小田原評定
谷村刑事は、年齢が30歳を超えたくらいの若手刑事で、最近、近所で発生した通り魔事件の犯人を逮捕したことで、頭角を現してきた。元々、巡査として交番勤務をしていた頃から、住民とは仲良くしていたので、通り魔事件の折りにも、他の刑事と違って、彼独自の情報が、庶民から流されていたのだ。
一度は上司に報告したが、上司は、その言葉を重要視していなかったために、犯人の潜伏を見逃してしまった。
だが、庶民の情報を信じ、そちらを注視していたところで、犯人がひょっこり現れたことで、事件を未然に防いだだけか、犯人逮捕にも至ったのだ。
彼は、それを自分だけの手柄とせず、
「我々チームの手柄」
ということで、上司の顔を潰すようなことはしなかった。
それゆえ、上司も、谷村刑事に一目置くようになり、ここに、谷村チームが出来上がったのだった。
知らない人が聞けば、
「今の警察に、そんなテレビドラマのようなことがあるのか?」
と思われたが、そもそも、谷村の上司も、話が分からない人ではなかった。
あの時も、上司の判断は決して悪いものではなかった。
たぶん、上司に従っていても、近い将来、犯人を挙げることはできたであろう。しかし、そのために、被害者が増えた可能性は高い。
上司も、状況判断ができない人ではない。犯人が謙虚された時も、素直に谷村刑事に対してシャッポ脱いでいたのだった。
だが、そんな上司に谷村刑事は、自分の手柄を自慢するでもなく、
「私は逮捕できたのは、あくまでも運がよかったからです。だから、私だけの力だとは思っていません。とにかく、これ以上の被害が出ることがなかったことが、私には一番嬉しいのです」
と言って、上司をねぎらった。
上司は、その時、40代にやっと差し掛かった、階級でいえば、警部補だった。
前の年に警部補に昇進し、少し、舞い上がっていたと自分では考えていたが、他の人に比べれば、十分謙虚な人で、谷村刑事はいつも、敬意を表していた。
上司は名前を山本警部補という。
山本警部補は、貧しい家庭に育ったことを、しばし、まわりに隠していたが、谷村刑事にはすぐに分かったようだ。
だからと言って、谷村刑事も貧しい家庭に育ったわけではなかった。裕福でもなかったが、彼が、高校生の時に、母親を亡くした。それは殺されたのだ。
しかも、誰かの恨みを買って殺されたわけではなく、強盗犯二人が逃亡しているところ、運悪く母親と遭遇したことで、巻き沿いを受けて殺されたのだった。
「なんと理不尽な」
と、怒りに震えた谷村は、それから、大学で法学部に入り、警察官を目指したのだ。
キャリアというわけではなかったが、それでも、優秀な彼だったが、地道に警察官として、昇進していき、今は現場の第一線で、その力を発揮していた。
山本警部補が一番目をかけている後輩でもあった。
通り魔事件の時は、山本警部補の落ち度になるところを、谷村刑事は、持ち前の推理力と、彼を慕っている、庶民の情報をうまく生かし、
「D署に、谷村刑事あり」
と言われるようになったのだ。
D署というところの刑事課は、山本警部補の元に、谷村刑事がいたり、他にも、ずっと生え抜きで、何十年も、D署の刑事課に所属している、古株の刑事もいた。
彼は。年齢がもう、50歳を超えていたが、まだ刑事のままだった。
高校を卒業してから、警察学校を出た、いわゆるノンキャリであったが、そんな彼が、うまくやってこれたのは、地元の情報をすべて知っていたからだった。
暗記力もあり、細かいことを結構覚えていたのだ。それが、事件解決に役立ったり、そんな生き字引のような刑事を、庶民も慕っていたのだった。
そんな彼が、最初に谷村刑事を見たのが、交番勤務の二年目くらいの頃だった。
実に庶民の心をつかむのがうまい巡査だと思った。今まで見てきた刑事の中でも群を抜いている。それを見た時、
「この男はいずれ、刑事課のエースになる人だ」
ということで、ずっと目をかけていたのだった。
そういう意味で、谷村刑事の実力をいち早く見抜いた人間は、この老練の刑事だと言ってもいいだろう。
この刑事は、名前を川上刑事といい、川上刑事も元々は、出世を願う他の刑事とはあまり変わらなかったが、
ある時、自分の奥さんが、犯罪に巻き込まれ、けがをしたことがあった。
命に別状はなかったのだが、さすがに川上刑事は、その辛さから、一度は辞表を提出した。しかし、その時の上司が、
「今君に辞められては困る。君ほど、世間から慕われている刑事はいないじゃないか。奥さんが犯罪に巻き込まれたことに対しては、お気の毒だとは思うが、そんな奥さんのような人を一人でも出さないようにするために、君のような庶民に寄り添い刑事を失うのは、私としては困るのだ」
と言って説得された。
「私のようなもので務まるのでしょうか?」
と真剣にいうと、
「他の刑事を見ていても、君のような存在がいることで、無言の団結が生まれることが分かる。皆、それぞれに、社会貢献をしようと思っているんだよ。それぞれに考え方も違うので、なかなか統率ができないんだけどな。だけど、君がいてくれるだけで、特に捜査の時などは、団結が保てるんだ。私にはそれが最初なぜなのか分からなかった。だがよく見ていると、皆が君を見る時だけ、目の色が違うんだ。だから、君がいてくれることで統率が保てるというだけで、私は本当に感謝しているんだよ」
と言って、両手を握られた時、彼は初めて、警察官冥利に尽きるということを感じたのだった。
この D署の刑事課はいろいろな個性豊かな捜査陣が集まっている。
配属の時も、
「川上刑事を慕って、こちらを希望しました」
あるいは、
「私は、谷村刑事を慕っております」
と言って、集まってくる若手がいるくらいであった。
そんな中には、ここに配属になって数年で、実績を上げ、いよいよ、警察本部に転勤となり、本部の捜査一課でバリバリに活躍している人も出てくるようになったのだ。
だから、D署の刑事課に、
「谷村チーム」
ができたとしても、それは別におかしなことではないのだった。
谷村刑事を中心にできたこのチームにとって初めての事件であり、捜査員も張り切っていた。
谷村刑事も、チームリーダーだからといって、捜査本部にいるだけのようなことはしない。自分から指揮を執る意味でも、絶えず現場に詰めていた。
そんな谷村刑事を、山本警部補は、頼もしい目で見ているのだった。
谷村刑事の見るところでは、この三人の商店街の連中は非常に興味があった。
「もし警察にいたのなら、自分のチームに招き入れたいくらいだ」
と感じていた。
特に、八百屋というのが、このグループの中では、その中心になる人だと見抜いていた。
だから、まずは、八百屋の主人を中心に見ていた。
そしてその次が魚屋だった。
八百屋が、どこか、専制的なところがあるので、暴走しがちなところを、冷静な目と、どこか恫喝する目で戒める立場に、いるのが魚屋だった。