マイナスの相乗効果
佐久間の話では、殺された今里は、完全に水面下で動いていたので、二人の関係を知っている人はごく一部だというではないか。そのごく一部の中に、佐久間がいて、佐久間は今里のフィクサーのような存在だったのだろうか?
とりあえず、今里のことを探ってみるしかないと思っていたが、ここにもう一人、行方不明の花園店長のことも探る必要があった。まずは、今里のことを、佐久間との関係を含めたところを調べる必要があったようだ。
確かに、今里という男は、佐久間のいう通り、コンサルタントとしては実に優秀だったようだ。会社においての成績もいいようで、彼のコンサルタントによって、
「会社を立ち直らせることができた」
という会社の社長さんにも遭ってみたが、
「今里さんはなかなかの手腕をお持ちの方で、経費節減などに関しては厳しかったですが、イストらをすることもなく、事業展開をうまく操縦していただいたことで、思ったよりも早く会社を右肩上がりにしていただきました。私たちは感謝しています」
ということであった。
そういう話は数社で聞いてみたが、返ってきた答えはどこも変わりなく、彼の手腕を裏付ける証言しかなかったのだ。
そして、殺されたということに関しては、
「私どももびっくりしているんです。性格的にも温厚だったし、決して怒るようなことはしないし、キレるなんてことはありえないくらいでしたからね。実にいい人だとしか思っていませんでしたね」
ということであった。
コンサルタント会社での評判、会社の評判では、まったく彼に対して変なウワサは出てこないのであった。
だが、ここで捜査をしていた刑事は、少し気になっていたようだ。
「どんなにいい人間だって、これだけたくさんの人に話を聞いていけば、少しはおかしなウワサだって出てくるというものだが、まったく変なウワサを聞くことはない。却って何か怪しいような気がするんだけど、どうなんだろう? 彼は本当に二重人格で、ある人たちにだけは、聖人君子のようで、別の種類の人たちには別の顔を見せているということはないのだろうか? 例えば夜の顔を持っているとかね」
と言い出したのだ。
「ということは、表に見えている部分以外でも、顔を持っているということでしょうか? この間の佐久間という男もそういうことを言っていたようだし」
と、もう一人の刑事が言った。
「そういうことなのかも知れない。我々だって、今までにたくさんの事件の捜査をしてきて、似たような人間を見てきたではないか、そういう連中には、何か共通したものがあったような気がしているんだけど、君はどう感じていた?」
「そうですね。確かに言われる通りだったような気がします。でも、今までの事件ではどちらかというと、裏の部分が表に出ていて、いい人間が陰に隠れているというのが多かったような気がしますね。捕まえるまでは、極悪人を絵に描いたような男だと言われてきたけど、実際に捕まえてみると、そこまでひどい人間ではなかったというような感じですね。だから、犯人には間違いなかったけど、犯人像はまったく狂ってしまって、最初は私利私欲のための犯行だと思っていたが、裏付け捜査をしていると、実は人のために、やむにやまれての犯行だったという感じですね」
「うん、確かにそういう事件も多かった。だから、捕まえてから、犯人が皆に分かった瞬間に、その人が犯人だなんて信じられないという声が結構出てきましたからね。それまでは、彼が犯人かも知れないと、口では言っていた人がですね。きっと、その時は、状況証拠などから彼を犯人にしか思えないことで、皆も混乱していたんでしょうね。だから、警察には必要以上なことが言えない。警察の捜査を邪魔して、真相が分からないということだけは、避けたいと思っていたんだろうな」
というような話をしていた。
今回は、今の二人の話のよれば。見えない部分は、極悪と言われる可能性の高い部分なので、
「今里という人物は、本当は悪の方の性格が本物なのかも知れないが、とりあえず、固定観念を持つことのないように、捜査をして行ってみよう」
ということになった。
今里という人物の、裏の仕事を、佐久間の協力を得て、調べることは少しであるができた。
さすがに佐久間も、
「今里さんが殺されたことへの捜査と言っても、表に出ていない部分のことなので、深く入り込んでもらっては困るんです。何しろ相手だって、水面下で進めてきたという部分がありますからね。その人が、実は水面下で仕事をする人物だということが公になってしまうと、その人も困るし、それぞれに信用問題が崩れてくることになるので、それだけは避けなければいけない。一歩間違えると、私たちの会社も、相手の会社も、共倒れになってしまいかねないからですね。だから、いくら殺人事件の捜査と言っても、裏でやっている仕事のことをほじくり返すような話は絶対にしないでくださいね」
と言って、釘を刺したのだった。
「分かりました。そのあたりは我々も気を付けることにいたします」
という。
だから、とりあえず、彼らに聞いたのは、仕事上のあくまでも、ウワサレベルだという話だけで、口外はしないということと、相手の仕事の障りくらいであった。だが、最後に一つだけ、共通して聞いた話が、
「今里と、花園店長の関係」
についてであった。
そして、この話を警察が聞いたということを口外しない約束を取り付けた。そうしておけば、お互いに口外されたくないことを共有することで、相手も、話をしてくれる可能性があると思ったからだった。
花園店長との関係を聞いたのは、ついでという意味と、お互いに口外しないということを交わすことで、相手が話しやすくなるということを考えてのことであった。
だが、そのおかげで、花園店長と、今里の関係を水面下の人間は知っているのだ。どうやら、水面下で動いている人間同士、どこかで繋がっていたりしていた。それは、水面下で動く時、次のターゲットを探すのに、紹介という方法が一番手っ取り早い。何しろ、お互いに水面下なのだから、その口の堅さには定評があるというものだ。
今里氏が殺されたことで、水面下は、もう水面下ではなくなった。水面下ではあっても、水がどんどん抜けていき、次第に白昼に晒されるかのように見えてきたことで、警察に対しても、警戒をする感じではなくなっていたのだ。
「佐久間という男の考えすぎなんでしょうか?」
というと、
「そうかも知れないが、どうも佐久間という男は何を考えているのか分からないところがある。ただ、それだけに、こちらもそのつもりでいれば、利用しやすいともいえるだろう。そうなった時、意外とやつは、ボロを出すような気がするんだよな」
と、先輩刑事が言った。
それには、もう一人の刑事も賛成のようで、そのつもりで、次の、
「水面下」
の相手に会ってみることにした。
こちらも、最初から、ウワサということにして話を聞いていると、相手も、すでに水面下ではないということが分かってきているのか、最初の人よりも水面下の話を詳しくしてくれたようだった。