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小田原評定

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「薬でも使っていて。ラリった状態なのだろうか?」
 と感じるほどだった。
 それこそ、麻薬捜査の専門家に取り調べをお願いしたいくらいだった。
 扉をノックする音が聞こえた。谷村刑事がそれを聞いて扉を開けると、耳打ちをされて、一緒に表に出た、そして、隣のマジックミラーになっている部屋に一緒に入ったのだが、その人は昨日、話をした背の低い方の麻薬捜査の刑事だった。
「すまないが、あの男を確認してくれないか? 見たことがあるかい?」
 と、
「いや、私は知らないかな?」
 というので、
「じゃあ、後で撮った写真を回すから、そちらの課でも、一度皆さんで確認していただきますか?」
 というと、
「彼が何をしたんだい?」
 と言われたので、
「例の、新谷が殺された事件の容疑者さ。と言っても、自分で自首をしてきたんだけどね。ひょっとすると、彼も、そちらの課で採用していた、情報屋じゃないかと思ってね。いかにも違いそうなやつが、内偵ではバレないだろうから、彼のような人間も、情報屋として、使っていたのではないかと思ったんだけどな」
 と言ったのだ。
 自首してきた時には、あれだけ怖がっていたのに、今は、意識が朦朧としている。いかにも雰囲気が違いすぎることに、谷村刑事は疑問を持ったのだった。
 話はなかなか先に進まない。自首してきたというわりには、自分から何も話そうとはしないからだ。
 警察の方で証拠を固めて逮捕状を取って、正攻法で捕まえた相手であれば、いくら相手が黙秘権を使っても、こっちには聞きたいことが山ほどあるとでも言わんばかりに、徹底的に質問攻めにして、逃がすようなことはしない。
 しかし、この男は自分から、
「俺が殺した」
 といってきたのだから、警察には、証拠もなければ、この男の存在すら今まで意識すらしていなかったのだから、何を聞いていいのか戸惑うのは当然のことである。
 何とか、それでも質問を考えるが、それもあっという間に尽きてしまう。特に川上刑事は、取り調べが苦手だった。情状酌量のある犯人であれば、人情をちらつかせることで、相手に自白を強いることに掛けては、誰の引けも取らないと言ってもいいだろう。
 しかし、このような相手は、昭和を生きてきた刑事には、実に苦手だった。相手が何を考えているのか分からない状態であれば、何をどうしていいのか分からないからだった。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか。警察官なので、黙秘権の相手に付き合うのは、それほど苦手ではないはずなのに、相手よりも参ってきていた。
 もし彼が犯人ではなかったとすれば、彼を送り込んできたのが何となく分かった気がした。
「俺は、犯人ではないんだ」
 と、背中が語っているような気がするが、それを悟らせないようにしていることで、後ろから見ていると、余計に分かるのだ。
「人間はやはり後ろが無防備なんだな」
 と、被害者が背中から刺されたというのも分かる気がした。
「どうやって殺したんだい? 後で実況見分はするんだけど、状況だけは知っておきたいんで、教えてもらおうか?」
 と、川上刑事は言った。
「あの日、僕は新谷さんに呼ばれたんです。ちょうど、今自分が取材しているのが、ある少年をテーマにしたテレビ番組があったらしいんだけど、その番組でやらせ疑惑があったというんです。そこで、いろいろ知りたいので、その少年のことを教えてほしいと言われたんです」
 というと、
「ん? ちょっと待って、その少年と君は知り合いなのかい?」
 と聞かれた少年は、
「ええ、彼が行ってる中学校に、以前、掃除で入ってたんですよ。そこで、話をしたことがあります」
「最初はどちらから話しかけたんだい?」
 と聞かれた釘宮は、
「相手から話しかけてきました。私はいつもこんな感じですので、自分から話しかけるようなことはないんです」
「そうなんだね? でも、彼の学校での話を聞いていると、あまりまわりと協調性がないようなことを、皆言っていたけどね」
 と言われた、釘宮は、ここぞとばかりに、声を荒げて、
「だからなんですよ。彼は、本当は人と、もっと会話をしたいと思っているんです。でも、それが敵わない。なぜなら、まわりの人が自分のことを自分よりも知っているという被害妄想のようなものがあって、彼の場合はそれがひどいんです。私も実際にそういうところがあるから分かるんですが、彼は特にひどいみたい。話を聞くと、オオカミ少年と言われていたというじゃないですか。本人は気にしていないように見えて、かなり気にしているようです。だって、そうでしょう? 先生は皆と仲良くしろというけど、余計なこともいうなという。彼のような人間にとって、まったく正反対のことをしろと言われているわけだから、そりゃあ、何もできませんよ。ジレンマに陥って、結局、自分からはいけなくなる。そうなると、まわりから来ることもなく、孤立してしまうんですよ」
 と力説した。
「なるほど、そういうころであれば、分かるような気がしますね。同類、相哀れむという言葉もあるけど、同じ境遇だったりすると、結構分かったりするものですよね。逆に少しでも相手のことが分からないと思えば、それ以上は分からないだろうという、自分なりの自負から、早い段階で、友達として排除しようとする場合もあるということですね」
 と、川上刑事は言った。
 すると、釘宮は、
「そうなんだけど、何と言えばいいのか、普段から人と接することに慣れている人と違って、いつも一人でいる人にとっては、何をしていいのか分からない時など。急に人恋しくなったりするんです。これが、最大の自分にとっての矛盾じゃないですか。自己嫌悪になってしまうんですよね。それが鬱になってしまうと、その鬱は、一度治っても、またすぐにぶり返すんです。それを思うと、躁鬱症というのが、交互に来るというのも分かる気がします。僕の場合も、釘宮君の場合も、鬱状態しかないんだけどね」
 と、言った。
「そんな釘宮君に、君はよく話しかけてあげたりするのかい?」
「ええ、最初に彼の方から、おそらくかなりの度胸を持って話しかけてくれたんでしょうね? いろいろ聞いてきましたよ。それこそ、鬱病を治すにはどうしたらいいかとか。話ができる友達がいないんだけど、この私はどうなのか? などということをですね」
「それで、君はなんと答えたんだい?」
「最初は、何を答えていいかわからなかったんですよ。まったくそれまで知らなかった相手に変なことを言って、その人の人生を変えてしまうことになれば怖いじゃないですか。でも、話をしているうちに、彼と話していると、もう一人の自分と話しているような気がして、なんでも言える気分になったんですよね。だから、きっと彼も同じように、自分と話している気分になったんじゃないかと思うと、私も、彼に普通に話ができるんじゃないかと思って話をするようになったんです。二人で話をしていると、僕の方が結構話をしていたような気がしました。でも、他の人とは相変わらず話なんかできやしないんですよ」
 と言った。
「それで、次第に二人の仲は深まっていったんですね?」
「ええ、そうなんです。彼は私に感謝してくれているようでした」
「というのは?」
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次