耽美主義の挑戦
というのは、後者の方であり、人とのコミュニケーションは別のものと考えて、個人個人が一番大切だということを考えるのが、
「個人至上主義」
といえるだろう。
結婚していて、家族を大切にしながら、個人至上主義を考える人もいるだろうが、個人紫綬主義というものに入った瞬間から、
「家族の犠牲は当然のこと」
と考えるようになり、離婚が増えるのも、そういう人が増えてきたというところにも理由があるのではないだろうか?
(これも、あくまでも、個人の意見である)
確かに家族というものを考えて、個人至上主義に走るのは難しい。相手がどう思っているかというのを考えたりするのは、億劫になってしまったりするだろう。
そうなると、家族から愛想を尽かされてしまうことになる。離婚を言い出させる人もいるだろう。
だが、心の中では、
「結婚していることで、気持ちに余裕があることから、趣味に走ったりもできるのであって、実際に離婚して一人になってしまうと、その寂しさに耐えられるだろうか?」
という思いから、離婚は避けようと思い、自分の本音がどこにあるのか分からなくなってしまい、完全に狼狽えてしまう。
そうなると、奥さんは、完全に見放すことになるだろう。何を言っても、もう修復は不可能だということになると、最後まで奥さんにしがみついてしまうのだが、最後は、まわりの説得もあって、離婚することになる。
「お前はまだ若いんだから、いつでもやり直せるさ」
という言葉を掛けてくるのだ。
本当は自分の中で、
「そういう問題ではない」
と言って、抗うのだが、結果としては、離婚するしかなくなってしまう。
そんな中で、数年は、
「いい人がいれば、再婚したいな」
と思っていたが、気が付けば、
「一人がいい」
と思うようになった。
完全に、
「個人至上主義」
の考え方に頭の中がなってしまったのだろう。
第一の事件
そんな人生を歩んできたのが、舞鶴佑という男性だった。
結婚したのは、28歳の時で、離婚が33歳だった。今は、38歳なので、離婚して一人になった時間が、結婚していた時間と同じ時間となったのだった。
舞鶴が入社した時は、もうバブルが弾けた時期の混乱はなくなっていた。
結婚した時は、自分がまさか個人至上主義だなどと思ってもいなあったのだが、そのことに気づかされたのは、自分の勘違いからだった。
結婚して一年目くらいは、女房は専業主婦だった。しかし、一年が過ぎるくらいからだっただろうか。
「私、働いてみようかしら?」
と言い出したのだ。
確かに舞鶴の給料だけでは、贅沢はおろか、ちょっとした密かな楽しみすら何も味わえないというのが分かってきたことで、
「女房も働いてくれれば、少しは楽になるんだけどな」
と、苦しくはないが、精神的に余裕もなく、
「これが普通なんだ」
と、楽しみが何もないことへの言い訳のように思っていた。
それを女房が働いてくれるということで、家に入れる、家賃であったり、食費も、折半のようにすれば、精神的にも余裕が出てくるというものであった。
そのおかげで、趣味の時間を持つことができるようになった。週に2回ほど、仕事が終わってから、市がやっている、彫刻の講座に参加していた。
そもそも、何もないところから何かを新しく作り出すことが好きだった舞鶴なので、彫刻がどんどん面白くなっていったのである。
そのおかげで、随分と気分的に余裕ができるようになり、自分一人の時間を大切にするようになったのだ。
そのおかげで、自分の時間を大切にしている自分のことを客観的に見ることができるようになり、女房とも、新たに向き合えるような気がしていたのだ。
しかし、女房の方はそうでもなかった。まだ仕事を覚えていなかったこともあって、精神的にそれどころではないようだった。
派遣社員として事務の仕事をしていたのだが、結構精神帝にきついようだった。
前の自分なら分かってあげられたのかも知れないが、その時には、自分の時間を大切にする楽しみを覚えてしまったことで、女房との間に、気持ちの隔たりが大きかった。
そのことを敏感に察知した女房は、舞鶴とのぎこちなさから、何も相談できないでいた。
そのために、会社の上司に相談するようになり、会社から自宅に帰ってくる時間が次第に遅くなってくるのだった。
最初は、心配した課長が、食事に誘ったことがきっかけだったが、課長は、それ以上の意思はなかったにも関わらず、
「誰もいいから、縋り付きたい」
と思っている女房にとっては、渡しに舟であり、思い切りしがみついた。
実際に不倫をしていたわけではないが、誘われるのが毎日になり、次第に帰宅時間も遅くなってくる。
せっかく、女房との時間を大切にしたいと思っている舞鶴は少し気になってきた。本当は遅いくらいなのだが、まさか、女房の方で、旦那を避けているとは思っていない舞鶴は、女房の様子に、怪しげなものを感じていたのだった。
その思いから、ある日、女房を尾行してしまった。本当はそんなことをするつもりはなかったのだが、
「尾行しよう」
と一度でも思ってしまうと、抗えなくなってしまったのだ。
実際に尾行してみると、課長と飲み屋で楽しそうにしている姿を見せられることになった。
「あんな楽しそうな女房の顔、見たことない」
と思ったのだ。
本当は、交際期間中や、新婚当初にはしていた顔だったのだが、すでに、それも思い出せないと思うほど、女房との距離が開いていたのだ。
それから、舞鶴は、
「あいつは不倫しているんだ」
と思い込んだ。
だからと言って、それを追求する気持ちもない。そして、さらに尾行を続ける気もなくなった。
もし続けていれば、それが不倫ではないということは分かったはずなのに、そこまでしなかったのは、すでに、自分が冷めてしまっていることが分かったからだ。
「さあ、どうしよう」
と考えた。
「尾行していたことを、女房に話して、最後通牒を突き付けるか?」
それとも、理由からちゃんと聞きただして、
「大人の対応をしようか?」
など、いろいろ考えたが、結局考えがまとまらず、そのまま放置の状態になった。
考えがまとまらないというよりも、考えることが億劫であり、面倒くさいという考えや、
「何で、この俺が、不倫をした女房のために、こんな思いをしなければいけないんだ?」
という考えが、頭の中を交錯していた。
結局、どうすることもできず、不倫の現場を見つけてしまった自分に自己嫌悪を覚え、どうすることもできない自分は、放置するしかなかったのだ。
だからと言って、自分が不倫をしようとは思わなかった。相手だけが、不倫をしたことを知っているという思いがあることで、相手に対して、いつでも自分が優位だということを感じられる状態でいたいと思っていたのだ。
だから、ここで慌ててしまって、事を荒立てるよりも、
「自分には、秘密兵器があるんだ」
という、相手の弱みを握っていることで、精神的な優位に立つことが、これからのためだということを考えたのだった。
だから、こんな関係が、3年くらいは続いただろうか。