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ずさんで曖昧な事件

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「いいですよ。常連といえば常連かな? 1か月に一度くらいは立ち寄っているって感じですね。元々酒が強い方ではないんですが、お気に入りの女の子がいるので、1か月に一度くらいはくるようにするねって話をしていたんです」
 というと、刑事はそのあと少し質問をしてみたが、何しろ、記憶があいまいなようなので、真新しい情報を得ることはできなかった。
 正直。この情報では、真相に近づくのは難しいようだった。
 二人の刑事は、医者から、
「1時間まで」
 と言われていたので、記憶が曖昧な相手にこれ以上聞いてもしょうがないと思い、早々に切り上げた。
 その足で、第一発見者のところに事情を聞きに行こうかと思ったが、たぶん、まだ会社だろうということで、署に戻ることにした。
 二人が署に戻ると、そこで、刑事部長が待っていて、
「昨日の事件のことで、話をしたいという人が来ているので、早速だが、君たち聞いてみてくれるかな?」
「分かりました」
 ということで、応接室に通して、話を聞くことにした。
「お話をお伺いしたいと思いますが、まずはお名前からいいですか?」
 と言われた相手は。
「私は定岡というものです」
 と、底には例のマンションに住んでいる、初老の定岡氏がいたのだ。
 髪の毛は半分白くなっていて、今では死後なのだろうが、キレイなロマンスグレーであった。
 定岡は、先日見た話を警察にしたのだが、警察の方としては、犯人らしい人物が、非常階段を駆け下りているというのを聞いたことで、犯人の逃走ルートが分かったことになった。時間的にも、犯人であるのは明白だ。定岡氏も、大きな物音を聞いたということであり、定岡氏に、
「その物音というのは、どんな音だったのか、覚えていますか?」
 と聞くと、
「確か、何かが割れる音でした。結構大きな音だったと思うので、重くて大きなものだったのではないかと思うんです」
 と定岡氏は答えた。
 ここまでも、話の辻褄は合っている。それにしても、5階の音が2階の定岡氏のところに響いたのに、他の住人、特に被害者の部屋の近くの住人が聞こえていなかったというのは、実に変なことに思えた。
「聞こえていたくせに、面倒くさいと思って出てこなかったのか。それとも、日ごろから騒音が結構あって、もういちいち誰も気にしなくなったのか?」
 と刑事は考えたので、
「ところで、お住まいのマンションですが、騒音は結構ありますか?」
 と聞かれた定岡は、
「そうですね。結構騒音はあると思いますよ」
 と答えた。
「じゃあ、あなたが聞いた花瓶が割れる音を、近隣の部屋の人が、部屋を閉め切った状態で聞いたとすれば、ビックリするような音だったんでしょうかね?」
 と聞かれて、
「そうでもないと思います。音が響いたのは感じるでしょうが、いつものことだという感覚の人が多いんだと思います。あの程度の音をいちいち気にしていたら、神経が休まる時はありませんからね」
 と、定岡は答えた。
「定岡さんはどうして、その音に気づいたんですか?」
 と聞かれて、
「はい、あの時は、実は私。ベランダでタバコを吸っていたんですが、結構部屋に入った時にタバコの臭いが籠るのを、家族に咎められたので、不本意でしたが、玄関の扉も少し開けようと思って。開けに行ったんですが、その時、ちょうど、その音が聞こえてきたんです。家族もびっくりして、ベランダの方に出てみたようなんです。もちろん、音はベランダ側ではなかったので、家族は何も発見できなかったんですが、私はその時、玄関の外で、先ほど説明しました怪しげな男が、非常階段から降りてくるのを見かけたんですよ」
 と定岡氏は言った。
「顔は見ましたか?
 と聞かれて、
「帽子とマスクをしていましたからね。緑の帽子に、黒いマスクだったと思います。ただ、夕日が逆光になって、顔など分かりもしないですね。服の色も、暗い色という程度で、どんな服なのかということもハッキリとはしません」
 と、答えたのだ。
「そうですか。ところで、今日はわざわざ警察まで来ていただいてありがとうございます。わざわざ証言をするのに、警察まで来ていただける人というのは珍しいからですね」
 と本当のことであるが、少し含みを持たせる雰囲気で、刑事はそういったのだ。
「はぁ、それがですね」
 と、言いにくそうな言い方で、戸惑っているようだった。
「これは、私が言ったなんて言わないでくださいね」
 と、定岡氏は念を押しておいて、いかにも、恐縮そうに腰を曲げて、まわりに誰もいないのに、まわりを気にする素振りをした。
 なんと言っても、ここは警察なのだ。憚る必要もないだろう。まるで、
「壁に耳あり、障子に目あり」
 とでも言いたげであった。
 実は、私が目撃したその日から、出かけてから帰ってみると、こんなものがポストに投函されていたんです」
 といって、定岡氏は、何通かの手紙を出した。1通目を取り出して、机の上において、中を開いて中のものを取り出した。
 そこには、便せんと、写真のようなものがあり、その写真を見ると、まさしく、定岡氏が、ちょうど非常階段である螺旋階段を下りてくる犯人と思しき人間を見つめている写真を、下の方から撮影していたのだ。
「便せんの方を失礼」
 といって取り出した便せんを開いてみると、
「定岡君、君が見たのは、この光景だよね? くれぐれも余計なことを言わない方が身のためだよ」
 と書かれていた。
 それを見た刑事が、
「余計なこととは何なのでしょうね?」
 と、聞いたが、
「心当たりはありません。実際に逆光で見え仲たんですからね」
 というと、
「うん、そうだね」
 と刑事がいうと、
「それから、定期的に脅迫文が来るようになったんですが、その内容は、余計なことは言わないようにというここにある内容の同じものが来ているだけなんです」
 というのだった。
「それだけのことをわざわざ念を押すというのも、変だよね。しかも、このことを警察に喋るなとは、一言も書いていないしね。脅迫には違いないんだろうけど、それにしては、言葉が中途半端だね」
 というと、もう一人の刑事が、
「言葉が中途半端なだけに、忘れないようにするためということで、定期的に書いてきてるとも思えるね。でも。それこそ、中途半端の上塗りをしているようにも見える。どう解釈したらいいんだろうな」
「警察に知らせてくれというメッセージかも?」
「そうかも知れないけど、それよりも、余計なことって何なのだろうね? 定岡さんにも分からない何かを見られたと思っているのか。それとも、見てもいないことを、あたかも見たかのような暗示なのかも知れないし、とにかく、脅迫だとすると、ちょっとおかしい気がするよね」
 というのだった。
「まあ、とりあえず、この写真を少し預からせてもらっていいかな? 少し分析もしてみる必要があるだろうからね」
 ということで、鑑識に回すことにした。
 ただ、気になるのは、あの写真を撮ったということは、最初から発見者が定岡氏であるということを分かってのことだろうか。
 通報者の姉川氏のことも気になるし、ここに2人の目撃者がいるわけで、その二人の証言は、とりあえず辻褄が合っている。
作品名:ずさんで曖昧な事件 作家名:森本晃次