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小田原評定

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「もし、すべてを、新谷記者が捏造しようとしているのであれば、そこまでするだけの理由があると思うんですよ。人一人を陥れるわけだから、書く本人にも、それなりに報道に対しての倫理に反することは百も承知だろうし、禁じ手を使うようなものではないでしょうか? そこまでして自分にどれだけのメリットがあるのかと考えると、そこには、個人的な恨みがあってしかるべきですよね? 今のところ、そういう話が出てきていないということですね。でも、ただ、今までにそういう発想がなかっただけで、そういう発想を頭に入れて、再捜査すれば、別の意見も出てくるかも知れません。これだけは、裏を取るという意味でもする必要はあると思っています」
 と、谷村刑事は言った。
「川上さんは、どう感じました?」
 と、山本警部補に聞かれて。
「谷村さんの話に近いですね。それに、新谷記者が、最初から捏造するつもりであれば、何も、ウワサになりかかった時点で、商店街の人たちに取材をするというのも、矛盾があるような気がするんです。それに、あの商店街の人たち、何か我々の知らないことを知っているような気がするんです」
 と、川上刑事がいうと、
「私もそれは、感じていました。でも、それは、彼らがわざと隠しているというよりも、我々がそのことに触れなかったので、話さなかったという感じですね。もし、我々がその核心に触れていれば、彼らがちゃんと答えてくれたかどうか、気になるところです」
 と、谷村刑事は言った。
「狼狽えはしたかも知れないですが、きっと、魚屋さんの機転で何とかなったのではないかと思うんですよ。あの魚屋さんは、冷静で頭の回転が速い、そして、冷静な雰囲気は、相手を底なし沼に引きずり込むかのような力が秘められているように思います。相手をミスリードするくらいのことは、彼にならできるのではないだろうか?」
 と、いうのが、川上刑事の言い分だった。
「なるほど、二人の意見はもっともな気がするな。だが、今回自首してきた釘宮に関してだけど、二人はどう感じたかな?」
 と、山本警部補に言われ、
「そうですね。言っていることには一定の整合性はあるし、矛盾も感じられないので、彼の言う通りではないかと思うんですが、じゃあ、彼が本当の犯人なのか? ということになると、正直分からないというところが本音です」
 と、川上刑事は答えた。
「川上さんの言う通りですね。私は逆に辻褄が合いすぎているのが、逆に違和感なんです。あそこまで、矛盾のない自首は、まるで最初に警察で言われることを想定し。どう答えるかということを予行演習でもしていたかのようにも感じられます。裏を取るのも、ここまで話の辻褄が合っていれば、警察は通り一遍だけの捜査をして、核心部分に触れてこないのではないかという目論見があったとすれば、余計に事件の核心は、表に出てきていることのごく近くにあるのではないでしょうか? 灯台下暗しであったり、弱点は、得意なところの、すぐそばにあるなどと言う言葉が証明しているかのように思えるんです」
 と、谷村刑事はいうのだった。
「なるほど、そこが、先ほど指摘した、やらせ疑惑が最初から、新谷の捏造だと思ったのは、彼が殺されたことで、その動機を考えた時、すべてを新谷の捏造だということにしてしまえば、動機の面で、考えるのが楽になるだろう。それを何か見えない力で捜査されているとすれば、確かに実行犯は、釘宮かも知れないが、その裏で暗躍している何かがあると思えなくもない」
 と、山本警部補が言った。
「じゃあ、これは、誰かの身代わりの自首ということでしょうか?」
 と川上刑事がいうと、
「そういう見方もできるけど、すべてを彼の犯行だと思うと、今度は納得がいかない部分が出てくるような気がしてくるんです」
 と。谷村刑事が言った。
「それがどこにあるのか、それを釘宮への尋問でどこまで分かってくるか、そして、それ以外の聞き込みも並行してやり必要があるだろうね。しかも、それは、釘宮を犯人だとした、その裏付けだけではなく、釘宮本人の身辺調査なども必要になってくる。そのあたりを、これから、しっかり捜査していく必要があるというものだろう」
 と、山本警部補は言った。
「川上刑事は、夜勤明けなのに、捜査会議に参加させてすまなかった。もう上がっていいから、ゆっくりと休養してくれたまえ」
 と、山本警部補は、つづけたのだった。
 これで、とりあえずの、朝の引継ぎと、捜査会議が一段落して、谷村刑事は、若手刑事を一人連れて、聞き込みに行こうとして、通路に出たのだった。
 そこで見かけたのは、昨日、殺された新谷が、かつて、情報屋だったという話を聞かせてくれた3人のうちの、背の低い刑事と、もう一人は昨日はいなかった別の刑事とが一緒にいたところだった。
 気づかなければ、見逃してしまったほど、背の低い刑事の雰囲気が昨日とは別人のようだった。
 昨日は冷静な感じに見受けたのに、今は完全に興奮状態で、まったくどこを見ているのか分からないほどに、熱くなっているからだった。
 完全に猪突猛進のようになっていて、完全に前を見ることができないという雰囲気であった。
「どうかされたんですか?」
 と思わず、声をかけたところで、背の低い刑事はやっと我に返ったかのようで、
「あっ、昨日はどうも」
 と、明らかに昨日とは別人のようだった。
「いやぁ、何かお追い詰めているのか、それとも怒っているのか、昨日までとは違っているように思えましたんで」
 というと、
「いやあ、分かりますか?」
 と、人懐っこそうにしているではないか。
 彼らは、そもそも、暴力団や、麻薬関係を扱っているので、強面のイメージが強いが、実際には、それよりもはるかに、いい人たちなのだ。そうでないと、相手に舐められるということでの、苦肉の策と言っていいだろう
 そんな状態において、普段であれば、もう少し勇ましい態度を取っているにも関わらず、明らかにおかしい。どうしたというのだろう。
「ちょっと、いいか?」
 と言って、谷村刑事を、会議室に連れ込んだ背の低い刑事は、
「これは、他言無用で願いたいだが」
 と言って、真剣な顔になると、谷村刑事も、真剣に見つめなおして、手綱を締めなおした。
「実は、今俺たちが前々から内偵も進めていて、いよいよ証拠も固まってきたというところで、強制捜査の令状を取ろうかとしていたところの案件が、急に、捜査ができなくなってしまったんだ」
 というではないか。
「どういうことだ? どこかからの圧力でもあったということか?」
 と言われた刑事は、
「たぶん、そんなことだと思う。最初は、公安の仕業かとも思ったんだが、どうもそうではないようだ。俺たちの案件は、公安のような大きなものではなく、地元の組織というだけなので、公安ではない何かの力が働いているんだ」
「何か心当たりはあるのか?」
「いや、今のところはないんだけどな。ただ、実際には、中止というわけではなく、延期というようなニュアンスなんだ。それを思うと、何かの時間稼ぎのような気がしてね」
 という。
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次