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小田原評定

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 しかし、捜査は、翌日になって、状況が一変した。何と犯人は自首してきたのだった。
 犯人を名乗る男は、署の一階の受付で、
「私、人を殺したんです」
 と言って、神妙にしていた。
「ひ、人を殺したというのは?」
 と、さすがに受付の人もいきなりだったのでびっくりした。
 しかも、犯人からは一番遠そうな気の弱そうな青年ではないか。もっとも、気の弱そうな人だから、恐縮して自首してきたのだろう。
「ちょっと待ってください。係りの人を呼びますから」
 と言って、刑事課に、繋ぐと、少しして、川上刑事が降りてきた。この時間は、まだ9時前だったので、出勤してきている人もいる時間帯だった。川上刑事は、夜勤明けだったので、勤務時間中ということで降りてきたのだ。
「君ですか? 出頭してきたというのは?」
 ということを聞くと、相手が老練の優しそうな刑事なのを見て、少し安心したかのような顔になったのは、半分、
「救われた」
 とでも思ったのだろうか。
 しかし、出頭してきたのは、警察である。これから、嫌というほどの取り調べが待っているはずだ。それを覚悟で出頭してきたのだろう。
「殺したというのは、どこで誰をかな?」
 というので、
「S出版社というところの事務所で、新谷という記者を殺害してしまったことです」
 というではないか。
「じゃあ、こっちに来てもらおうかな?」
 と言って、川上刑事は、刑事課まで彼を連れて行った。
 男は、まだ20代前半くらいであろうか。中肉中背であるが、見た目は、日弱く見えて仕方がない。どうしても自首してくるのだから、殊勝な気持ちになっていることでそう見えるのかも知れないが、どうにも運動をしていたという雰囲気もない、どこに行っても目立つタイプではなさそうだった。
 しかも、五分刈りにしているので、まるで、昔の集団就職の高校生のようではないか。
 見た目は、
「どう見ても、殺人を犯すようには見えないな」
 と思ったが、犯罪というものは、意外と、殺人を犯さないような人間が犯人だったりすることが多い。
 それを思うと、自首してきただけ、殊勝ではないか。一体どうして殺すことになったのか、十分に聞いてみる必要があると、川上刑事は考えた。
 刑事課に入ると、すでに、谷村刑事と、山本警部補は出勤してきていて、川上刑事を見かけて、
「どうしたんですか? あの青年は」
 と。谷村刑事が聞くので、
「彼は、例の新谷殺しの件で、自首してきたというんだよ」
 というと、
「自首? 彼が?」
「ええ」
 と谷村刑事は、
「到底信じられない」
 といった表情だった。
 確かに、いかにも犯人ではない人が犯人だったということは、今までの刑事経験の中で、何度もあったことなので、そこまでビックリはしないが、どうにもまだ納得がいかないと言った気分だった谷村だったが、そもそも、まだ事件の情報を集めている段階だっただけに、
「私が犯人です」
 と言われてもピンとくるわけでもなかったのだ。
 とりあえず、取調室に連れていくことにした。
 彼は、完全に観念した様子で、下を向いたまま、顔をあげようとはしない。完全に恐縮している様子である。
 川上刑事が、座っていて、その横で立って聞いているのが、谷村刑事だった。その後ろに調書を書いている人がいるが、ほとんど気配を消しているので、彼の意識の中にはないようだった。
「まずは、名前と年齢、職業をいいかな?」
「はい、私は釘宮誠二。22歳です。職業は今のところ、無職です」
「殺害された人とはどういう関係だったのかな?」
「私はちょうど就活中だったんです。大学を卒業してから、職に就けなかったので、以前、別の出版社で、アルバイトをしていたことがあったので、興味もあって、S出版社に就活にいくと、そこに、新谷さんがいたんです。新谷さんしかその時いなかったので、新谷さんが、社長に話をしてくれるというので、私は安心していたんですが、実は就職の話。うまく社長にできなかったということで、断りを言ってきたんです。私としては納得がいかないので、その日、夜になって、出版社にいくと、あの人しかいないじゃないですか? それでもう一度詰め寄ると、あの人逆切れして、俺がせっかくうまく話をしてやったのに、お前が何もしようとしないからだろう。就職したかったら、もっと自分から動けよって、怒ったんですよ。こっちも怒りがこみあげてきて、気が付けば、背中を刺してました」
 と、いうのだった。
「君は、じゃあ突発的な犯罪だったというんだね?」
 と言われて、
「ええ、そうです」
 と答えると、
「じゃあ、聞くが、凶器はどうしたんだい? 君はナイフをいつも持ち歩いているとでもいうのかい?」
 と言われると、
「いいえ、あのナイフは、給湯室にあったんです。何かケーキでも切ったのか、流しのところに、ナイフが浸けてあったんですよ。本当は、怒りが収まらなかったけど、何とか抑えて、その場を立ち去ろうとしたんですが、そこでナイフが光っているのを見ると、急にムラムラと来て、そのナイフを掴んで、後ろから両手で、一気に突き刺したんです」
 というのを聞いて、
「指紋は拭き取ったのかい?」
 と聞かれたので、
「ナイフが濡れていたので、指紋のことまで考えなかったんですが、横にあったタオルで、持ち手のところを結構吹いたんですよ。だから、指紋を拭き取ったような形になっているかも知れません」
 と言った。
「なるほど、それで君以外の指紋もついていなかったんだね?」
「はい、そういうことだと思います」
 という。
 谷村刑事は、最初の彼のあの狼狽ぶりから、取り調べになると、急に落ち着いたように見えたことを、
「何でだろう?」
 と感じた。
 そこで、一度席を外して、近くにいた若い刑事に、
「済まないが、一つ調べてくれないか?」
 と言って、耳打ちした。
「了解しました。すぐに調べます」
 と言って、彼に何事かお願いして、谷村刑事は、また取調室に帰った。
 谷村刑事が気になったのは、彼があまりにも最初に比べて落ち着いているからだった。
 最初の彼が本当の彼なのか? それとも取り調べの彼が本当の彼なのか、そんなことを考えていると、一つの疑問が湧いてきたのだ。
 もし、谷村刑事が最初に受付で彼を見ていると、もっと違った感覚になったか、も知れないが、違和感があったのは、間違いのないことだったのだ。
 取調室では、谷村刑事が表に出た間、時間が止まっていたのではないか? と思うほど、まったく話が進んでいなかった。
 谷村刑事が戻ってくると、時間がまた進み始めた。だが、進んだのは時間だけであって、釘宮の様子は、先ほどとまったく変わっていなかった。聞かれたことには答えるが、それ以外はまったく無反応で、見た目。
「心ここにあらず」
 と言った雰囲気だったのだ。
 視線が虚ろであり、どこを見ているのかよく分からなかった。
 犯人の中には、相手を煙に巻くという作戦で、何を考えているのか分からないように見せる男もいるが、釘宮の場合は、そんな雰囲気はなさそうだった。
 まるで、
「記憶を失っているかのようだ」
 と言ってもいいだろう。
 それとも、
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次