耽美主義の挑戦
「ええ、大学を卒業してから、最初は他の会社に勤めていたんですが、舞鶴さんから、今度、デザイナー関係の会社を立ち上げたんだけど、デザイナーとして来てくれることはできないかな? と誘われたのが、5年前だったんです。私は大学でデザイン関係を専攻していたので、いずれは、デザインをする仕事をしたいと思っていたんです。前の会社もデザイン関係の地元では大手の会社だったんですが、営業に回されて、ずっと辛かったんです。だって、やりたい仕事をしている人がそばにいるのを見ながら、自分は別の仕事をしなければいけない。しかも、うまくいかないと怒られたりしてですね。会社では当たり前のことなんでしょうが、私には耐えられませんでした。そんな時、舞鶴さんから声を掛けられて、二つ返事で、こちらの会社にお世話になることに決めたんですよ」
というのだった。
それを聞いて、海江田が、前の会社で、よほど嫌な思いをしたのだろうと感じたのだった。
後で所長に聞いた話であったのだが、この会社のデザイン部門の人たちは、かなりの実力を持った人だということだった。それは、舞鶴が営業の仕事を傍らに、自分で調べて、デザインで活躍していける人を探したというのが、理由だという。そういう意味で、デザイン関係の社員と、舞鶴氏の関係は、他の会社の営業と現場の関係とは比較にならないほど、最初から深いものだったという話だったのだ。
「それにしても、海江田さんはこの会社で、かなり舞鶴さんにお世話になったということなんですね?」
と深沢が聞くと、
「ええ、まさにその通りです。それに私はこの会社で、海江田さんとは、別の意味でもいろいろ話をすることが多くて、それはまったく会社の仕事とは関係のないところでのことですね」
ということを聞いて、少しびっくりした刑事は、
「ん? それはどういうことですか?」
と聞くと、
「舞鶴さんという人は、個性至上主義から発展した、個人至上主義というのを考えていた人なんですよ」
というではないか?
深沢刑事は少し腑に落ちない気がして聞き直したのだが、
「普通、個人至上主義から発展するのが、個性至上主義なんじゃないんですか?」
というと、
「普通は皆さん、そういう風に言われますよね? 確かにその通りなんですが、もっというと、舞鶴さんの考えている個性至上主義というのは、皆さんが言っている、個人至上主義から発展したものなんですね。そして舞鶴さんはさらに、個性至上主義を発展させた個人至上主義というものを考えている。つまりは、最初の個人至上主義というものと、最後の発展形である個人至上主義というのは、言い方は同じですが、別物ということになる。そういう意味でいえば、発展先に至上主義に、新という言葉でもつければ分かりやすいのでしょうが、舞鶴さんは、敢えて、新という言葉を用いないようにしていたんです」
と、海江田氏は言った。
「それはどうしてですか?」
と聞かれ、
「基本的には同じものだからです。ただ、それは、グルっと回って戻ってきたわけではないので、本当は新という言葉をつけるべきなんでしょうが、同じものだということを優先するので、新という言葉をつけないと、舞鶴さんは言っていました」
という。
「何か、難しい話ですね?」
「確かに、捻じれのようなものを想像してしまうでしょうが、そういうわけでもありません。言い方を変えると、同じものだと言っているのも、別のものだということにしてしまうと、まったく別のものになってしまうことを考慮して、同じものだと定義しているんです。それだけ、別のものになってしまうことが、致命的なことだということになるんですね」
というのだった。
これは、理屈として譲れないことなのだろう。それにしても、舞鶴氏はどこを目指していたのだろうか? あくまでも思想的な考え方についてのことであるが……。
「とにかく、舞鶴さんという人は、人間というのは、元来は一人だったんだ。だから、人は一人で生きていけるというのが、本当の考え方であって、人に絶対に頼れないところが存在している。確かに助け合いも大切なのだが、それはあくまでも、個人の力が大前提であってのこと。人間は一人では生きていけないので、助け合うのが必然だと言っているでしょう? だから、そこに付け込んで、お互いが信じ込んでいるところに付け込む犯罪が生まれるわけですよね?」
と海江田がいうと、
「それはそうなんでしょうが、助け合って生きるのが悪いことだというんですか?」
と刑事が聞いてくるので。
「そこがそもそも違うんですよ。助け合うのが当たり前だということを前提で考えると、双方が同じ力であったり、依存度であればうまく行くんでしょうが、片方は依存したいが、相手はそこまで考えていなければ、距離感しかなく、それが致命的な距離感であったら、助け合っているように見えても、実際にはスカスカなんですよね。皆が、助け合って生きていくのが当たり前だというそういう風潮になるから、皆、助け合っているように見えているんですよ。要するに、大きな街ができているように見えるけど、実際には、張り子で作られた、舞台セットの街のような感じになっていると言ってもいいんじゃないでしょうか?」
というのだった。
「なるほど、分かる気がします」
「近所づきあいだってそうじゃないですか。マンションに住んでいて、隣がどんな人が住んでいるか知っていますか? 町内で決まっている年に1、2度の清掃の日だって、誰が出てきます? 子供がいて、子供会に所属していて、無視できない人であったり、年代わりの地域の長しか出てこないでしょう? 自分が長の時に、他の人に掃除の時に出てきてほしいと訴えても出てきもしない。そのくせ、自分が長になると、自分が出てこなかったのを棚に上げて、出てきてほしいと、頭を下げる。どの面下げてって思いませんか? それが今の世の中なんですよ。助け合いなんて、言葉で言っている理論だけで、誰もしませんよ。それに、そんなまわりの本当の冷たさを知ってしまうと、信じていたのが裏切られたという気持ちをリアルに感じた気がして、これが、もし災害であったり、有事の際に、本当に助け合うことをするのかどうかなんて、信じられるわけはありませんよね? 確かに災害などが起こった時、その時は助け合うかも知れないけど、不自由な生活が続いて精神的に耐えられなくなると、もう、自分のことしか考えられなくなる。マスゴミなんかは、助け合っているところしか移さないから、皆は災害時でも、助け合って生きていると思うんでしょうが、その裏で、本当に何が起こっているかということを、報道しないどころか、助け合っているところをプロパガンダにしか使わない」
というと、
「でも、そうしないと、結局他の人たちからの助けが得られなくなるので、全体的に見ると、その宣伝は致し方ないと思うんだけど?」
と刑事がいうと、