耽美主義の挑戦
深沢刑事としては、海江田の気持ちは実によく分かった。どちらかというと、深沢刑事は、いや、警察組織にいる人間は、大なり小なり、そのことを感じているだろう。ひょっとすると、政府の要人であったり、政治家の人にも、このような考えの人は一定数いるのではないかと、思えるのだった。
それだけに、深沢は、個人的にも海江田や、舞鶴の考えに陶酔するところがあり、
「そういう意味では、舞鶴が殺されたこの事件というのも、嫉妬や恨み、金銭によるものといろいろ考えられたが、思想というもののトラブルということも考えられないだろうか?」
と考えるようになっていた。
海江田から話を聞くまでは、まったくと言っていいほど考えていなかったことだ。
「個性至上主義」
であったり、
「耽美主義」
という言葉も聞くのは聞くが、それはあくまでも、犯罪には関係のないところの話だと思っていたのだった。
「実はですね。私たちはそんな個人至上主義の人間を増やそうということをやっていたんです」
と、海江田氏は、唐突に言い出した。
「なるほど、さっき、女性陣が、プライベイトで話をしたいと言った時、別に抗うどころか、望むところだと感じたのは、彼らとしても、人に聞かれたくないものがあったからなんだな」
と、深沢刑事は感じたのだ。
「そのために活動をしていた。そして、その活動には、海江田さんと、舞鶴さんが絡んでいたということでいいんでしょうか?」
と聞かれた海江田氏は、
「ええ、その通りです。団体というか。サークルのようなものですね。でも、最終的には組織のようなものにしたいという気持ちも正直ありました」
というので、
「お二方とも、そういう意思が強かったんですか?」
と聞かれた海江田氏は、
「私よりも、舞鶴さんの方がかなり強かったと思いますよ。実際に、将来の話をした時、組織というようなワードが飛び出してきたことがありましたからね。私としては、そこまで考えているなどとは思ってもいなかったので、舞鶴さんが、カミングアウトでもしたのではないかと思ったんです。何と言っても、先立つものがなければ、できることではありませんからね」
というではないか。
「先立つもの」
というのは、言わずと知れたお金のことである。
実際にどれくらいのお金がかかるのか分からないので、大きなことは言えないが、そこで思い出されたのが、舞鶴氏が、100万単位のお金を、引き出していたということである。
振り込まれていたわけではないので、直接渡していたのかも知れない。最初は脅迫されていて、お金が必要だったのかとも思ったが、最初から何かの目的のあることで、しかも、今の段階では、その使い道を知られたくないと思っていたのかも知れない。
だが、このお金が組織を立ち上げるための資金であり、振り込んだ先が、架空ということで、何かの詐欺グループにでも関わっているとすれば話は別である。
今はその証拠が何も出てきていないということもあって、どうお金の使途や、目的に使われようとしていたのかに対して、光明が出てきたのは確かなようだった。
「ところで、舞鶴さんが、毎月、100万単位のお金を引き出していたのをご存じですか?」
と聞かれて、
「私は知りませんでしたが、それを聞いても驚きはしません。組織の立ち上げのために引き出していたんでしょうね? ただ、私がビックリしたのは、すでに、その計画が水面下で進んでいるということですよね? しかも、私の知らないところで。ということになると、彼は私以外にも、同じ発想を持って、別々に動いていたということなんでしょうか? それは少し現実的ではないような気がするんですけどね」
と、海江田氏は言った。
確かに彼のいう通りであった、
海江田氏が聞いた組織に必要なお金は、彼がいうように、月100万単位で、考えていくと、数か月で、かなりの頭金にはなるというのだ。
「舞鶴さんが、組織の立ち上げを考えていたとして、どれくらいの規模のものを考えていたんでしょうね? まさか、秘密結社並みのものだとすると、はした金でできるものではないですよね。当然出資者なるスポンサーであったり、フィクサーのような存在の人がいないと、なかなかうまく行かないでしょうからね。それに、その組織を、法人や会社化しようとしていたかどうかですよね。それによって、いろいろな業界からの承認や、助力もいることになる。海江田さんから見て、舞鶴さんの本気度というのは、どこまであったんでしょうね?」
と聞かれた海江田は、
「確かに、この組織というのは、かなり覚悟のいる人たちを育てるという意味で、運営側もかなりの覚悟と資金が必要になると思います。それが、ただの組織としてもですね。だから、本気度はかなりあったと思います。だけど、それがある一線を越えると、リアルなところから、妄想に変わってしまうんですよ。それが、結構低いところで考えられることなので、覚悟というと、却って難しいんじゃないですかね? 低いところなだけに、一歩間違えると、まわりから丸見えになり、せっかくの計画が水の泡になってしまう可能性だって出てきますからね」
というのだった。
「なるほど、海江田さんには、舞鶴さんの本気度ははかり知ることはできなかったというわけですね?」
「そうだとは思います。でも、元々は私が推奨してきた発想に同意してくれる形になったのが彼だったんです。でも、今は私よりも、この個人至上主義という考え方にさらに陶酔しているのは彼の方なんです。どっちが言い出しっぺなのか分からないくらいにですね。だから、彼の本気度を測り知ることができないのは、立場が分かったからであって、彼の本気度は、少なくとも、自分なんかよりも強いということは分かります。だから、彼がひょっとして、水面下でいろいろ動いていたのではないか? と今は感じているんですよ。だけどそれが原因で彼が殺されたのだとすると、私にも責任がないとは言えないですからね。それを思うと、正直、犯人が憎いという気持ちはありますね」
というのだった。
「よく分かりました。あなたの気持ちが、きっと舞鶴さんに伝わっているといいですね。私もお二人ほどではないですが、個人至上主義という考え方。私個人としては、好きだと思います。こういう意識は、本当は一般市民の人にではなく、経営者であったり、政府や自治体の人であったり、そういう人の上に立つ人ほど考えてほしいことなんですよ。そういう人たちに、指導者のようになってもらって、人間が、個人として強くなることを模索してくれれば、世の中は今とは違った形になるのではないかと、私には感じるんですよね?」
と、最後は疑問符つきになってしまったが、それも、奥ゆかしさを考えるとありなのではないかと感じるのだった。
「ところで、舞鶴さんは、デザイン関係に造詣は深かったんですか?」
と急に話を変えられてビックリした海江田氏は、
「ええ、彼は元々、趣味で彫刻をしていたようなんです。暇があれば、作っていたらしいですよ。何もないところから、新しいものを作るのが、無性に好きなんだって言ってました。営業とか、企画関係の仕事を、自分の本望だと思っているようには、正直見えなかったですね」