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探偵小説のような事件

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「そうなんですね。じゃあ、お医者さんのいう通りに、気持ちを楽に持って、焦らないことが一番なんでしょうね。私もそう思いますよ」
 と杭瀬がいうと、
「杭瀬さん? あなたは私のことを知らないんですか?」
 と逆に質問され、
「ええ、私はあなたを知りません。見たという覚えもないんですよ」
 と、なるべく彼女の心情を察するという意味で、彼女の前で、「記憶」という言葉を発しないようにいうと、
「そうですか。時間的に通勤時間だったということだったので、お互いにいつも同じ交通機関を使っているのであれば、私のことを知っているのではないかと思ってですね」
 と彼女に言われた時、杭瀬は、
「待てよ?」
 と思ったのだ。
 確かに彼女は記憶を失っているとして、表にも病室の患者の名前を書いたプレートが表に貼ってあるわけでもなかった。
 だが、この病院では彼女の身元が分からないのは仕方がないかも知れないが、警察が知らないというのもおかしな気がした。
 なぜなら、彼女が全裸で放置されていたり、手荷物が何もないのであれば、それも仕方のないことであろうが、少なくとも、服を着ていて、彼女が倒れていたまわりに。彼女のものと思しきカバンも転がっているのを見た。
 確かそれを救急隊員が患者と一緒に、救急車に入れるのを見た記憶もあった。
 当然警察は中を改めているだろうし、彼女の衣類も確認しているはずだ。そこで、彼女の身分を証明するようなもの。例えば運転免許証、健康保険証などがカバンの中にあってしかるべきだ。
 あるいは、バスで移動してきたと考えれば、定期券はあって当然で、なければ不自然である。
 もし、定期券が見つからなければ、彼女はこの路線を定期的に使用していたわけではないということになる。
 今日は偶然何かの用があって、このあたりに来たのだとすれば、彼女が襲われたのは、
「運が悪かった」
 という可能性はぐんと高くなる。
 つまりは、わざわざ犯人が彼女を襲うのに、ずっとつけてきて、ここで襲ったとして、そのメリットはどこにあるというのか。もし彼女を殺したとして、普段通らない場所で彼女が死んでいれば、通り魔の仕業に見せかけることもできるかも知れないが、あくまでも、通り魔がいてのことが前提となるはずだ。
 今回偶然きたのであれば、そんな下情報を持っていたとして、ここにどれだけよく来るのか分かっていなければ、ずっとここに来るのを待っている必要がある。かといって頻繁に来るような場所では意味がないだろう。
 そう思うと、この考えはリアルさがない考えだといえるだろう。
 そう思うと犯人にメリットはあまり考えられない。
 変質者がたまたまここにいて、たまたま彼女が狙われたと思う方がまだリアルな感じがするというほどではないだろうか。
 そう思うと、彼女のことをどう考えればいいのだろう。
 この事件の本当の被害者であり、そこに動機も何もないのだとすれば、本当に気の毒である。
 それこそ、警察は必死になって犯人を捜すべきではないだろうか。
 なぜなら、犯人は、彼女を傷つけることが目的ではなく、相手は誰でもいいのだと考えると、犯人がまた他の誰かを襲うということもあるわけで、そうなると、
「猟奇的犯罪」
 という可能性が大きくなり、それこそ、警察にとっては、挑戦状をたたきつけられたものだといえるのではないだろうか。
 それを考えると、警察は、彼女に対しての怨恨と、通り魔的な猟奇犯罪の両面から見ているのではないかと感じられた。
 昨日のあの光景を思い出していると、
「彼女の叫び声が聞こえてきて、すぐに角を曲がったので、犯人が彼女のカバンや服を物色する暇などあるはずはなかった。そうなると、犯人が彼女から身元を隠すようなものを持ち去るということはありえない。これは、状況判断からもそうであるが、犯人の立場としては、別に被害者の身元を隠す必要もない。彼女が死んでいたとしても、損壊がないのであれば、身元は簡単にバレるはずだ。それを、危険を犯してまで、その場にとどまっておくことはできないだろう。犯人の心理としては、すぐにでも、犯行現場から逃走したくなるのは、当然のことである。その証拠に、やつは、俺に見られて逃げ出したではないか。明らかにあれは見られて逃げ去ったのだ」
 と杭瀬は感じていた。
 逃げた男は、どれだけ慌てていたのか分からないが、杭瀬に見られたことを意識はしているだろう。杭瀬は見えなかったが、相手が見られたと思ったとすると何を考えるか。
 もし、被害者が死んでいたとすれば、杭瀬も見た以上、犯人に狙われないとも限らないが、結果命に別条がないということになれば、普通は傷害罪であり、悪質と判断されても、殺人未遂であろう。
 それを、危険を犯してまで、杭瀬を襲うとして、殺してしまわなければ、襲う意味はない。だが、元々の犯罪の隠蔽に、さらに重い罪を犯すというのは、どう考えても本末転倒ではないだろうか。
 それを思うと、杭瀬は、
「自分が狙われるということは、十中八九ないだろう」
 と思い、少し安堵であった。
 それくらいのことは警察も分かっているだろうから、もし、犯人を見た証人ともなる人間を、殺人犯でもない人間が襲われることはないと思ったのだろう。そうじゃなければ、犯人を見たかも知れないと思われる人物を、そのまま監視もつけずにいるわけもない。
「いや、自分が気づかないだけで、警察に尾行されているのかな?」
 と思ったが、それは自分を守ろうとしているだけのことで気にすることはない。
 だが、もし、警察が尾行しているとすれば、もう一つの可能性を否定できない。
 それは、
「杭瀬を犯人として、警察が見ている」
 という意味での尾行ではないかということだ。
 今の杭瀬にはそこまでは思えなかった。ただ、そのうちに警察が自分に接触してくるだろうことは分かったのだった。
 記憶喪失になっている彼女に対して、どのように接していいのか、看護婦は別に何も言わなかった。
 ということは、普通に会話をするだけでいいということであろうが、実際に二人が知り合いだという認識であるわけはないのだから、何を話していいのか分からないだろう。
 逆に、患者を刺激するわけではないのでいいと思ったのか。もし、彼が事件のことについて話し始めたら、どうしようと思っていたのだろう。
 もし、ここに医者がいて、何かあった時にすぐ対応できるという条件の元、一種のショック療法のようなやり方で治療の一環とするということであれば分からなくもないが、医者もいない。看護婦も遠慮して席を外している。しかも、話の内容を事前にチェックもしていないのだから、ショック療法というよりも、まるで自殺行為ではないかと思うのだった。
 そんな状況を分かっているつもりなので、迂闊なことは話せない。まるで何かに試されているかのようだ。
 だが、ここまで自由にさせているというのは、まさかとは思うが医者も刑事も彼女を記憶喪失のような症状であるが、実際には、偽装ではないか? と思っているとするならば、自由にさせるということもありえることだが、そんなトラップを医者という立場でやっていいものなのかどうか、疑問でもあったのだ。
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次