ずさんで曖昧な事件
女の方も、目の前の男にばかり集中しているので、まさか後ろから麻酔剤をかがされるなどと思っていなかったので、手際よくやれば、襲い掛かって車に連れ込むまでは、数秒の世界だった。
防犯カメラの位置は把握しているので、車を影にすれば大丈夫だと思っていたようだが、やつらの計画はあまりにもずさんだった。防犯カメラを車で見えないようにするというところまではよかったが、同じ車を使えば、すぐに足が付くことくらい分かりそうなものなのに、そのあたりが抜けていることから、犯人はすぐに捕まった。
だが、捕まった犯人は2人だけで、あとの1人は捕まらなかった。
というのも、その1人というのは、殺されていたのだ。
その男は、味を占めたのか、実は一人で犯行に及んだ。そして、その女性を妊娠させてしまい、そして彼女を自殺に追い込んだ。
男たちは、お互いに足がつかないように、行動はオープンにするのが約束だったのだが、1人だけが約束を破って、強姦し、しかも妊娠させて自殺に追い込んでしまった。かなり厳しく糾弾すると、その男は逆上し、乱闘になったのだが、その時、怒りに任せてこの男を後ろから殴ったことで、死んでしまったのだった。
殺された男が一人で暴行に及んだのは、その男が襲ったその女性を好きになってしまったことが原因だった。
「好きになった人を、後の2人に襲わせたくない。自分だけで独占したい」
という思いからの犯行だったのだ。
しょせんは、犯罪者による浅はかなる考え方だったのだが、それが、あとの2人にバレてしまい、制裁を加えられることになると、激しい抵抗も虚しく、殺されてしまったのだ。
他の2人もまさか、殺そうなどと思ったわけではないが、裏切りということと、やったことの残忍さから、
「仕方のないことだ」
ということで、2人で、山に死体を埋めに行ったのだった。
その状態を見ていた人がいた。
その人は、自殺した女の子の兄であり、かなり頭がよくて行動力のある兄は、警察並みの捜査で、犯人を早々と突き止めていたのだ。
警察のように、国家権力があるわけではないので、聞きこんだ相手に話術で、話を聞き出すことができたし。その日の妹の行動から、バス停を降りて、家に帰る道すがらだったことは分かっていた。
そこで、通り魔の話を聞き込み、見張っていると、あたかも、怪しげな3人組がいることに気づいたのだった。
調べてみると、こいつらが、とんでもない連中で、警察に見つからないところで、女が泣き寝入りすることを計算に入れて、定期的に犯行を繰り返していた。
もうしばらくすると、警察も連続暴行事件として調べを始めると思っていたので、そうなれば、少しおとなしくしておこうと考えていたのだ。
自殺をした女の子のことは、兄が警察に訴え出ようかと思ったが、証拠があるわけでもない。
殺害されたということであれば、警察も動くだろうが、自殺では、他の理由を指摘され、動こうとしない警察に業を煮やすことになるに違いない。
それが分かっていたので、警察には言わずに、自分の手で復讐を考えた。
だが、犯人グループのずさんな計画から、思ったよりも早く警察が、捜査を始め、犯人に辿り着きそうだ。
そこで、一番の悪党である、妹を自殺に追いやった男に対して復讐をしなければいけないのだが、時間的にどこまで猶予があるか分からなかった。
「別に俺はどうなってもいいんだ」
ということで、彼は、一番手っ取り早い、殺害を考えたのだ。
小説の中では未遂になっていた。一人の刑事が、この男の計画に気づいたのだ。
だが、犯人が逮捕された時、
「まあ、いいか、本当に殺したいやつは、すでにこの世の者じゃないんだからな」
と言ったことで、殺害が露呈し、ある意味、復讐は成功したとのことだった。
主人公は、
「自分の手で殺すことができなかったのだから、未遂に終わったとしても、よしとすればいいか」
といって、事件が中途半端に終わったというオチをつけて、大団円を迎えていたのだった。
脅迫
その話に興味を持ったのが、
「老中」
こと、白河であった。
この小説サイトでは、コミュニティ的なところもあり、無料でIDが取得できるので、IDでログインをすれば、作品や作家に対して、意見や作品の感想を送ることができる、メッセージ機能がついていた。
そこで、老中は、長政に、作品の感想として、なかなか面白かったと書いたうえで、
「このお話は、事実を元に書かれたんですか?」
といって、メッセージを出した。
するとそれを読んだ長政から老中に対して、
「ええ、私が知っている話を元に書きました」
という返事を見た、老中から長政に対して、それからの返事はなかったのだ。
姉川の方も、少し気になっていた。
というのも、この話は、警察関係者である知り合いから聞いた話だった。
別に極秘ということでもないし、捜査も打ち切られた内容だということだったので、小説のネタにしてもいいかと聞くと、
「プライバシーが守られるならな」
ということであったが、そもそも、姉川も、犯人や被害者の名前も知らない。
しかも、話としてはよくある話であった。犯人グループの一人が暴走したということで興味深い話ではあったが、警察としては、そこまで稀な話というわけでもなかったのだ。
そんな状態において、本当に偶然見つけたこの話に興味を持った白河は、長政という人物の小説を意識するようになったのだ。
そんな長政こと、姉川が、偶然にも、人が殺されそうになるのを目撃した。
すぐにパトカーと救急車を呼び、被害者は、事なきを得たということだったのだ。
第一発見者となった姉川は、警察から事情聴取を受けた。
「大きな物音がしたので、ビックリして表に出ると、ちょうど向かい側のマンションの入り口付近で争っている様子が見え、一人が倒れたかと思うと、争っていたもう一人が、慌ただしく逃げるのが見えたんです。マスクをして、いかにも怪しそうな男でした」
と答えた。
「その時、他の住民は誰も表に出てこなかったんですか?」
と聞かれて、
「ええ、誰も出てきませんでした。こういうマンションで、家族で暮らしている人は、普通に騒音を出すので、あまり気にならないのかも知れませんね。僕はこのマンションの一人暮らしなので、基本的に静かな部屋で、なるべく静かにしようと考えるので、物音が少しでもすれば、反射的に表に飛び出してきますね」
と、姉川は答えた。
「姉川さんは、あの向かいに住んでいる人と馴染みがあるんですか?」
と聞かれた時、ほんの一瞬、ビクッとなった姉川だったが、あまりにも一瞬だったということで、刑事であっても、それくらいの異変には、まったく気づいていなかったのだった。
「いいえ、ありません」
というと、刑事も別に怪しむこともなく、やり過ごしていたのだった。
「走り去った男に見覚えはありましたか?」
という質問に、
「マスクをして、帽子をかぶっていましたからね。よく分かりませんでした」
と答えた。
これは事実であり、しかも、少し遠かったので、よく分からなかったというのが、本当のところであろう。