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ずさんで曖昧な事件

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「あいつが、前の会社に入ったのも、その前の会社で興した不祥事でクビになったが、やはり会社の弱みを握っていたということで、最後の会社に入れてもらえるよう、会社の立場を利用して、うまく藤原から前の会社は逃れることができたのだろう。押し付けられた会社もたまったものではない。
「藤原という男は、ずっとそんなことを繰り返しながら生きてきたようですね。しかも、少し顔も端正にできているので、女を騙すなど簡単だったようで、あの顔に母性本能をくすぐられた女性も多かったようです。やつの悪事に加担させられたり、そのために、性欲のはけ口にされ、さらには妊娠させられて、結婚できると思うと、罵声を浴びせられ、ぼろ布のように、女性を捨てるんだそうです。何しろ、自分が妊娠させたくせに、妊娠なんかしやがってというように、なじるんだそうです。そうなると、女はどうすればいいのか分からなくなって、自殺したりする人もいたということですね」
 それを聞いているうちに、皆胸糞悪い気分になってきた。
「なんで俺たちが、こんな気分にならないといけないんだ?」
 という気分になり、
「こんな男でも、殺されなかっただけでもよかったと思わないといけないのに、殺されなかったことを、悔しく思う自分もいるんですよね。警察官であることが、嫌になる瞬間な気がします」
 と一人がいうと、
「まさにそうだ。勧善懲悪の敵だよな。こんなやつは」
 とまた一人がいう。
「こんなやつでも、俺たち警察官は助けなければいけないんだよな。この男のために不幸になった人たちがどれだけいるのかと思うと、本当にやるせない気分になるよ」
 という。
 こんな会話ばかりしていると、捜査をするのが、だんだん嫌になってくる。
「どうせ殺されたわけじゃないんだから、犯人を捕まえる必要なんかないよな」
 と思うのも、人間としての心理であろう。
 警察の捜査の中で、山ほど藤原の、
「余罪」
 が、出てきたのだが、その中でも、警察沙汰になったものがいくつかあった。
 最初から警察で調べた中でも、2、3ほど、警察で調書が残っているようだったので、それだけでも、多いと思っていたが、それが、まさに、
「氷山の一角」
 だったなどと、思ってもみなかった。
 実際に、警察沙汰になったものの中に、
「白河景子の自殺事件」
 というのがあった。
 これは、白河の妹の事件である。
 白河景子の自殺ということなので、表向きには藤原が出てくることはないのだが、自殺の理由の中に、
「付き合っていた藤原という男性に捨てられた」
 ということが書かれていたのだ。
 その時に聴取を行った担当刑事も、相当怒りに震えていたことだろう。ここまで書くということは、なかなかないことではないだろうか。
 藤原の悪行は、この頃が一番のマックスだったのかも知れない。
 白河景子も、当時、会社では経理をしていて、お金の使い込みの濡れ衣を着せられていたのだという。
 彼女は、律義にも、最後まで、
「藤原に命令でやった」
 とは言わなかったという。
 彼女は懲戒解雇、ちょうどその時、藤原の子供を宿していたようで、その子は、藤原のたっての願いということであったが、実際には、命令だったのだろうが、結果的に、堕胎させられてしまったのだ。
 そうなると、景子には、もう藤原しか、頼る人はいない。
 だが、ここまでくると、藤原にとって景子は邪魔者でしかない。
「お前が妊娠なんかするから」
 などと罵声を浴びせ、景子が最後にすがった糸を、完全に切られてしまったのだ。
 もう、そうなると死を選ぶしか残っていないだろう。
 景子は、遺書を残さなかった。ただ、
「さようなら」
 というだけだ。
 だから、藤原がいくら関係していると分かっていても、表面上は無関係である。警察も藤原を事情聴取をするくらいで、何かの罪を問えるわけでもない。
 結局、
「会社の金を使い込んで、それを苦にしての自殺」
 ということになったのだが、警察の中には、それをおかしいと思っている人もいた。
 それは、彼女が産婦人科で堕胎したということが分かったからだ。
 親友には、彼女もその時々で相談していたので、彼女にはある程度の事情はすぐに分かったことだろう。
 ただ、彼女には、
「なぜ、景子が遺書を残さなかったのか?」
 ということが分からなかった。
 そのために、
「いくら景子のためだからといって、ハッキリしないことは言えない」
 と思ったが、さすがに藤原の子供を堕胎したという話だけは、したのだった。
 そして、彼女は、使い込みに対しても、潔白だということだけは言っておいた。
 後は警察がどう考えるかだと思ったが、さすがに自殺で片付いた話をそれ以上捜査するわけにはいかない。
 その時、白河は、この事実を知らなかった。
「まさか、景子が妊娠していたなんて」
 と、後になってから、親友に聞かされて、茫然となったのだ。
「どうやら、ひどい男に騙されたということなんだろうな」
 ということであったが、最初はそれが誰だか分からなかった。
 親友も、
「景子の名誉のため」
 ということで、白河には、妊娠のことを話したが、彼女はそれを後から後悔した。
「確かに景子の名誉だと思ったが、このことは、本当は兄に一番知られたくない事実だったのかも知れないわ」
 と思ったのだろう。
 確かに。女としては、肉親に、自分の恥になるようなことを知られたくはないだろう。だが、親友にしてみれば、
「これは景子にとっての、恥では決してない」
 と思っていたからだ。
 だが、親友は、景子が死んだ今になって思い当たるところがあった。それは、
「景子自身が兄のことを愛しているということに、気づいていたのではないか?」
 ということである。
 景子は、兄のことを、親友以外の誰にも話そうとしない。どちらかというと隠そうとしているのが分かる感じだった。
「お兄ちゃんは、結構恥ずかしがり屋なのよ」
 とか、
「お兄ちゃんって、母性本能をくすぐるタイプなのよね」
 と、よく親友に話していた。
 それはまるで、恋人の自慢をしているかのような感覚だったように思うが、急に兄の話をしなくなったのだった。
 その頃から、何かに悩んでいる様子が見て取れるようになり、一人引きこもるようになった。
 その少し後に、
「景子に彼氏ができたのかも?」
 という話が聞こえてくるようになり、
「どうして、私に相談してくれないのかしら?」
 と感じるようになったのだが、どうやら景子は、彼氏ができた時は、
「どうでもいいような友達」
 に話すのだが、兄の話というと、親友にしか話をしていないようだということが、親友に分かってきたのだった。
 その時に付き合い始めた男性というのが、藤原だったのだ。
 もちろん、札付きの悪だとは思っていなかったので、コロッと騙されたのだろう。
 だが、実際には、景子が、兄のことで悩んでいるところに、藤原が入り込んできたというのが実情だった。
 藤原という男は、女性のそういうちょっとした感情をよく分かっているようだ。
 そうでもなければ、何人も騙す女性を作ることなんかできないだろう。
作品名:ずさんで曖昧な事件 作家名:森本晃次