二重人格の螺旋連鎖
桜井が、まったく無表情な明美に興味を持ったはずなのに、印象に残ったのは、まったく無表情の禿である、取り巻きの連中だったというのは皮肉だったというべきなのだろうか?
その日、明美のことを見かけたことで、桜井は、風俗に来た時の帰りに、必ず、ストリップ劇場に行くようになった。
それも、明美のステージを見計らってである。
明美は別に全国を行脚しているわけではなく、この場所をホームグラウンドにしているようだった。だから、そのパターンを知ることで、大体明美のステージが見れるようになったのだ。
座る席はいつも決まっている。さすがにかぶり付きの場所は、いつも決まっているようで、桜井は入ることはできない。だが、別にその場所に座ろうとは思わない。少しだけ離れた方が、神秘的に感じられるからだった。
明美のステージを見るようになって3カ月くらいが経った頃だっただろうか? 明美のパターンが変わったようで、他の人に話を聞いてみると、
「明美さんは、最近ちょっとあって、今までのように、ステージに出れる心境ではなくなったんだよ」
ということだった。
なかなか教えてくれそうにもなかったので、さすがにそれ以上は聞かなかったが、ウワサというのは待っていれば、向こうから勝手に来てくれるというもので、その話を聞いた時は、半信半疑だったのだ。
その話というのは、
「明美の元、取り巻きの男が、先月、ラブホの一室で殺されたらしいんだよ」
ということであった。
さすがに、その人もそこまでしか知らないらしく、分かっていることとすれば、明美はしばらく、自粛の意味を込めて、ステージから離れることにしているということであった。
元々明美というのは、ダンサー上がりではない。以前は、どこかの小さな放送局で、ADのようなことをしていたという。だから、自粛中には、ADのようなことをして、収入を得ているという。
もう一ついえば、
「明美というのは、大学時代に、脚本などを書いていたので、本当は、そっちの道に進みたかった」
ということであったようだ。
しかし、それを断念しなければいけなくなったのは、細かいことは分からないというが、まわりの影響というよりも、明美自身が、ストリッパーになりたいということで、自分からこの劇場に売り込んできたという。
最初は素人同然の踊りだったが、彼女は努力家で、劇場の人もそのうちに明美を受け入れるようになっていった。
「あんなに真剣にやっているんだから、何とかデビューさせてあげたいよな」
という人が増えてきた。
しかし、その反面、
「どうしてストリップなんだろうね? 彼女くらいの努力家だったら、舞台女優だって夢ではないと思うんだけど、何かが足りないということなんだろうか?」
という見方もあったようだ。
ただ、彼女はストリップをやりながら、一部の人には自分の将来のことについて話をしていたという。
「私は、やっぱり脚本家をあきらめきれないの。独自に勉強したりしているんだけどね。別に地上波のドラマを目指すということでなくてもいいの。ちょっとした宣伝映画でもいいから、そういうのを積み重ねていければいいと思うの。とにかく、書けるようになったら、どんどん書いていくつもりでいるわ」
という。
それを聞いた人は、
「だったら、脚本ではなく、小説の方がいいんじゃない?」
と言われたが、
「私もそうかなと思ったんだけど、今のように、自分が主役の舞台を持っているので、それを脚本に生かせればと思うの。特にストリップって、舞台の上から見ていれば、次第に男性の考えていることが分かってくるのよ。きっと、他の舞台では感じることのできないものだって思うの。だから、私はここで、ダンサーをまだ続けていきたいと思っているの」
というのであった。
明美は、自分のかつての取り巻きが殺されたということで、最初は劇場から、
「申し訳ないけど、自粛という形で、しばらくステージを休んでくれないか?」
と言われたという。
こういう世界では、裏に暗躍している連中がいるようで、どうも、殺された男が、実はそういう組織の一員だったかも知れないというウワサが流れたことで、劇場側がすっかり、ビビッてしまったのだ。
もちろん、根も葉もない話ではあったが、何かあった時、関係者を自粛させているということになれば、劇場にあからさまで露骨な嫌がらせをしてくることはないだろう。
そういうわけで、最初は明美はしばらく劇場に入らなくてもよかったのだが、
「じゃあ、劇場の裏方の仕事のお手伝いということならできますよ」
ということをいうので、
「それならば」
と、ADのような仕事をやりながら、家では、脚本を書いていた。
裏方の仕事をしていると、意外と想像以上に、いろいろな裏の話を聞けることができた。それこそ、脚本を書く上での題材を集めるには苦労しないと思わせるくらいだった。
男と女の嫉妬や、妬みの話など、盛りだくさんで、しかも、こういう業界ではよくあるのかも知れないが、レズであったり、SMプレイと言った変態的なプレイを、誰々がしているなどというのを、
「あくまでも、ウワサレベル」
ということで、聞きたくない話まで入ってきたりした。
以前の明美であれば、
「そんな余計な話、聞きたくもないわ」
と感じることだろう。
だか、今はいろいろな題材に飢えているということもあって、それが本当であれ、ウワサの範囲であったとしても、どうせ、架空の話をして脚本に書くのだから、別に問題はないはずだ。
小説であれ、脚本であれ、事実を元にして書けば、ノンフィクション、架空の話であれば、フィクションという風に別れている。
明美はあくまでも、架空の物語を書くことを自分が脚本を書く理念だというように思っていた。
確かに、物語の場面場面では、事実であったり、実際にある場所を想像して書いているわけなので、すべてが架空というわけではない。
極端な話、99パーセントが事実であり、残りの1パーセントが架空であれば、その小説はフィクション小説だと思うのだった。
もちろん、その1パーセントというのが、その話の肝でなければいけないということに変わりはない。もし、小説を書いていたとしても、発想に変わりはないだろうと思っているのだ。
明美は、今度の脚本を、自分の以前の取り巻きが殺された事件を題材に書こうと思っていた。
本来であれば、不謹慎なのだろうが、あくまでもフィクションであり、事実と認定されるようなことさえ書かなければいいと思ったのだ。
しかも、明美が書く脚本はあくまでも、公開するものではない。どこかのコンテストに応募くらいはするかも知れないが、今のところ、どこかに持ち込んだりするわけではないのだった。
「明美の取り巻きが殺された」
ということが明美の耳に入ってきたのは、実際に殺人があってから、3日後のことだった。
警察の捜査では、現在の人間関係から少しずつさかのぼっていくうちに明美に辿り着いたのだろうが、明美としては、
「日本の警察がいくら優秀だとはいえ、結構早いんじゃないかしら?」