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ずさんで曖昧な事件

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 そんな市子は、学生時代から頭がよく、白河の妹の景子と、仲良くなったのも、二人とも、頭がよく、まわりからは、双璧のように言われていたからだ。
 その双璧というのは、頭の良さと、美人という意味でのことであった。
 頭の良さも、武人度も、学年で、1.2を争うような二人だった。
 何かと男子から比較されていたのだが、二人とも嫌な気はしていなかった。お互いに、
「ライバルのようなものね」
 といって笑っていたが、その笑みは。半分冗談で、半分本気だと言っているようなものだった。
 二人に告白してくる男子は少なくなく、その都度、丁寧にお断りしていた。
 お互いに、
「景子に悪い」
「市子に悪い」
 とそれぞれで思っていたようだ。
 その理由はお互いに惹かれ合っているからだと思っていたが、それぞれに理由は違ったのだ。
 景子の方は、
「兄を意識してしまうことで」
 という理由で、市子の方は、
「景子が何となく気になってしまうので」
 と、ライバルだと思っていたので抜け駆けはできないと、市子は思っていたのだった。
 それぞれに向いている方向は違うが、誰かを意識しているのは間違いのないことだった。
 それが、いずれお互いの気持ちに微妙な亀裂を生むことになった。
 これらの情報が警察に伝えられることはない。
 事件において、一つ、景子の自殺の後、起こった心境の変化で一番大きなものは、
「白河による心境の変化」
 であろう。
 景子が自殺したのを聞いた時、激しい後悔に苛まれた白河は、
「何に対して罪の意識や後悔を持っているのだろう?」
 と感じた。
 その時、頭に浮かんだのが藤原だった。
「俺がもっとしっかりしていれば、藤原なんて男に引っかかることはなかったのだ」
 と思った。
 そして、妹を、
「本当に可哀そうだ」
 と思ったその時、自分の中で違和感があったのだ。
「妹が可哀そうだというよりも、自分が可哀そうなのではないのか?」
 と感じたことだった。
 それは、死んでいった妹に取り残された自分を可哀そうだと思った。その思いは、下手をすれば、
「妹に裏切られた」
 とも感じたのだ。
「俺がこれだけ思っているのに……」
 と感じた時、違和感があった。
 その違和感が、
「妹を女として見てしまった自分」
 だったのである。
 そうして思うと、今度は妹が自分を見ていたその目が。
「景子も俺のことを愛してくれていたのか?」
 と思うと、景子の気持ちになってみた。
 自分と同じように、近親創刊という血の繋がりから、罪悪感を抱いてしまったのだが、どうしようもない。景子の方では、まだ兄が自分を意識していないのは寂しいと思っただろうが、必要以上に苦しくなかったのは、自分だけが十字架を担いでいると思ったからだろう。
 しかし、白河の方では、十字架を一人で担いではいたが、隣には、同じような十字架を担いだ、ゾンビがいる。それが妹の景子だと思うと、景子の魂が、自分の十字架にのしかかってくるようで、その重たさは、言葉にできるものではなかったのだ。
 そう考えていくと、妹も自分を愛してしまったことで、苦しんでいたことが分かった。
「もしかすると、藤原などという、とんでもない男に引っかかってしまったのは、この俺を愛していた気持ちが、あったからではないか?」
 と思ってしまったのだ。
 これが、白河の間違いの元だった。気づかないのなら気づかないままでいた方が、本当は景子の供養になるというものだ。
 気づいてしまったことで、白河は、永遠の悪夢のループに入り込んでしまったような気がした。そのループを解くことができるとすれば、景子しかいない。それは、不可能なことだった。
 それでも、ループを解いてもらおうとするならば、自分が死んで、景子の元に行くしかないのだ。
 だが、死んだからといって、景子のところに行けるという保証はない。
 景子は、あの世には、兄がいないことを確信して自殺したのだ。あの世には、藤原もいない。景子にとって、死んでしまえば、大好きな兄も、憎むべき藤原も、
「ここにはいない」
 という意味で同等なのだ。
 それを考えると、初めて、
「この世に自分が取り残された」
 ということに気づかされたのだ。
 まるで、自分の魂はあの世に行ってしまい、意識だけが、こっちの世に残っているような感じである。
 しばらく、毎日が放心状態だった白河は、
「あいつはもうダメだ」
 というところまで行っていたが、救ってくれたのは、趣味の小説だった。
 小説を書くことで、孤立や孤独が嫌ではなくなった。投稿することで、慰めになっていたし、仲間もできた。それが姉川だったのだ。
 姉川は、市子と面識があった。というよりも、市子は姉川の姪だったのだ。
 まさか、おじさんが、自分が好きになった女性の悲劇的な話を小説に書いているなど知りもしなかった。そして、その兄と、SNS上というだけだが、知り合いだったなど、思ってもみなかった。そして、姉川の小説を読むことで、白河が、景子に対して抱いた思いの本質に核心を得ることになったのだが、これも、何とも皮肉なことだったに違いない。
 景子が自殺した原因については、表に見えていることとしては、藤原という男が絡んでしまったことで、自殺を考えるようになったのだが、それは、あくまでも、景子が弱みを見せたことで、付け入ってきた藤原がいたということであり、弱みを見せるだけのオーラが景子の中から発散されていたのだろう。
 だから、藤原だけがすべての責任ではないのだ。
 それを分かっていないので、藤原にだけ責任を押し付ける形になっているが、本来景子を取り囲む中で、微妙な人間関係が、怪しげな精神状態に包まれる形で、まわりの空気を包んでいるかのようだった。
 景子はそんな見えないいろいろなしがらみに追い詰められ、自殺するに至った。
「自殺をするのは、弱い人間」
 などと言われているようだが、それはあまりにも可哀そうである。
 しかも、景子の場合においては、自分のまわりが、景子の微妙な心境に触発される形で、さまざまな苦悩を振りまいてしまうことで、
「自殺しないといけないんだ」
 と、まるで自殺というのが、刑の執行であるかのように、追い詰められていくのだ。
 その追い詰めた人間は、藤原をもちろんとして、兄であり、姉川であり、さらには、市子だったりしたのだ。
 皆それぞれ、景子に関係があって、追い詰めているにも関わらず、皆それぞれ、自分が景子を追い詰めていたのだなどということを分かるはずもない。
 だから、景子の自殺は、自殺という形になってはいるが、
「まわりからの様々な圧力」
 によって、押しつぶされるようになっていくのであった。
「自殺なんて、気の弱い人がするものだ」
 などと、言ってはいられない。
 ひょっとすると、今でもどこかで自ら自殺を試みようとしている人や、過去に死んでいった人は、見えない何かに操られていたのかも知れない。
 それが、
「ひょっとすると自殺菌なるものがあって、それが影響して、自殺をするのかも知れない」
 と考えたことがあった。
作品名:ずさんで曖昧な事件 作家名:森本晃次