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耽美主義の挑戦

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 と、本部長が言った。
「その個人至上主義という考え方は分かったけど、それは、私たちが考えているよりもかなり深いものでした。ひょっとすると、耽美主義のような、少し曖昧な思想を持っている人に対しては、何か不満のようなものがあったかも知れないですね」
 と、深沢刑事がいうと、
「そうですね、耽美主義というのは、どちらかというと、芸術的な面が大きいと思います。だからこそ、デザイナーという職業の敦賀さくら子が、提唱するにふさわしい気がしますね。だけど、今回の殺人には、その耽美主義的な趣向は現れていないことから、敦賀さくら子の犯行ではないのではないでしょうか?」
 と若い刑事が言ったが、
「何を言っているんです、変に死体に細工などをすれば、耽美主義者の犯行だということを、自分から示しているようなものではないですか」
 と、深沢刑事がいうと、
「でも、逆に、他の人の犯行であれば、死体を装飾すれば、耽美主義の犯行だということで、犯行を押し付けることができるというもの。そういう意味では、逆に変に死体を細工してしまうと、有利かも知れないけど、致命傷になりかねない。そのリスクのプラスマイナスを考えた時、何もしない方がいいという結論だったのかも知れない。そういう判断ができるのだとすれば、犯人は、結構頭のいい人間ではないかといえるのではないだろうか?」
 と、本部長は言った。
「そうですね、装飾をすることで、メリットとデメリットが大きくなる。目立たないようにしたということは、犯人は、石橋を叩いて渡るような、堅実な性格の持ち主だといえるのかも知れないな」
 と、深沢刑事がいうと、
「そうなると、やはり、敦賀さくら子という女性は、性格的にも落ち着いているように見えましたね。もう一人の、長浜敦子は、あくまでも、嫉妬に燃えているようで、判断力や発想力も、無理があるように思えるんですよ。もちろん、見た目で判断できるわけではないと思いますが」
 と若い刑事は言った。
「それは、そうだな、今のところ、2人の犯人説が有力な以上、2人のことは、ここにいる二人に任せて、他の捜査員には、他に容疑者がいないという確証を得てもらうようにしようと私は思っているんだ」
 と、本部長は言った。
 この本部長は、最近警部に昇進し、最近まで、現場で指揮を執っていた優秀な本部長だった。
 現場に出ていた警部補時代には、その冷静な判断力と、機動性を生かした捜査において、部下からも慕われていたことで、
「平成の明智小五郎」
 とウワサされていた。
 推理力も、実に理詰めで解決していくところが、かの明智小五郎を彷彿させるということで、そういわれていたのだ。
 時代は令和に移っていたが、長い間、現場で指揮をしていた経験から、
「平成最後の名探偵」
 とまで言われたほどだった。
 その本部長の一番弟子と言ってもいい深沢刑事は、基本的には、
「足で、証拠を集め、集めた証拠をうまく使って取捨選択を行い、そこから推理を働かせ、最後には、消去法にて、犯人を特定する」
 という、オーソドックスな捜査方法を用いていた。
 その王道の捜査方法は、言葉でいうのは簡単だが、よほど狂いなく捜査を進めないと、一度崩れてしまうと、なかなか修復が難しいと言われる。
 しかし、
「この捜査方法は、難しいことであるが、それでも一番の事件解決への近道なのだ。基本に忠実が一番という考え方は、何事も最初に考えた人が一番だという考えに基づいているので、王道と言われるのだろう。だが、最終的にはいろいろ考えたとしても、ここに戻ってくることになるという考え方になることは、この私は立証済みだからな」
 と、本部長は絶えず話していた。
 このことを警察捜査のバイブルのように考えている人が多く、次第に、深沢刑事以外にも、同じ考え方の人が増えてきた。
 署長もその考え方に賛成で、
「署長は、きっと本部長を手放すことはしないだろうな」
 と言われているのだった。
 そんな中で、犯人を特定する方法として、
「アリバイ崩しから、犯人を探し当てる」
 というやり方ではなく、逆に。
「犯人を先に特定して、そこから、矛盾を追求していく」
 というやり方にしたのだ。
 この方法を考えたのは、深沢刑事で、それまで、この署では時に、アリバイなどの謎を先に究明することで、犯人を明らかにするという伝統的な方法を用いてきたのだが、それを打ち破るようなやり方をした。
 やはり、問題になったのは、今回のアリバイが最初から計算されたことだということを、外から見て、客観的に判断したことから分かったことだった。
 なぜなら、まず被害者の部屋が、扉から玄関まで開いていたということである。
 時間的にも、その時間に間違いなくやってくる新聞配達員に発見させることが大切であり、その時間に発見させることで、ある程度の死亡推定時刻を確定させること、しかし、完全に絞られてしまうと、アリバイを作る意味で、難しくなるので、睡眠薬を使った。それぞれ矛盾したやり方を取ることで、ちょうどいい死亡推定時刻が考えられる。しかも、胃の内容物というのも、被害者が実際に食べたその時間から少し後に、もう一度、今度は少ない量で同じものを食べさせたのだ。
 それは、犯人にとっては難しいことではなかった。最初に食べたのは、証人はいるのだが、知られたくない相手には知られないという鉄壁のアリバイは作っていたのだが、それをさらにごまかすためにということで、同じものをその時間に食べることをうまく引き出したのだ。それは脅迫に近い考えであったが、被害者とすれば、従わねばならないことだったのだ。
 実は、被害者が、100万を毎月供出していたのは、半分は確かに、組織立ち上げのためだったが、もう一つは脅迫によるものだった。
 被害者が、この資金を得るために、少し危ない橋を渡ったのを、見つけられて、脅迫されていたのだ。
 その脅迫は、脅迫者にとっては、結構の手立てであった。別にお金が必要だったわけではない。ただ、自分の気持ちを悟られないようにするための、カモフラージュだったのだ。
 その人にいくらくらい渡っていたのかは分からなかったが、100万単位でひきだされるお金があって、まさか、その一部を別のことに使われているなどと、誰も分からないだろうというのが狙いだったのだ。
 好きさが余ってのことであるので、こんなに卑怯な形になってしまったが、そんな人間が大好きな相手を殺すというのも、ありえない気がする。
 もしあったとしても、変な小細工はしないだろう。するとすれば、彼の愛を自分に向けさせるための細工を弄してきたのだから、他のことで、変な細工をしないという思いがあったに違いない。
 そのことを考えていくと、彼のことを嫉妬するくらいに好きな長浜敦子が犯人だということは考えにくいという結論に至った。
 後に残ったのは。敦賀さくら子であるが、彼女は、元々、
「個人至上主義」
 である舞鶴を嫌いだった。
 そして、そんな彼を好きになることはないと思っていたはずなのに、どこでどう間違ったのか、彼女になってしまった。
作品名:耽美主義の挑戦 作家名:森本晃次