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耽美主義の挑戦

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 どちらにしても、この事件は、捜査本部が置かれるような事件なので、新聞に載ったり、ネットニュースになることは間違いない。
 灰谷は、そのあたりを少し気にして見ることにした。
「新聞配達員だということを忘れるところだった」
 と思わず笑ってしまうところだったが、とりあえずは、今は、第一発見者としてのこと以外に、何もできるものではないのだ。
 遺体は、このマンションの住人である、舞鶴佑だということはすぐに分かった。隣人や、管理人の証言で分かったものだった。
 だが、誰なのかということは分かっても、舞鶴という人間がどういう人間なのかということまでは、隣人や管理人などのマンションの人からは得ることはできなかった。
 部屋を捜索していても、友達とのやり取りも、ほとんどない。
 舞鶴の過去を調べてみると、結婚歴が一度あることが分かった。そのことについて管理人や、隣人に訊ねてみたが、
「舞鶴さんが、結婚されていた時期があったという意識は相当昔だったという感覚しかなくて、もう、ほとんど覚えていないくらいですね。何しろ、結婚している時も、一人になってからも、ほとんど声をかけることもないほどに、近所づきあいのない人だったですからね」
 と、いうのは管理人の話だった。
 ご近所に至っては、
「結婚? あの人が? まったく意識はなかったですね。何しろ、顔を見ても、向こうから視線を逸らすような、本当に人と関わりたくないというほどの人で、人と関わると、急に怒り出す人がいるじゃないですか。ひょっとすると、あの舞鶴さんという人はそういう感じだったんじゃないかと思うんですよ」
 という。
「どういう意味ですか?」
「だからね、人と関わることで、自分が怒りの感情を出さないと、時間が無駄だったかのように思う人がいるらしいんです。以前自分の知り合いに、そんな感じの、面倒臭い人がいたんですが、舞鶴さんというのは、よく見ていると似ているんですよ。特に、視線のそらし方なんかそっくりなんですよ、視線をそらしているくせに、顔を背けながら、チラチラこっちを見ているんですよね。つまり、わざと相手を怒らせようとしているかのようなですね」
 という、
「ほう、それは興味深いですね」
「そうなんですよ。わざと相手を怒らせて、自分がその後怒ることを正当化するかのような感じなんですよ。まるで、後出しじゃんけんのような感覚がするので、それだけでも、怒りがこみあげてくるじゃないですか。だから、相手がどこまで計算ずくのことなのか分からないので、すべてが、相手の思うつぼに嵌っているような気分にさせられるんですよ」
 というのだ。
 この刑事は、通報があって、最初に駆けつけた刑事で、灰谷に事情聴取を行った、名前を、深沢刑事という。
 深沢刑事は、第一発見者の灰谷配達員のことが少し気になってはいたが、事件に直接の関係はなさそうだったので、その日は、すぐに帰ってもらった。そして、そのまま、一度署に帰ってから、また出かけてきたのは、早朝であまりにも早い時間だったからだ。
 午前10時頃に、再度現場に行くと、事件現場はしっかりと、縄が張られていて、さすがにその時間は、近所も事件のことで、喧噪とした雰囲気になっていた。
 それくらいの状態の方が、事情聴取しやすい。しかも、聞く相手も、興奮状態が少しずつ収まってくる頃なので、質問をすれば、一番聞きたいことを得られるくらいであったのだ。
 奥さんたちが集まって、ウワサ話をしているところに、深沢刑事が入っていった。
「すみません。K警察のものなんですが、よろしければ、お話を伺えますか?」
 と言って、恐る恐る話しかけると、皆、それぞれ微妙な顔をしていた。
 こういう時に話しかけると、
「話しかけられて億劫だ」
 というような気持になる奥さんと、反対に、
「面白くなってきたわ」
 と、普段のマンネリ化を打破してくれることでの、刺激を楽しみにしている人がいる。
 しかし、警察に話し掛けられると、皆、似たような顔になり、それぞれの本当の心境が分かりにくくなるのはなぜだろうか? 苦虫を噛み潰したような表情に皆なっていることで、素人が見ると、誰がどういう性格なのかまったく分からないのだろうが、百戦錬磨の刑事であれば、それくらいのことは、すぐに分かるというものだった。
 3人ほど奥さんがいたが、井戸端会議をするにはちょうどいい人数なのかも知れない。二人だと、意見がぶつかってしまうし、4人以上だと、集団という印象が強くなり、話をしない人が出てくるので、井戸端会議は、たぶん、3人がベストなのではないだろうか。
 さっきの管理人の鋭い指摘を頭に思い浮かべ、
「殺された舞鶴氏というのは、ああいう感じで、怒りをその場に引き込もうとするおかしなところがある人だ」
 ということを、思い出していた。
 奥さんたちには、そういうことを管理人が話していたとは言わない。
 その方が新しいシートに新しい事実が出てくるということもあるだろうし、管理人がそう思っているということで、
「私たちもそういう目で見られている」
 という先入観を植え付けてしまうと、
「警察が、このマンションの平和をかき乱していった」
 ということになり、今後一切、協力を得られなくなってしまうということが怖かったのだ。
 奥さんたちの井戸端会議は、さすがに殺人事件ということもあり、皆、口数が少なかった。
 それは二つの理由が考えられる。
「殺人事件ということで、恐縮しないといけないと皆が感じていて、余計なことを言わないようにしないといけない」
 と感じていること。
 さらにもう一つは、余計なことをいうという以前に、そもそも、隣人である舞鶴氏のことを、
「まったく知らない」
 ということで、話題にしても、すぐに終わってしまうということになるからであろうか?
 それを思うと、奥さんの井戸端会議というのは、その会話の中身というよりも、その場の様子からの方が、えてして、真実に近づけるのではないかという発想もあるのではないだろうか?
 奥さんたちを見ていると、
「後者ではないか?」
 と思えてきた。
 つまりは、
「舞鶴という男は、近所づきあいが苦手なのか。それともわざと近所と接しようとしないのか、近所の人からあの男の詳しい話を聞きこむことは、最初から無理だった」
 ということであろう。
「皆さんは、こちらは長いんですか?」
 と聞くと。
「私は、もうそろそろ10年になるかしら? でも、他の二人はそこまで古いわけではないですよ」
 と、3人の中で、リーダー格の人がそう言った。
「そうね、私は、5年とちょっとくらいかしらね、こちらの奥さんは、まだ2年くらいだと思うわ」
 ともう一人がいうと、一番若い奥さんは、頷くだけだった。
「じゃあ、奥さんは、殺された舞鶴さんの奥さんというのをご存じなんですか?」
 と聞かれたので、
「ええ、知っていますよ。あの二人は最初の頃は、本当に新婚さんという感じで、ラブラブに見えたんですが、3年目に入るか入らないくらいから、なんかぎこちなく見えてですね。離婚は時間の問題だって思いましたよ」
 とベテランの奥さんは言った。
作品名:耽美主義の挑戦 作家名:森本晃次