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小田原評定

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 さすがにその目を最初に見た時、谷村刑事は、少し威喝を受けた気がした。もちろん、庶民の威喝くらいでビビる谷村刑事ではなかったが、その威喝は別に挑戦的なものではなく、戒めの目であることに気づいた時、
「なるほど」
 と思ったのだ。
 このチームのご意見番のような立場にいるのが、この魚屋の存在なのだろうと思ったのだ。
 そして、この二人とはまったく違う性格の、肉屋であった。
 肉屋はおとなしい性格で、おとなしいという意味では、魚屋に似ていたが、魚屋の場合は、表に出てこないというだけで、冷静な目を絶えず持っていて、全体を見渡すことのできる人なのだが、肉屋の場合は、別にそんな立派あところはなかった。
 絶えず、人の目を気にして、気を遣っているという、気弱な性格だったが、よく見ていると、他の二人も、肉屋を意識していた。
「何を意識する必要などあるのだろうか?」
 と、谷村刑事は考えたが、そうではないのだった。
 魚屋も八百屋も待っているのだった。それは、肉屋が口を開くことであった。
 ほとんど何も口にすることのない人が、急に口を開くと、まわりがビックリするが、その時に得てして、誰も想像もしていなかったようなことが口から飛び出してくることがある。
 その人の性格なのだろうが、口を開かないのは。
「皆と同じ考えのことを後から自分が口にしても、何もならない」
 という合理的なことを考えているからであった。
 そう、普段何もしゃべらない人は、絶えず何かを考えて、自分にしかない発想を思いつこうとしている人か、本当に暗くて、何も考えていない人か。それとも、この肉屋のように、
「人と違うことを思いついたら、自分から口を開く」
 という人の3つのパターンに別れるに違いないのだった。
 肉屋は、その時、冷静に考えて思いついたことを口にした。
 ひょっとすると、このまま、自分の考えが、誰にも分からずに、スルーされるのは嫌だと思ったのかも知れない。
 谷村刑事も、肉屋の言った言葉に、
「目からうろこが落ちた」
 という気がした。
 ちょうど、他の二人を意識していたことで、正直、肝心なことを見逃すところだったのだ。
 そう言う意味で、肉屋の助言は、肉屋によって、三人の性格が分かるきっかけになったという意味でも、
「目からうろこが落ちた」
 のだった。
 谷村刑事にとって、肉屋の言葉は、さすがに驚かされた。
 普段であれば気づきそうなことなのに、気づかなかったということは、
「ひょっとすると、この肉屋が黙っている時は、まわりのやる気を、奪うことができ、何かの話し合いで、ミスリードでもできるような力を持っているのかも知れないな」
 という、この肉屋という男に、どこか二重人格的なものが備わっているような気がした。
 それは、完全にジキルとハイドのような、正反対の性格であり、普通の二重人格と呼ばれる人には、考えられないような人ではないかと思えたのだった。
「あの記者に対して誰か助言したということであれば、その人が何かのカギを握っていることに間違いないな。どうしても、表に出てきている人しか、考えが及ばないという限界があることを、警察として捜査をしていると、気づかないことが多い。確かに、ここで誰かもう一人登場人物がいたとしても、おかしくはない。捜査をその線でも膨らませる必要があるかも知れないな」
 と、谷村刑事は考えたのだ。
 とりあえず、これ以上は新たな話が出てくるわけはないと思い、警察は引き揚げた。
 捜査本部に戻った3人はさっそく、さっきの話を考えてみた。
「さっきの話だけど、何か目新しいことが分かった気がしたかい?」
 と、山本警部補から聞かれた、谷村刑事だったが、
「そうですね。彼らが何かを隠しているというようなことはないのではないかと思います」
 というと、
「それは私も思いました」
 と、老練の川上刑事も、そう答えた。
「それにしても、商店街の活気を取り戻すためということだったのかも知れないけど、荻谷少年というのがどういう人間なのかを知らないといけないでしょうね」
 と、谷村刑事がいうと、
「それなら、明日、事情を聴けるようにアポを取っていますので、明日にでも確認できると思います」
 と川上刑事は答えた。
 このあたりはさすが老練、川上刑事の手筈は早かった。
「ところで、他に容疑者は浮かんでこなかったですかね? 何しろ、雑誌記者というのは、いろいろ裏であるのかも知れませんよ?」
 と谷村刑事が、いうと、
「そういえば、殺された記者の名前なんと言いましたっけ?」
 と、川上刑事が聞くと、
「確か新谷健吾という記者だったような気がします」
 というと、
「ああ、確かどこかで聞いたことがあると思ったけど、思い出しましたよ」
 と川上刑事は言った。
「何者なんだい?」
 と、山本警部補が聞くと、
「彼はですね。3年くらい前だったか、この署にいた刑事で、川崎という刑事がいたのを覚えていますか?」
「ああ、確か、麻薬捜査や、暴力団関係の捜査をしていた刑事ではなかったかな?」
 と山本警部補がいうと、
「ええ、そうです。今回殺害された新谷という男は、確か、彼の情報屋だったような気がするんです。私の捜査と、川崎刑事とで、同じ人物を当たっている時、川崎刑事が、新谷という男を、情報屋だと言って教えてくれたんですよ」
 と、川上刑事は言った。
「じゃあ、川上さんは、面識があったわけですか?」
 と聞かれて、
「ええ、まあ、面識があったといっても、5年くらい前に一度会っただけで、その時は、変装のようなことをしていたので、よく分からなかったんですよ。川崎刑事は確か、あれから2年ほどして、別の署に転勤になったので、もう、彼を使ってはいなかったと思います。ただ、川崎刑事の後任に、新谷がすり寄っていたかどうかまでは知りませんけどね」
 ということであった。
「川上君は、あちらの課の人と面識はあるかい?」
 と聞かれて、
「もう、知っている人はいませんね」
 というので、
「そうか。本当は密かに、探りを入れてもらいたかったんだが、そうもいかないようなので、私の方から、正式に話をしてみよう」
 と、山本警部補がそう言った。
 警察というところは、所轄が違えば、縄張りという意味で仲が悪い。さらに、同じ署でも、部署が違えば、やはり仲がよくない、いや、これは一般の会社でもそうではないか。
 経理部と営業部、さらには物流ともなると、ほとんど仲が悪いと言ってもいいのではないだろうか。
 そういう意味で、他の課の人に話を通す場合は、上司同士の兼ね合いもあり、なかなか難しかったりする。
 下手をすれば、署長クラスに仲介をしてもらわないと、難しかったりする。だが、山本警部補は、向こうの課の課長とは仲がいいということで、話ができる環境をセッティングしてもらった。
 その日の午後からさっそく、話が聞けるようだった。
 ただ、個人で持っている情報屋ということになると、同じ部署の仲間であっても、上司であっても秘密にしていることが多い。どこまで話が聞けるか微妙なところであった。
 刑事課からは、山本警部補、谷村刑事、そして川下刑事の三人が出席することになった。
作品名:小田原評定 作家名:森本晃次