マイナスの相乗効果
「私は、この学校の国語の教師で、池田と申します。ここ最近は、いつも、出勤は一番乗りなんです。家から学校までが一番近いというのもありますが、朝一番で出勤することに慣れると、一番でないと、却って気持ち悪いくらいになるんです。ここ数日はもうすぐ2学期の中間テストがありますので、その問題作りに早く来るようにしています。だから、逆に夕方は一番に退勤するようにしているんですよ。それが一番健康にもいいからですね」
というのであった。
「なるほど、池田先生は、この学校ではベテランなんですか?」
と聞かれて、
「いえ、そうではないんです。結構学校はいくつも転勤していて、この学校には3年目ですね」
という。
「じゃあ、被害者の花園さんとはどこで?」
「3つ前の学校くらいだったですかね? かれこれ、10年近くなりますか。私がまだ、新人くらいの頃だったですが、花園先生も、確か5年目くらいだと言っていた気がします。結構気が合って、教師のいろはのような話をいろいろ教えてくれました。花園先生は、あまり厳しくすることはしない先生でしたが、生徒に媚びるようなこともなかった。うまくやれているのは何か秘策でもあるのかって、冗談っぽく聞くと、企業秘密だって笑ってましたね。自分で考えろってことだったんだって、今では思えますが、私が先に転勤していったので、それからの花園先生がどうなったのか、よく知りませんでした」
というではないか。
花園に対しては、確かに大きな手掛かりではあったが、犯人だとは確定できなかったので、彼の過去まであまり調べていなかった。まさか、先生をしていたなどとは、思ってもいなかった。
「だけど、なぜ花園さんがこんなところで死んでいたんでしょう? 私の知っている限り花園さんは、この学校で赴任していたということはなかったはずですからね」
と、池田先生がそういうと、
「池田さんは、花園さんが先生を辞めたという話はご存じだったんですか?」
と刑事が聞いてきた。
「ええ、辞めたという話は確かに、風のウワサのように聞こえてきました。でも、あの人は確かにうまく立ち回ってはいましたが、教師として、向いていたかどうかというのは、僕には分かりませんでした。そういう意味で辞めたと聞いた時は、別に残念だとも、不思議だとも思いませんでしたね。あの人は、何をしたとしても、驚きに値するような人ではなかったような気がします」
と池田がいうと、
「じゃあ、自殺したり、人を殺したりと言われてもですか?」
と、先輩刑事が、いきなり核心をついたかのようにいうと、さすがに池田もドキッとしたようだが、すぐに涼しい顔になって、
「そうですね。私ならですが、一瞬ビックリはすると思いますが、だんだんと落ち着いてくると、あの人ならって感じるじゃないかな?」
「ということは、花園さんが殺されているというのを見ても?」
「そうですね、いろいろな疑問は残ると思いますが、死んだということに関しては、ビックリはしないかも知れないですね。そもそも、僕自身、そんなに人間に興味のある方ではないので、誰が死んだとしても、さほど気にしない方かも知れないですね」
と、言ってのけたのだ。
まあ、刑事を長年していれば、そういう人が今までに少なからずいたのを思い出した。その人たちを思い出すと、目の前にいる池田という男がそういう男だと言われても、別に驚くようなことはない。今までに知っていた、似たような人たちも、皆こんな感じだったというような気がしてきたからだった。
「そういう意味では、池田さんと殺された花園さんには似たところがあったというわけですね?」
「そうだと思います。私は、花園さんのように最初はなりたいと思っていたんですよ。だけど、なれないと思ったのは、すでになっているからであって、それは、似ているからだったんですね。一緒にいる時は分かりませんでしたが、他の学校に赴任して、花園先生がいないということが分かると、急に孤独感に襲われたんですよ。その時、花園先生が理解者からだったのかなと思うようになると、性格が似ていることを改めて実感したんじゃないですかね」
というのだった。
「ところで話は変わりますが、池田さんは、今里という男性をご存じですか?」
と、これまたいきなり先輩刑事が思い出したように言った。
「誰ですか? それは」
と、別に驚いた素振りも見せず、きょとんとした表情で、池田は答えた。
もちろん、そうであろうと思っていたので、別に気にならなかったが、ここで池田に対して、ここでは一切関係のない今里の名前を出したのか、池田の興味を確かめようと思ったのだった。
「今里という人は、経営コンサルタントの人だったんですけどね、生前に、花園さんと知り合いだったようなんですよ」
というところまでは話した。
だが、先輩刑事はそこまで話はしたのだが、肝心なところはまったく話そうとはしない。もちろん、後になればすぐに分かることであろうが、この場では、隠そうと思っているのだろう。そのうえで、それ以外のところから攻めているようなのだが、この先輩刑事は、池田という男が、今回の殺人、ひいては、半年前の今里の殺人にまで関与とまではいかないまでも、何かを知っていると思っているのではないかと思えたくらいだ。
何と言っても、先輩刑事が話をしないこととは、
「半年前に、花園が行方不明になっていた」
ということと、
「同じ半年前に、今里が殺され、そのことで何かを知っていたのではないかと、指摘されたことがあるのが、花園だったということ」
これらの二つは、肝心なことではないだろうか。
先輩刑事は、それら二つのことを、池田は最初から知っていると思って言わないのか、何か、先輩刑事の頭の中で、この池田という男がこの事件に、唐突に姿を現したのではないというような気がしてならなかった。
「現れるべくして、現れた」
そう、
「満を持して」
というべきではないかと思っているのだった。
身元不明
今回の事件は、発見された死体が誰なのかということは判明していたので、
「この事件が、半年前の事件と結びついている」
ということが分かった。
それも、まるで待っていたかのように結びついたのは、気持ち悪いくらいではないか。
もちろん、今回の事件と前回の事件の担当刑事が同じだったことは偶然には違いないが、他の人が担当であったとしても、遅かれ早かれ分かることだったはずだ。
事件はもちろん殺人事件として捜査本部が開かれたが、問題は、
「これが、半年前の事件と、一緒に考えてもいいのだろうか?」
ということであった。
前の事件は、捜査本部も解散し、半分、迷宮入りになりかかっている事件だっただけに、思わぬ形で糸口が見つかったわけだから、前の捜査を新たに引き継ぐ形にしてもいいものかということでもあった。
というのは、捜査員の中には、
「半年前の事件とは関係はない」
と思っている人もいる。