二重人格の螺旋連鎖
「ええ、そうですね。もめていましたけど、話を聞いていると、ほとんど所長が悪いんです。こんなやり取りは吉野さんに限らず皆ですけどね。よく誰もクーデターのようなものを起こさないなと思うくらいですよ。ただ、所長についていけなくて辞めていく人は後を絶えないんですけどね」
というではないか。
「吉野さん、個人としては、どんな人だったんですか?」
と聞かれて、
「吉野さんは、あんな事務所の中では、まだまともな部類の人だったと思います。少なくとも、人間としてのモラルや気遣いは持っていましたからね。もっとも、それらを失った人の中には、所長の毒気にやられて、完全に理性を失ってしまった人もいるようです。所長のあの態度は、嫌がらせのレベルを超えています。下手をすると、相手が誰であれ、お構いなしに噛みついていくところがありますからね。だけど、そのくせ、本社の人間にだけは、へいこらするんです。目の前の目上の人だけには従うという意味で、露骨に嫌がられるタイプの人間なんだって思います」
と彼女がいうと、
「なるほど、うちわに甘く、外には強いというわけですね?」
「ええ、そうです。しかもそれが露骨なので、いつもムカついているんですが、考えてみれば、大きな会社とかになると、一つの部署に一人くらいはいる人なんじゃないかって思うと、スーッとそれまでの怒りが消えるんですよ。だから苛立った時には、そのことを考えるようにしています」
というのだった。
「ところで、吉野さんには、彼女のような方はいなかったんですか? あの方は独身なんでしょう?」
と聞かれ、
「彼女がいるかどうかは分かりませんが、確かにあの人は独身です。でも、バツイチという話もあります。何しろあの人はうちの会社でも謎が多いという意味では有名だったので、誰もたぶん、詳しいことは分からないと思うんですよ」
というのだった。
「そうなんですね? じゃあ、この会社では、個人情報などに関しては結構厳しいんでしょうか?」
と聞かれた彼女は、
「いいえ、そんなことはないですよ。逆にザルかも知れない。ただ、吉野さんの謎が多いというのは、その逆で、いろいろウワサが飛び交っていたので、どれが本当なのか分からないというのが本当のところだと思います。私がハッキリと分かっているところとしては、今は独身で、以前、結婚経験があったという事実くらいでしょうか?」
というのだった。
「そうなんですね?」
と答えると、今度は彼女が、刑事の方に顔を近づけていき、
「殺害された場所というのが、ラブホテルだということですが、それ、本当なんですか?」
と聞くではないか?
「どうしてそれを?」
と聞くと、彼女はニンマリとして、
「こういう時だけ、あの所長の逆ギレが効くというのか、あの大声を静かな事務所で叫べば誰にだって聞こえますよ」
と言って笑うのだった。
「あなたは、その件について何かご存じなんですか?」
と聞かれた彼女は、
「あれはいつだったか、どこかのラブホテルから一人で出てくるのを見たことがあったんです。その日はその人が休みの日でしたので、別に気にもしていませんでしたが、殺されたのがラブホテルだということになると、ホテルの利用が常習だったということなのかと思いましてね」
「それはどこのホテルですか?」
と訊ねると、どうも殺されたホテルのようであった。
確かにあの辺りはラブホテルが密集しているが、話の場所はちょうど角になっていて、角のそのあたりには、そこしかホテルがなかったのである。
裏がちょうど川になっているので、立地的に無理があったのだろう。
「なるほど、よく分かりました。他に何か気になることがありませんか?」
と言われたので彼女は少しモジモジしながら、
「先ほども言いましたように、あの人は謎の多い人ではあるんですが、その中でちょっと気になったのは、以前付き合っていた女性にストリッパーがいるという話があったんです。あの人の謎は情報が少ないからではなく、逆に多いからなんですが、要するに、その状態自体に私は疑問を感じているんです」
というではないか?
「どういうことですか?」
と聞かれた彼女は、ニンマリと微笑んで、
「昔からことわざで、木を隠すには森の中という言葉があるのをご存じですよね? つまりは、本当のことを隠すには、たくさんのウソの中に隠したり、逆にウソを隠すには、たくさんの本当のことの中に隠すというやり方です。どちらにしても、大は小を兼ねるというように、大きいものには巻かれてしまったりするんですよ。だから、たくさんのウワサがあるというのは、誰かが、ホッとすると本人かも知れませんが、故意にたくさんの情報を流すことで、本人の存在をまわりの煙に巻くかのような状態ですよね。それが、何か重大な秘密があって、それを悟られ合いようにするために、必要以上にたくさんのウワサを流しているというのは、考えすぎでしょうか?」
と彼女は言った。
だが、刑事は真顔で聞いていて、
「なるほど、説得力のある話ですね。私は彼のことを何も知らない。あなたは、少なくとも一緒にいる時間が長かっただろうから、ウワサに惑わされなければ、彼の正体を一番分かっているのかも知れない。あなたとしては、ぶっちゃけどうですか? 彼の正体は分かりかねますか?」
と聞かれた彼女は、
「うーん、そうですね。正直、分かりかねるといって方がいいかも知れない。少なくとも、最初の頃は明らかにあの人のことを額面通りに見てしまったので、先ほどのような考えに至った時にも、もう時すでにおそかったのではないかと考えるようになりました」
というのだった。
「吉野さんには、今彼女はいるんでしょうか?」
と聞かれたが、
「いいえ、いないと思います。一人でラブホから出てくるくらいなんですからね、もしいたら、一緒に出てくるでしょう?」
というと、
「まわりに知られたくないとか?」
「いや、それは逆でしょう。吉野さんという人は、マウントを取りたがるというか。目立ちたがりなところがあるというか、もし彼女がいるとすれば、まわりの人に、自分には彼女がいるんだぞというような宣伝をするタイプなんですよ。だから、もしあの人の元かのが、ストリッパーだったということが本当だとすると、これも、マウントを取りたがっている証拠なんじゃないかって思うんです。彼はただでさえたくさんの情報があるのだから、何もそんな確定的に変な情報をませるのはおかしいと思うんですよ。私のような考え方をする人間からすれば、それこそウソの中に隠された真実なのではないかと感じるのではないかと思うんです」
と彼女は言った。
「なるほど、あなたの洞察力は素晴らしいものがある。私も感銘しました。確かにあなたのいうことが正しいんだと思うようになってきたのは確かですね」
と刑事がいうと、
「実は、私はそのストリッパーの人の情報、実は知っているんです。それはあくまでもウワサでしかないということを先に言っておきますけどね」
と彼女の言葉に、
「それはここまでの話の流れから、重々に分かっています」
というと、