二重人格の螺旋連鎖
「彼は、本当にまじめな人でした。だけど、ある日、先輩から、ソープランドに連れていかれて、その時、初めての風俗だったそうなんですが、そのせいで、嵌ってしまったらしいんです。それも彼は真面目だったんだけど、飽きっぽいところがあるということで、相手も毎回変えていたということだったんです。その帰りに、この劇場を見つけて、フラッと入ってくると、私が舞台にいたらしいんです。それで、私のことを好きになってくれて、付き合うようになったんです。その時、彼が言っていたのが、飽きっぽい自分が、ずっと愛し続けあれる女性に初めて出会ったと言ってくれたんです。もちろん、その時には、ソープ通いをしていたのも聞きました。でも、私と付き合うようになって、ばったりと、風俗通いをやめたんです。そして、まわりから見ると私の取り巻きのような感じになったんです。それは彼が言いだしたことで、私に彼氏ができたとかいうことになると、私のファンが減るだろうって、ファンが減らないように、自分が取り巻きのようなふりをするといってくれて、私もそれに甘えていたんですね。その頃に私も彼に対しての罪悪感があって、彼の顔をまともに見ることができなくなった。ここから、私の視線が急に鋭くなったみたいで、逆に彼を苦しめてしまうようになり、別れなければいけないという皮肉な結果になったんです」
というのだった。
刑事も、
「なるほど、そういうことか」
と感じた。
そして、彼女は、
「私、彼がいうには、どうも、二重人格らしいんです。しかも、ジキルとハイドのようなですね。私の中に二つの人格があって、片方が出ている時は、片方が隠れているというんです。その時に、もう一つ怖いことを言っていたんですが、そのどちらかは、五分前を歩いているというようなことを言うんです。それを聞いて、ビックリしました。こう見えて、私はホラーやオカルトのような話は嫌いなんです。単純に怖がりなんですね。それを彼は平気で私に言った。彼の目からは私が、怖がりだというのは、ウソだという風に見えたんでしょうね。だから、彼の言う言葉を怖がりながら、自分の中で、殻に閉じこもってしまい、もう一人の自分だけが表に出ていることが多くなった。それを彼が見抜いたことで、結局別れることになったのではないかと、私は思うようになったんです」
というではないか。
さらに彼女は続ける。
「最近、私のファンの人ができたんですが、その人がとても、殺されたという彼に似ているんです。それが怖くて怖くて仕方がないんですが、私は彼と一緒にいる時の記憶があまりないんですよ。ということは、もう一人の私が出てきて、彼と付き合っているのではないかって考えるです。だからというか、吉野さんが殺されたというのを聞いた時、私はぞっとしてしまったんですよね。今の私の彼になってくれた人も、このままでは殺されてしまうのではないかと考えるからなんです」
というのだった。
読者諸君は、この彼女の告白による、新たな彼氏というのが、桜井であるということは分かるであろう。そして桜井は、曲がりなりにも、彼女の元カレが、殺されたことも分かっている。
少しの間、ショックで休んでいたが、戻ってきた彼女に、自分の気持ちを伝えると、思ってもいなかったOKが出た。
ただ、この時の桜井は、なぜ自分が明美のことがそんなに気になるのか、自分でも分かっていなかったのだ。
「明美という女、明と暗の部分があるようだ」
ということは何となく察しがついたのだが、それ以上のことは分からなかった。
逆に察しがついてしまったせいで、もはやこれ以上先に踏むこむことは自分からはできないと思ったのだ。
だが、相手から引き込まれてしまうのではないかという危惧はあった。もし相手から引き込まれてしまった場合は、自分から別れを切り出すことになるかも知れないということを、覚悟していたようだった。
しかも、
「これが、元カレが彼女に対して持っていた感情なのかも知れない」
と感じたのだった。
それから2カ月が経ってから急に、刑事は、何となくであるが、この事件の輪郭のようなものが見えた気がした。ただ、この推理というか、妄想は、証明するのが難しい。精神的な何かを動かす力を必要とするのかも知れない。まるで超常現象すら感じさせるものだった。
だから、これをそのまま捜査本部に持って行っても、
「何をバカなことを言っているんだ。SF小説家ホラー小説の読みすぎじゃないのか?」
と言われるのが関の山だった。
しかも、そこで、
「探偵小説の読みすぎ」
と言われなかったことからも、その妄想が事実であったとすれば、証明するのが難しいといえるだろう。
もし正しいとすれば、犯人を罪に問うことができるというのだろうか?
このあたりも難しいところである。
ただ、これを正しいと考えれば、密室の謎も謎ではなくなるのだ。刑事は、少しずつ推理を組み立ててみることにした。
まず、この事件の犯人は、桜井だ。これをいうと、
「桜井という男は、明美と知り合ったのは、被害者が殺されてからではないか?」
と言われることだろう。
そのあたりの捜査はすでに裏付けも取られている。そして、実際に桜井を怪しいという意見も最初の頃にはあった。しかし、明美の、
「私が桜井さんと知り合ったのは、吉野さんが殺されたから後のことなのよ」
ということを聞くと、捜査から外されてしまった。
だが、実際に桜井が明美のことを意識し始めたのは、そのずっと前のことであり、ただ、桜井は明美に告白のできていなかった時だった。
それを刑事は、
「桜井という男は明美の、もう一つの部分が表に出てくるのを待って居なのではないだろうか?」
と思ったのだ。
そして、桜井に告白されてからの明美は、桜井の好きなタイプの女性だけが桜井の前では表に出ていた。彼女が表に出ることはなかったのかということであったが、実際には出ていたように刑事は感じたのだ。
しかも、刑事はさらに発展形の考え方を持っていた。
「桜井という男は、明美と同様、もう一人の自分を抱えて生きているのではないか?」
というのであった。
さらに刑事は、これは誰にも言っていないが、
「自分の中にもう一人の自分を抱えているのは、皆ではないか? 表に出てきていないだけで、出てくるとすれば、夢の中で、怖い夢として出てくるだけなのかも知れない」
とまで考えていたのだ。
ホテルに最初入った時、その防犯カメラに映っていた人物は、桜井だった。そして、どう言いくるめたのか分からないが、最初から入る部屋を吉野に教えておいて、桜井がタッチパネルを押して、桜井が中に入る寸前に、吉野が先にはいり、扉が閉まるまでに桜井が入ってしまえば、入ることは可能だ、ちょうどそこの部屋は、防犯カメラの死角になっていることは調査済みで、二人の共同謀議であれば、入る時の問題はないというものだ。
そして出る時だが、殺されたのは、吉野であり、桜井は出口付近に潜んでいた。清掃員は、部屋の中から臭ってくる血の臭いに完全に気を奪われていて、出口の注意はおろそかになっている。