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マイナスの相乗効果

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 もちろん、野球だけではなく、サッカーなどのスポーツを始めとして、子供なら、アニメチャンネルや、奥さんだったら、昔のドラマなどの再放送が見れるということで、月額で、見たいチャンネルと見ることができる。
 月に、千円から、数千円というリーズナブルな価格で、見たい番組が見れるというのは魅力だった。
 録画もできるようにしておけば、番組の時間がかぶっても、喧嘩になることはない。それを思うと、スカパー契約も悪くはなかった。
 途中で見なくなれば、そのチャンネルを解約すればいいのだ。そう思えば、気も楽だった。
 そんな中で、母親が契約した、昔のドラマがあったが、ミステリーの再放送があった。本放送は、1970年代後半くらいで、映画にもなり、今でも伝説として残っている有名作家のミステリーシリーズとして、製作された番組の再放送があったのだ。
 それを見て、新山少年は、自分でも、その小説を読んでみたいと思った。ちょうど、番組が放送されていた時代が最盛期だったようで、何と、百冊近くの文庫本が、本屋に並んでいたのだ。
 百冊ともなると、一段では賄えない。二段目の途中くらいまでその作家の本が並んでいるという爽快さで、当時は、売れっ子作家であれば、本を出せば出すほど売れる時代だったのかも知れない。今のように、作家単位ではなく、売れる本は、平積みになっているが、同じ作家の本でも、今までだったら、たくさん並んでいたものが、数冊しかなかったりする。
 それだけ、文芸界も様変わりしてきたということだろうか。
 昔のような紙媒体ではなく、今はパソコンやスマホでの、いわゆる、
「電子書籍」
 が主流になっているのである。
 当時の探偵小説というと、トリックなどを駆使した犯行が多く、それを、探偵が解決していくという時代だった。だから、推理小説という言い方ではなく、探偵小説という言われ方をするのだった。
 民間の素人探偵であったり、私立探偵と呼ばれるものであったり、時代を反映した探偵が活躍した時代だった。
 今も、ライトノベルズの関係なのか、
「○○探偵」
 と呼ばれるものが結構出てきたりした。
 事件解決にあまり関係のないような雰囲気のものが多く、それはきっと、マンガが原作だからなのかも知れない。
 最近の、民放で製作されるドラマなどは、そのほとんどは、原作が、マンガのものが多い。そうでなければ、脚本家のオリジナル作品であり、昔のような、小説が原作というドラマは、ほとんどないといってもいいかも知れない。
 そのため、どこか少年物という雰囲気が強く、マンガに馴染みのない人は、昔の探偵小説を好んで読んだり、テレビ化や映画化をしたものを見たいと思うことだろう。
 だが、小説に関しては、昔の本は、
「昔はあれだけ売れて、本屋に所せましと並んでいたのに」
 という状態だったものが、今では、すでに絶版になっていて、本屋で予約をしようとしても、
「もう新刊はありません」
 ということになる。
 そうなると、古本屋で、
「運が良ければ見つかるかも?」
 という程度でしか置いていない。だから、有料放送の再放送で見るしかないのだ。
 ただ、運よく、友達のお兄さんに、同じように探偵小説が好きな人がいて、その人が古本屋で掻き集めてきたといって、昔の本を、その作家の分、ほとんど揃えていたりした。
 それを借りて何度も読んだので、頭の中にセリフが入っているくらいであった。
 しかも、ドラマの再放送を録画して見ることができるので、本当にセリフも結構覚えていたりしたものだ。
 今回の事件は、まるで、そんな探偵小説の時代のような感じがするのだった。
 何か、事件の裏に隠されているものがあると感じるのだが、それが、今の時代にありがちな、マンガに出てくるような陳腐なトリックではないような気がする。
 ただ、
「リアルな事件ほど、まるで、マンガのようなトリックが使われていたりする」
 というような話を聞いたことがあるので、マンガの世界もそれなりに侮れない。
 しかし、やはり新山の頭の中には、探偵小説のような話であり、今回の謎に包まれた部分など、いかにも、探偵小説の時代を彷彿させるものがあるというものであった。
 探偵小説について、大学時代に調べたことがあった。
 その頃から、ネットの時代に突入していて、検索すれば、いろいろなことが分かる時代になってきていたのだ。
 その中に書かれているものとして、トリックを用いた犯罪を探偵が解決すると書かれていたが、そのトリックも、幾種類かあるのだが、よく見ると、そのほとんどが、今の時代では、通用しないものが多かったりするのだった。
 昔の探偵小説が流行った頃のトリックというと、
「密室トリック」、「アリバイトリック」
 などのように今もあるトリックである。
 昔は主流だったが、今では科学の発展とともに、使えなくなったトリックとして、
「顔のない死体(死体損壊)トリック」、
 などがあり、実は、この顔のない死体のトリックと呼ばれるものと、類似の犯罪と言われるものなのだろうが、実はある意味で、ジャンルを違えなければいけないというトリックとして存在するのが、
「一人二役トリック」
 というものだ。
 顔のない死体のトリックと、一人二役が、同じジャンルなのかというと、顔のない死体のトリックには、一種の原則がある。それは、
「相手の顔を損壊させることで、身元を分からなくして、誰が殺されたのか分からないといいう点において、犯人と被害者が入れ替わるという種が含まれている」
 ということである。
 ある作家は、一人二役と、死体損壊をくっつけて、新たな犯罪を形成するというやり方を取った。実にセンセーショナルである。
 しかし、今の時代において、死体損壊トリックは、なかなか難しい。顔を潰していた李、指紋のある手首を切り取ったりすれば、昭和初期であれば、絶対に身元は科学的に分かることはなかったであろうが、今の時代には、DNA鑑定などがあり、死体損壊トリックによる、入れ替わりの法則はほとんど使えないだろう。そういう意味で、アリバイトリックも同じかも知れない。交通手段もいろいろできてきたし、街中には、防犯カメラや、車にも、カメラがついていたりして、アリバイを工作するのも、なかなか難しくなってきている。
 さらに、一人二役のトリックであるが、なぜ、これを、死体損壊トリックと別物にする必要があるのかというと、
 死体損壊トリックは、最初から、
「これは、顔のない死体である」
 ということが分かっての事件であるが、一人二役というのは、そのトリックが読者に見抜かれてしまえば、それで終わりなのだ。
 最後の最後までこのことは隠し通しておかなければ、ミステリーの謎解きとしては、それで終わってしまうというものだ。
 だから、一人二役だけは、ジャンルとしては別ジャンルであるということになるのであった。
 そんなトリックを自分でも書けるようになりたいということで、ミステリーサークルに大学時代に入ったのだが、なかなかうまく書けるものではなかった。
 小説を書くということ自体が難しいのに、そこに持ってきて、トリックなども織り交ぜるというのは、かなりの難易度だった。
作品名:マイナスの相乗効果 作家名:森本晃次