耽美主義の挑戦
「そう考えると、扉や窓が開いていたというのも分かる気がする。それより前だと、死亡推定時刻が完全にハッキリして、逆に遅いと、睡眠薬の成分が分からなかったということになる。考えすぎかもしれないが、計算された犯罪に思えてならないんだ」
と、深沢刑事は言った。
「雁字搦めの時系列ということになるんでしょうか?」
と若い刑事がいうと、
「うーん、そこにどういう意味があるかということなんだろうけどね。でも、あまりにも雁字搦めにして秒刻みで、事を行うと、どこかにひずみが出てくる気がするんだけど、どうなんだろうね?」
と、深沢刑事は、どこまで捻くれて考えていいものかどうか、考えてしまうのだった。
「それにしても、睡眠薬というのはどういうことなんでしょうね?」
と聞かれたので、
「被害者の部屋や荷物を見た時、薬のようなものは発見されたかい? それが風邪薬であってもいいんだけど」
と深沢刑事が聞くと、
「いえ、これと言って処方された薬は見つかりませんでしたけど。まさか睡眠薬というものを意識していなかったので、常備薬の薬箱があるのは見ましたけど、中身を一つ一つ確認したわけではないですね、だけど、常備薬であれば、風邪薬くらいは、普通にあると思いますけどね」
と、言うのだった。
「ということは、どういうことになるんだ? 睡眠薬で眠らせておいて、刺したということなのかな?」
と、深沢刑事が聞くと、
「いいえ、それほど強い睡眠薬ではありません。だから、これは、犯人が飲ませたというよりも、本人が飲んだか、あるいは服用した薬に睡眠薬の成分が含まれていたかというっことになるんでしょうが、後者であったとしても、今のところ、鑑識では判別はできないですね。成分量が少なすぎます」
と、いう鑑識の話だった。
「分かりました。とりあえずは、我々も、聞き込みなどでも、そのことを頭の片隅において、捜査していこうと思います。と言っても、なかなか難しそうですけどね」
と、深沢刑事が言った。
「どういうことだい?」
と、捜査本部長が聞くと、
「どうも、被害者の舞鶴という男は、あまりまわりと会話をすることもなく、いつも一人のようです。一人暮らしをしているので、家族からも聞けないし、マンションの住人も、ほとんど被害者のことは知らないようですね」
と、深沢刑事が話した。
すると、その横から別の刑事が口を挟んだのだが、
「舞鶴という男ですが、部屋の中を捜索しているとですね。預金通帳が出てきたんですが、ずっと貯金をしていたのに、ここ最近、毎月100万単位のお金をひきだしているんですが、これがちょっと気になるんですよ。どこかに振り込んでいるというわけではないので、まさか誰かに脅迫でもされていたのではないかと思ってですね」
というのだ。
「それは興味深い話だけど、100万単位のお金をおろしているということは、それだけ貯金もあったということなんだろうね? そのお金も一体どうしたんだろう?」
と深沢がいうと、
「そのあたりを含めたところも、捜査する必要がありそうだね。そうなると、殺害動機は、金銭トラブルということも考えられるからね。いろいろと幅を持たせて、今は考えられるだけの範囲で捜査をしてみてくれ」
と本部長はいうのだった。
とりあえず、捜査の順番として、彼の会社を攻めてみることにした。
彼の会社は、小さな事務所での、少数精鋭という感じであったが、そこでは、六人の社員がいた。母体は、地元大手企業の営業所ということになるのだが、営業所としては、会社で一番の売り上げを誇っているという。
舞鶴は、前の会社をリストラ対象にずっとなっていたのを、何とかしがみつく形だったのだが、この会社の存在を知り、所長の考え方に陶酔したことから、前の会社をさっさと辞め、この会社に再就職したのだ。
ある意味、引き抜きだったという。
実際に、この会社に移ってきてからの、舞鶴の仕事ぶりは、今までとはまったく違っていたようだ。
再就職してから、10年になるが、その営業成績は、いつもトップクラス、全営業所を通じても、優秀な成績で、臨時ボーナスも結構もらっていたという。
そんなだから、当然、他の会社からの引き抜きの話も結構あったようだ。
しかし、この会社の所長を慕っているということで、少々の金を積まれても、移籍しようとはしなかった。それだけ、思ったよりも、律義な男のようだった。
意外と、孤独な男ほど、一人の人間に対して律義にできているのかも知れない。それが、舞鶴という人間の本当の姿であれば、捜査方針も、少し変更した方がいいかも知れない。
絶対とは言えないが、人から恨みを受けるような人間ではないのかも知れないと思うと、どうしても、イメージを変えざるおえないようだった。
会社に行ってみると、なるほど、会社はこじんまりとしていた。何やら、デザイン関係の仕事をしているようで、舞鶴は営業をしていた。
舞鶴は、趣味で彫刻をしていたので、その作品を一度、フリーマーケットに持って行ったところ、ここの所長から、
「買いたい」
と言われ、そこで、デザインや彫刻、ひいては、芸術の話へと話が大きくなってくると、お互いに意気投合して、話が尽きなかったという。
そんな二人に、他のデザイン担当が4人という会社であった。
デザイナーも、男性2人、女性2人と、それぞれバランスよくいることが、少数精鋭でも、うまく行けている理由なのかも知れない。
仕事は通常業務をしていたが、一つの机の上に花が飾られていて、そこが、そもそもの舞鶴の机だったことが見て取れた。彼がどんな人間だったのかは別にして、仕事はきちんと進まないと、自分たちが困るのだ。当たり前のことだが、そんな様子を見ているうちに、次第に複雑な気分になる深沢刑事だった。
奥にいる所長に、
「すみません、警察の者ですけど」
というと、相手は待ち構えていたかのように、表情が少し怖っているかのように見えたのだ。
「いよいよか?」
と思ったのか、身構えたかのように一瞬見えたが、すぐに、
「こちらにどうぞ」
と言って、奥の打ち合わせスペースに入った。
そこはパーティションがあるだけで、完全個室ではない。会話の内容は、事務所に丸聞こえではないかと思えたのだ。
「さっそくですが、お聞きしたいのは、他でもない。先日殺害されました舞鶴さんのことなんですが」
と切り出すと、
「ええ、何でしょう?」
と、前のめりではないが、待ち構えていたのが、ありありに分かるのだった。
「舞鶴さんというのは、どういう人だったんでしょうかね?」
と聞かれた所長は、
「そうですね。真面目な人でしたね。ただ、いつも一人でいるので、たまに何を考えているのか分からないところがありました」
と、今まで聞いてきた内容をさらに裏付ける話に、
「いつも一人でいるタイプの人間だということは、ほぼ間違いないようだな」
と感じた、深沢だった。
「なるほど、真面目過ぎるところがあるということでしょうか?」
と聞かれると、
「そうですね。真面目過ぎというのとは、若干違うような気がしますね」
というのを聞くと、