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小田原評定

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 さっそく、捜査本部に来てもらい、話をすることにした。
 山本警部補の知り合いである、佐久間警部補と、他2名の凸凹コンビと言ってもいい二人が来てくれた。
「さっそくなんだけど、この男を知っているかい?」
 と山本警部補は、3人に、殺された新谷の写真を見せた。
 すると、他2人の刑事は頭を傾げていたが、佐久間警部補は、じっと写真を見ていると、
「ひょっとすると、新谷じゃないのかな?」
 というではないか。
「ああ、そうなんだ。新谷という雑誌記者なんだけど、どうして、佐久間君は知っているんだい?」
 と聞かれた、佐久間警部補は、
「だけど、なんで君たちが新谷の写真を?」
 と聞いたのを受けて、
「実は、先日、殺害されたんだ。事務所で残業をしているところを、後ろからナイフのようなもので、刺されたと思うんだけどね」
「この間からの、雑誌記者殺害事件というのは、このことだったんだな?」
「そうなんだ。それで、ここにいる川上刑事の話で、数年前までおたくにいた川崎刑事が、情報屋として使っていたという話を聞いたものでね。それで、今も君のところの誰かが、情報屋として使っていないかと思ってね」
 と、山本警部補が聞くと、
「ああ、この人が、新谷さんなんですね? 私は実は一度会ったことがあったんですが、その時は、実にみすぼらしい恰好をしていたので、写真からでは分かりませんでした。ええ、うちで新谷さんを情報屋として使っている人がいましたが、今はもう使っていないという話を聞きました」
 と、背が低い方の刑事がそう言った。
「誰が使っていたんです?」
「加賀谷刑事という人が使っていました:
 と聞いて、佐久間警部補は一瞬、ビクッとなった気がした。
「加賀谷刑事というのは、今もおられうんですか?」
 と聞くと、
「ええ、今もいます。でも、今は情報屋は使っていないということでした。1年くらい前までですかね? 使っているとすれば」
「どうして使わなくなったんでしょう?」
 と聞くと、
「詳しくは知りませんが。情報屋を危険に晒すような捜査をしてはいけないということで、情報屋を使うことは、課内で禁止になったんです。刑事課の方ではどうなんですか?」
 と言われて、
「ああ、うちの刑事課では、もう5年以上前から使ってはいけないということに私の方でしたんだよ。だから、今は使っている人はいないですね」
 と山本警部補は言った。
 どうやら、情報屋というのは、昔から一人の刑事にはついているものだったが、最近では、危険性や、コンプライアンスの問題から、使ってはいけなくなった。その兆候が出てきたのが、1990年代だった。
 要するに、昭和の悪しき風習を、一掃しようという流れが警察内部で浸透していたのだ。
 ただ、あくまでも、それは建前であって、実際には闇で行われているであろう。
 だから、平成になってからは、なかなか身内にも情報屋の存在自体を教えないという人間が増えているので、普通であれば、簡単には教えてもらえるものではないだろう。
 しかし、これは、元なのか、それとも今でもなのかは分からないが、その情報屋が、殺害されたという、
「殺人事件」
 の捜査である。
 いくら外部者であったとしても、警察協力者であれば、警察の捜査も、真剣にならざるおえないということであろう。

                 自首してきた男

「うーん、今は基本的にやってはいけないということになっているので、私も詳しいことは分かりませんね。自分が合わせてもらった時は、まだ川崎さんがおられた時だったから、まだ、警察内部でも、公認の状態だったからですね」
 と背が低い刑事が言った。
「私はまったく知らなかったですね。実際に、かつて、情報屋というものがいたというのを聞いたことがあるくらいで、今の常識から考えて、もういないものだと完全に思っていました」
 と、のっぽな刑事はそういった。
 どうやら、背の低い方の刑事は、結構真剣に捜査をする人間のようで、もう一人は、どちらかというと、堅物のようだった。見た目は、それほど性格に違いはなさそうだが、背が低い刑事の方が、熱血漢だということが分かったのだ。
 佐久間警部補は、雰囲気もいかにも、麻薬捜査や暴力団関係を相手にしてきだだけの貫禄が満ち溢れているように見えた。
 そういう意味では、見た目は、山本警部補とは、正反対なのだが、この二人の仲がいいというのは、どうにも意外にしか見えなかった。
「ところで、山本の方では、犯人の目星はついているのかい?」
 と、佐久間警部補は、にやりと笑って聞いた。
 こちらの方でも、まだ捜査に入ったばかりだということを分かって聞いているのか、山本警部補も、苦笑いするしかなかった。
「俺たちは、一つのことを、少しずつ計画を立てて、外堀から埋めていくような捜査をしているので、殺人の捜査とは、かなり違う。何しろ相手が組織になるからね。内偵があったりするのも、公然の秘密だったりするからな」
 と佐久間警部補が続けた。
 要するに、
「自分たちとは、捜査方法がまったく違う」
 と言いたいのだろう。
「俺たちは、正直、危険のないところで情報屋を使ったりはしている。大きな声では言えないけどな。だから、そっちだって同じなんじゃないかと思ってね。ひょっとすると、殺された理由が、そちらの捜査に何か関係のあることかも知れないだろう? それを思うと、それぞれ自分たちのまわりだけを捜査していては、真相に辿り着けない気がするんだ」
 と、山本警部補がいうと、
「確かにそうかも知れないな。お前の言う通り。こちらでも、話せる範囲で、分かっていることを、こちらでまとめてみることにしよう」
 と、佐久間警部補は言った。
「そうだな。済まないが、何しろ殺人事件の捜査なので、話せる範囲でも構わないので、できるだけ協力してほしいんだ」
 と山本警部補は言った。
「ところで、被害者の新谷という男はどういう男なんだい?」
 と聞かれて、
「ああ、やつは。今あるテレビ番組のやらせ疑惑をスクープしようとしていたらしいんだ。だけど、話を聞いてみると、彼がそんなゴシップ系の記事を書くのは初めてだというんだ。それまでは、普通の旅企画の記事ばかり書いていたというので、何か変だなと思っていたところで、うちに川上刑事が、新谷という名前で、かつてお前とこにいた川崎刑事の情報屋だったという話を聞いて、何か関係があるのではないかと思った次第なんだ」
 と、山本警部補は言った。
「だけど、少し、捜査を絞り込みすぎなんじゃないか? 普通に男女の嫉妬からの犯罪かも知れないし、彼の取材で何か損をした人間がいて、その恨みからとかはなかったのかな?」
 と佐久間警部補が聞いてきたので、
「もちろん、そっちも並行して捜査しているんだけど、今のところ、これ以上のことは分かっていない。捜査はまだ始まったところだからな」
 と、山本警部補は言った。
「もし、これが情報屋に絡んだ話だとすれば、ちょっと厄介なことになるだろうな。そっちではないことを願うばかりだよな」
 と、佐久間警部補は言った。
 この日、それ以上の情報が入ってくることはなかった。
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次