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小田原評定

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 自分たちの課でも、上層部からの圧力があることも時々だがある。ただ、他の課のように、企業を相手にしたり、反社会組織を相手にしているわけではない分、少ないのだろうと感じていた。それでも、必死で捜査をしてきて、途中で捜査会議を解散させられることには、やるせなさしかないだろう。無念などという言葉を通り越して、歯ぎしりで歯ぐきから血が出てくるのではないかと思えるほどのもどかしさを味わうものであった。
 そんな彼らの無念さが滲み出ている背中を目で追いながら、自分のことでもないのに、何とも言えないやるせなさが、自分の背中にのしかかっているようで、自分の仕事にも、少なからずの影響がありそうで、
「嫌なものを見てしまったな」
 と感じたほどだった。
 それでも、自分たちは自分たちの仕事をまっとうしなければならない。それを自分に言い聞かせ、とりあえずは、被害の遭った出版社に赴いた。
 殺害場所には、小さな仕切りが設けられていて、立ち入り禁止になっていた。刑事二人がやってきたので、事件からまだ数日しか経っておらず、どことなく緊張感が漲っている事務所は、静寂に包まれていた。
 誰かが言葉を発したり、電話が鳴ったりすれば、一斉にそっちに目が向き、緊張感とは違う緊迫感が、部屋中にみなぎってしまう。
 現場検証の時は、何も分からないままの聞き込みだったが、今回は自首してきた人がいるという、状況が大きく変わった時点で、聞き込みも若干変わってくるだろう。
 二人は編集長に声をかけて、編集長が、応接室に二人を招いた。ここの事務所は、応接室と会議室を兼ねているようなところなので、個室でもあったのだ。
「すみません。お忙しいところを」
 と、谷村刑事がそう言って、編集長と差し向いで座ると、
「いいえ、私どもとしましても、早く新谷君の敵を取ってもらいたいと思っておりますので、なるべく協力させていただきたいと思っております」
 と、丁寧な物腰で編集長は言ったが、腰は低く、もっともらしいことを言っているが、早く犯人を逮捕してもらわないと、自分たちだっていつ狙われるか分からないという思いがあるのか、編集部がピリピリしているのはそのせいだ。
 誰もが、編集者にいる以上、特ダネを目指して、少々強引なことをしているという自覚はあるのだ。それだけに、一人が殺されたとなれば、いつ、自分にも日緒子が降りかかってくるか分かったものでもない。とりあえず、犯人が捕まって、自分たちに関係あろうがなかろうが、安心したいというのが、本音であるに違いない。
 こんな事件が起きるまでは、週刊誌の記者というのは、
「明日は我が身だ」
 という意識がないだろう。
 やりすぎの感があっても、自分たちがいつ被害者になるかなどということを、考えたりはしなかった。
 そんな状態で、殺人事件が起こったのだから、気にならないわけはない。警察には、早く犯人を挙げてほしいと思っているに違いない。
 そんな相手に対して、最初から、
「実は、容疑者が自首してきた」
 などということは言えないだろう。
 一応、自首してきた人を留置はしたが、マスゴミに対しても、署内でも、刑事課以外では、オフレコとして、緘口令が敷かれた。特に、出版社に対しての聞き込みに影響があると思ったからだった。だから、一番に聞きこむ相手は、この編集者だったのだ。
「今日伺ったのは、殺された新谷さんが、手掛けていた案件に関してなんですが、どういうものがあったんですか? 今我々としては、新谷さんが、テレビ番組をやらせという疑惑を暴こうとしていたところが一番怪しいと思っているんですが、他にありますでしょうか?」
 と聞くと、
「そうですね、今のところはそれくらいしか思いつきませんね。彼が会社とは別に個人で行動していれば別ですが」
 と編集長がいうと、
「そういう記者の人って結構いたりするんですか? 会社に黙って、副業しているかのようなものですよね?」
 と言われた編集長は、
「まあ、似たようなものですが、モラルや倫理という意味では、まったく違いますね。他の会社員が副業をするというのを禁止するのは、あくまでも、会社にとって、集中力がなくなるとかの理由で、仕事がおろそかになることを恐れてもことでしょう? そういう意味では、我々から見れば、副業くらい、やらせればいいじゃないかと思うくらいなんですよ。でも、編集者にとって、自分で勝手に探してくる案件は、その記者が個人経営をしているようなものなんですよ。いわゆる、同業他社に近い形ですよね。会社に所属して仕事をしている人間が、裏で個人として活動しているというのは、会社に対しても、この業界に対しての裏切り行為だと思うんですよ。そういう意味で、倫理やモラルとして許されることではないですね」
 と次第に、語気が高まっていったのだ。
「新谷さんには、そういう裏で何かをしていたというようなところはないですか?」
「ないと思っています。今の仕事でもいっぱいいっぱいのはずなので、個人で案件を持つというのは、物理的に不可能だと思うんですよ。そういう意味で、会社に勤めていて、個人的な活動をしようとしている人は、最後にはどちらも立ち行かなくなって、身動きが取れなくなるか、精神的に追い詰められて、病気になったりする場合が大きいです。だから、小遣い稼ぎくらいの甘い考えでやっていると、最後には自分に降りかかってきます。それくらいのことは、新谷君であれば分かるはずですからね」
 と編集長は言った。
「でも、会社でキャリアを上げて、最終的には、個人で独立しようとする人もいるんでしょう?」
「もちろん、そうです。むしろ、それくらいの野心を持っていないと、会社の仕事だと甘く考えていると、そのうちにどこかで壁にぶつかることになる。これは、出版社に限らず、どこの会社でも同じことがいえるんじゃないですか?」
 と、編集長は、当たり前のことだと言わんばかりの様子だった。
「新谷さんの仕事に対しての姿勢はどうでした? 今回のやらせ疑惑というのは、結構、いろいろなところから反響があったようで、実際には新谷さんに対する風当たりは強かったんじゃないですか?」
 と、谷村刑事が聞くと、
「そのようでしたね。でも、彼も負けん気の強い方だったから、逆風で叩かれれば叩かれるほど意固地になるところがあって、それで、反発を招いたりすることもあるでしょう。私もそれが怖いと思ったこともあったくらいで、今回の事件も、私の中で、起こるべくして起こった事件ではないかと思っているんです。それは、他の記者も皆思っていることのようで、早く事件の真相を知らないと、怖いと思って、びくびくしながら仕事をしている連中ばかりですよ。しかも、犯行現場がここでしょう? ピリピリするなという方が、無理だというものですよ」
 と、編集長は言った。
 そんな編集長を見て、谷村刑事は、何か違和感を感じていた。
「最初に聞き込みを始めた時よりも、今の方が何かピリピリした感覚があるのは、なぜなんだろう?」
 という思いがあるのだった。
 谷村刑事は、少しこの違和感について考えてみた。
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次