早に入ってくる。そして刑事がしゃがみこんでいるのを眺めながら、無口で、皆それぞれの配置について、ケースの中から七つ道具を取り出し、いろいろ調べていた。
 そこまで見れば、その人たちが、
「鑑識の人間だ」
 ということは、疑う余地もなかった。
 初めて見る鑑識の手際の良さは、本当に刑事ドラマのシーンそのものであった。
 一気にまわりは、死体発見という喧騒とした雰囲気に変わってしまったのだが、それがすべて無言で行われていたことに恐怖というか、気持ち悪さを感じたのであった。
 警察は、いろいろ物色をしていて、刑事同士で、小声で話をしているのも見えた。完全に無視されていることに、最初は、
「捜査なんだから、しょうがないか」
 と思っていた奥さんだったが、それにしても、自分が通報しなければ、警察だって、捜査できないんだから、さっさとこっちに来てくれてもいいじゃないかと感じた。
 その気持ちが分かったのか、それとも、奥さんの視線に気づいたのか。刑事の一人がおもむろに捜査から離れ、こちらにやってきた。どうやら、やっと自分の番のようだ、
 心の中では、
「どれだけ待たせれば気が済むんだ」
 と思ったが、かなり待たされたという思いは、あくまでも死体を発見してから、通報した時点からの起算となるが、刑事の方とすれば、あくまでも、ここに到着してからの思いなのだろうから、彼女の感覚とはかなりの隔たりがあるに違いない。
「いや、どうもお待たせしております。このあなたが第一発見者の方ですね?」
 と聞かれた奥さんは、
「ええ、そうです」
「こんな早朝に、すぐに死体をどうやって発見されたんですか? まずはその経緯をお願いします」
 ということで、前述の様子を話した。
「なるほど、ということは、あなたが毎朝の日課としている玄関先の掃除をしていると、隣の部屋の扉から、明かりが漏れているのに気が付いた。まわりが真っ暗だったから、余計に分かりやすかったというわけですね? それでこちらを見られていると困ると思ったので、近づいてみたが、扉が閉まる様子がない。おかしいと思って、思い切って覗き込んだというわけですね?」
「ええ、その通りなんです。中を覗き込むと、リビングのところで人が倒れているのが見えて、慌ててしまって」
「そこで警察にですね?」
「ええ、そうです。死体のそばで、手を触ってみると、冷たく、そして固くなっていて、脈を診るまでもなかったので、警察に電話をかけました。完全に、人間の形をした大きな石が転がっているという感じだったからですね」
「よく分かりました。ところで、この方は所持している運転免許証などから、今里茂という方に間違いないと思われるんですが、こちらの住人だということでよろしいでしょうか?」
「ええ、間違いないですね」
「奥さんは、隣の703号室にお住まいの方ということで、よろしいのでしょうか?」
「ええ、かまいません」
 ということで、今話をしているのは、その隣の705号室であり、殺されたのは、そこの住人である。今里茂という男だという。
 最近は、個人情報やプライバシーの問題がいろいろあるため、玄関先の表札や、一階にある集合ポストに表札を掛ける人は少なくなった。登録されていない電話番号から電話があった場合、今までであれば、
「もしもし、○○です」
 と、答えていたものが、今では、
「もしもし。どなたですか?」
 という形で電話に出るか、あるいは、最初から出ないかのどちらかであろう。
 登録されていないところからの電話であっても、緊急に知らせを必要とするところであれば、かかってくることもあるだろう。そういう意味で、出ないという選択も後での後悔に繋がるのであればと思うと、さすがに出ないわけにはいかないと思う人も少なくはないだろう。
 それを思うと、プライバシーの保護という問題は、いろいろなところに影響を及ぼすことになり、
「実に世知辛い世の中になったものだ」
 と思わせるに違いなかった。
 これだって、元々、詐欺というものが出てこなければ、こんな世知辛い世の中になったり、知らないところからかかってきた電話を、
「まずは、詐欺を疑え」
 などという物騒な発想にならなければいけいことを思えば、本当に腹が立つというものだ。
 しかも、それを自然とできるようになったことで、
「詐欺に対しての備えは、それくらいでなければいけない」
 と言って褒められても、嬉しくもないというのは、実に不思議な感覚だ。
 普通は、
「褒められれば嬉しいものだ」
 というのは、当たり前のことであり、条件反射のように感じてきたことのはずなのに、その条件反射を覆す時代が来たのだと思うと、これほど情けないものがあるだろうか。
 そんなことをいろいろと考えてくると、本来であれば、恨むべきは100%詐欺集団の存在のはずである。しかし、ここまで段階を得ないと、まわりを疑うことで褒められるほどの状態になれないということであり、そこまでくると、元々恨むべき相手が詐欺集団であるということを考えたのが、まるで遠い昔のように思えてくる。それが悔しいのであった。
 何が一体、どうして、こんなにも暮らしにくい時代になったというものか。
「今まで普通の会話として成立していたものが、今では、セクハラだ、パワハラだといって、何も言えなくなった」
 という嬢氏が果たしてどれだけいるのだろう。
 確かに差別問題であったり、上司と部下、あるいは、男と女という上下の関係を使って明らかに自分のストレスをぶつけていた上司もいただろう。それに対して文句がいえない部下があいたのも事実で、そんな状態を打破するため、今は、
「コンプライアンス」
 という言葉で、社会が、仕事をしやすい環境という風潮になってきたのだ。
 だが、コンプライアンスを遵守するのは、基本的には当たり前のことだが、別にセクハラでもパワハラでもない日常のことまで、ダメだということになってきた。
 下手をすると、管理職になると、いかに部下を使って仕事を効率よくまわすかということが課長の上からの評価となるのに、それがコンプライアンスを盾に、部下が上司のいうことを聞かなくなるということも実際に起こっているかも知れない。
 前までは、
「○○君、今度のプレゼンの資料、任せたからね」
 などと簡単に言えたのに、部下の中には、
「具体的に提示やり方を提示してください」
 という人も出てくる。
 前であれば、上司の気持ちとして、
「君に任せておけば、できるという期待を込めてお願いしているんだよ」
 と言いたいのだろうが、部下とすれば、
「上司から、自分の実力以上の仕事を押し付けられた。つまりは嫌がらせを受けたのだ」
 という思い込みから、
「上司から、パワハラを受けた」
 と言いかねない。
 課長とすれば、それだけは避けなければいけなかった。
 なぜなら、もし、この主張が通る通らないは別にして、この不満が表に出てくれば、自分の直属の部下たちが、
「私も課長から、パワハラを受けていました」
「私もです」
 と言って、次から次に申告する人が出てくるだろう。
作品名:マイナスの相乗効果 作家名:森本晃次