小田原評定
「それまで、何をやっていいのか分からなくなっていたらしいんです。後で知ったことなんですが、彼が自分の言ったことが、ことごとく裏目に出ていたらしくて、それでも、何かを言わないと気が済まない感じになっていたって言います。でも、何かのきっかけがあって、彼がいうことが、すべてうまく行くようになったって言ってました。それを私のおかげだと言ってくれたんです。それがとても嬉しくてですね。そんなことがあった時、商店街の人の勧めもあって、テレビ局が自分のドキュメンタリーを作ってくれるということで、彼は楽しみにしていました。今までで一番嬉しいってですね。その時の嬉しそうな顔が忘れられないんですよ。ただ、実際にできた番組は、自分の思っていた番組とは、かなり違うと言っていましたけどね。それでも、それまでおあれとはまったく違って明るくなったんです。その時に、種を明かしてくれたんですけど、彼が変わったというのは、今まで自分が感じたことの反対をすればいいんだって、思ったらしいんです、そうするとうまくすべてがいくようになったってですね。でも、本当は、そんなことは最初からわかっていたというんです。その気持ちに切り替えるには、きっかけが行ったってですね。それが、私の存在だったと言ってくれました。背中を押してくれる人がほしかったんだって言ってたんです。それを聞いて、とても切ない気持ちになったんです。まるで、自分のことのようにですね。私にも同じ思いが頭の中にあって、それで、いつの間にか、彼を自分の師匠のように思うようになっていたんです」
と、釘宮は言った。
「そうだったんですね?」
「ええ、だから、彼に何かあったら、私が何とかしてやろうっていう妄想のようなものに取りつかれたんですが、彼は次第に何かの渦の中に巻き込まれていっているようで、それが、自分の中で、いつの間にか膨れていって、自分でもどうしていいのか分からなくなってきて、せっかく自分を取り戻せそうだったのに、でも、悪いのは彼ではなく彼を取り巻く環境。そう思うと、絶えず彼のことを気にするようになっていたんです」
「じゃあ、そのあなたの危惧が本当になってきたということなんでしょうか?」
と川上刑事が訊ねると、
「ええ、そうなんです。放送があった時は、それほど世間では、あまり何も言ってなかったんですが、彼本人としては、何か大きな不満があったようで、自己嫌悪に陥っていて、それが、鬱状態に陥れているようで、見ている方も辛くなる感じだったんです」
「その理由は何か話してくれましたか?」
「いいえ、頑なに拒否しているという感じなんです。それまでは、少々のことであれば言ってくれると思っていたんですが、今回ではまったくそんな感じがなかったんです。それで私はどうしていいのか、正直困ったんですよね。そのうちに、今度はあの放送が、やらせだなどというウワサが出てきて、それを、新谷という記者が記事にしているというのを聞いた時、ビックリしたんですよ」
と、釘宮は言った。
「えっ、ちょっと待ってください。私の認識とその部分が違うんですが、今のあなたのお話を聞いていると、やらせのウワサが先にあって、新谷記者が、それを記事にしようとしていたように言われましたよね? 我々の認識だったり、聞き込みなどで聞いた話によると、新谷記者がやらせ疑惑を持っていて、それを拡散しているのであって、すべての元は、新谷記者だと思っていたんです。どっちなんでしょう?」
「確かに、今の状況から見ると、そんな感じになっていますよね、でもそれは違います。新谷記者は、あくまでもウワサを聞いてそれを記事にしようとしていたんですよ。そして、その記事には、とても、荻谷少年が容認できないことが書いてある。やらせ報道くらいであれば、そのうち、騒動も下火になって、世間は忘れて行ってくれるでしょうが、だけど、それが、荻谷少年自身のことになってしまうと、そうはいかなくなる。それを、新谷記者は、記事にしようとしたんです。そうなると、荻谷少年は、悪者となってしまい、下手をすれば、オオカミ少年の異名を持ったままになってしまうことになる、それが私は怖かったんです」
と、釘宮は言った。
「それで、君は新谷記者を殺めてしまったと?」
「ええ、何とか、説得はしたんですが、あの男は、こっちが下手に出れば出るほど、弱みを握ったかのように、頑なになる。足元も見てくるし、ジャーナリストの片隅にもおけないやつなんです」
「ところで、あなたは、荻谷少年の秘密がどういうことか、もちろん、分かっているんですよね?」
「ええ、分かっています。ここだけの話に絶対にしてほしいんですが、荻谷少年は、元々オオカミ少年と言われるほど、まったく予言が当たらなかった。それを彼は現実的に考え、正反対の発想にすれば、そちらが真実になるのではないか? と考えたことが、彼の一番のきっかけだったんです。でも、これを世間が知ると、せっかく、きっかけをまるで、神かかったかのような考えを持ってくれた人から見れば、裏切りであったり、がっかりさせることになる。勝手にまわりがそう思うだけで、別に荻谷君が悪いわけではないんですが、それでも世間は、荻谷君の生命線を奪うことになる。しかも、自分たちにはそんな意識はまったくないと来ているので、これほど悪質なことはないんですよ」
と、釘宮の言葉は、最高潮に達していたのだ。
圧力
それを聞いた川上刑事が、いかにもやるせないという気持ちになり、何も言えないくらいになっていた。
それからしばらくは、淡々とした取り調べが行われたが、実際の犯行について語られただけだった。
そこには、大した真新しいものはなく、警察が捜査したとおりのことが、語られただけで、そこに何ら矛盾点はなかった。
取り調べが終わってから、捜査本部に戻った川上刑事と、谷村刑事は、取り調べの状況を、山本警部補に話した。
「そうか、話としては分からなくもないな。二人はいまのこの時点で、事件は解決したとみていいと思うかね?」
と。山本警部補に聞かれた、二人だったが、
「私は、正直、何かが違っているような気がして仕方がないんですよ。それがどこなのかというのが、よく分からないんですけどね」
と川上刑事がいうと、
「そうなんですよね、私も同じです。ただ、私の場合は、彼が言ったことばで注目したいのは、やらせ疑惑というものは、最初からすべてが、新谷記者によって捏造されたものではなく、元々は、ウワサがあって、それを新谷記者が、それを記事にしようとして動き回っていたということであれば、話は全然違っているのではないかと思えてきたんです」
と、谷村刑事は言った。
「なるほど、君はどちらだと思うんだい?」
と、山本警部補に聞かれた、谷村刑事は、
「私は、釘宮の話を信じたいと思います」
と、言った。
「理由は?」