ずさんで曖昧な事件
「感情でもあり得ることなのではないか?」
ということで、それをノートに書いておいて、いずれ新作のネタにしようと、考えていたのだった。
しかし、今のところ、そのネタを使って小説を書いたということはないようで、
「五分前の自分」
という内容の小説を書いてから、1年以上経っているにも関わらず、このネタに手を付けようとは思わなかったのだ。
それは、彼の中で。
「これをネタにして小説を書くというのは、タブーではないか」
と思ったのと、
「これを書くには、何か覚悟が必要なんだ」
という思いからなのだが、その覚悟というものがどういうものなのかと考えたのだが、考えれば考えるほど分からなくなってくるのだ。
まるで、
「底なし沼に嵌ってしまう」
という発想からくるもので、そのうちに、
「自分がどうして、今まで人に自分のことをなるべく話そうとしなかったのか?」
ということが分かったような気がする。
それは、自分を自分で怖がっていたということが理由だと思った。
「何かを怖がっている」
という意識があったのだが、それがまさか、
「自分で自分を怖がっている」
ということだったとは、思ってもみなかった。
それを教えてくれたのは、芦沢の存在で、芦沢からそれを教えられたわけではない。あくまでも存在というだけで、芦沢はむしろ、この感覚を分かっていないと思う。だからこそ、芦沢と友達になれたのであって、
「近づぎすぎず、遠すぎない仲を友達というのではないか?」
と考えていたのは、二人とも同じで、
「二人を近づけた要素は、考え方と、感性が近いからだ」
と、それぞれに思っていた。
どうせ、こんな感覚は、誰に言っても受け入れがたい考えであることは分かっている。だが、受け入れてくれるとすれば、芦沢だけだということも分かっているくせに、それを敢えて芦沢に言おうとしないのは、
「芦沢には自分から感じてほしい」
と思っているからであった。
白河は、芦沢のことを、
「そういう関係の親友だ」
と思っているのだった。
離婚
白河のマンションから、500メートルほど離れたところにあるマンションで、ある日、殺人未遂事件が起こった。その事件において、一人の男が刺されたのだが、その時は、発見が早かったので、死ぬまでには至らなかった。
その部屋の住人が刺されたのだが、大きな物音がしたので、同じマンションの同じフロアの人がその物音にビックリして表に出てみると、その部屋から、マスクをした、いかにも怪しいやつが飛び出してきたというのだ。
その人も、マンションの近隣住民の騒音に対して、意識が過剰だったのだ。
その人というのは、年配の人で、そろそろ還暦を迎えようとする、一人暮らしの男性だった。そのマンションに引っ越してきたのは、今から十年前、結構長くいると言ってもいいだろう。
一度結婚をしたのだが、離婚をしたという。それからはずっと一人であったが、途中までは、
「まだ機会があったら、結婚したいな」
と思っていたという。
40代くらいの頃までは、婚活パーティなどにも積極的に参加をした時期があったようだが、
「女性の方が、どうも真面目に考えていないのではないか?」
と考えたことで、行くのをやめてしまった。
しかし、それは一種の勘違いなのかも知れない。
なぜ、真面目に考えていないのかということを考えたのかというと、パーティの時に意気投合して、最終的にカップルになって、連絡先を交換したにも関わらず、こちらから連絡を入れても、まったく返事をよこさない人で、ひと月ほど待ったけど、返事をよこさない人が、こちらが、
「あの人はもういいや」
と思って再度活動を始めた時、またその人と一緒になって、今度はまったく会話にならなかったのだったが、
「ひょっとすると、この俺をストックとでも思っていたんじゃないか?」
と思うと、次第に頭が、スーッと冷めてくるのを感じたのだ。
それから、婚活パーティにはいかなくなったが、最初は。
「舐めやがって」
と怒りがこみあげていた。
だが、その時は、
「それなら、他のもっといい人を探してやる」
と、却って闘争心を煽ったものだったが、
「待てよ?」
と感じた。
「相手だって、このパーティに参加していい相手を探そうと真剣なのかも知れないな」
と思い、相手に対する怒りが少し収まってくると、今度は別の感情が浮かんできたのだった。
「彼女に非がないとすれば、俺のこの怒りはどうすればいいんだ?」
ということになる。
それを思うと、
「俺は中途半端な気持ちなのだということか?」
と感じるようになり、
「俺はその場所にはふさわしくないのではないか?」
と思うようになったのだ。
そうなると、その場に自分がいることが想像できなくなり、完全に冷めてしまった。
そもそもが、
「楽しく、今後のパートナーを見つけることができればいい」
という程度の考えで、切羽詰まっていたわけではなかったのだ。
切羽詰まっていないから、彼女のような存在を、
「相手を舐めている」
と最初に思ったのだ。
それを、こちらを舐めているわけではなく、
「とにかく真剣なんだ」
と思うと、自分のような中途半端な人間が参加すること自体が、間違っているのではないかと思うようになったのだ。
パーティにもいかなくなると、次第に一人孤立を感じてきた。
30代中盤くらいで離婚したので、30代後半では、
「まだまだ、俺は若いんだ。その気になれば、いつだって相手が見つかるさ」
と思っていた。
そう思って相手を待っている状態だった。
だが、そのうちに、一人でいるのが、気楽だと思うようになってきて、しばらくは、あまり人と関わるのを遠慮していた。
「女が欲しいと思ったら、風俗にいけばいいんだ」
という意識があったのだ。
一つ気になっていたのは、離婚した時、
「俺は悪くない。何もしていないではないか?」
と思っていたが、よく考えてみると、ある時期から、セックスレスになっていた。
それも、
「相手が避けるからだ」
と思っていたが、よく考えてみると、最初に避けたのは自分ではなかったか。
それから、最初はしばらく性交渉しなくてもいいと思っていたが、急にしたくなったので、こちらからモーションを掛けると、拒否された。
そして、また1か月くらい後になって、またモーションを掛けると、拒否されたのだ。
その間に、嫁さんの方からモーションを掛けてくることもなかった。それで、
「嫁さんがさせてくれない」
という意識が強くなり、離婚を言い出した嫁さんに、
「俺が何をしたっていうんだ」
というと、嫁さんは、何も言わなかった。
少し粘ったが、結局まわりからも、
「まだ若いんだから、やり直せる。もう、二人の関係は行き詰っているんだろう?」
と言われ、まわり全体が、離婚へと導こうとしたのだ。
彼は、名前を姉川というが、姉川は、その時初めて自分が四面楚歌になったことに気づき、四面楚歌の状態がいかに息苦しいかを実感したので、
「四面楚歌になるくらいだったら、孤独の方がよほど気楽だ」