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探偵小説のような事件

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 としか言いようがなかったのだ。
 意識をしなくなったというわけではないのは、部屋を借りてから、この道を通勤路として最初に通った時に感じたことだ。
「そうだ、あの時のストーカー事件の現場だ」
 と思ったのだが、その時の感覚は、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 ただ、思い出したというだけのことだったのだ。
 この道は、このあたりに引っ越してくるまでは、友達の家に遊びに行く時くらいしか通ったことはなかった。だから、20年前の事件が起こった時、親からは、
「遠回りになるかも知れないけど、他の道を通りなさい」
 と言われた。
 それは、マスゴミの攻撃を避けるという意味合いがあったのだろうが、そもそも、トラウマを感じていた杭瀬としては、親に言われるまでもなく、別の道を通ることにするとういうことが自分でも分かっていたことだった。
 親は、1か月も経つと、
「もうあの道も変に騒がしくはないだろう」
 ということで、そこを通ってもいいと言われたが、敢えて、自分からその道を通ることはしなかった杭瀬だった。
 これは後から聞いた話だが、事件があった、夜のとばりが降りてから少しした時間、いつもそこには、お供え物をして、手を合わせている老婆がいたということであった。
「被害者の身内なんだろうか?」
 と感じたが、その老婆が現れたのは、1年くらいのことだったということだ。
 実際に、見たことは、2,3度あった。1か月に一度くらいは通るのだが、意識しないわけではなかった。それを踏まえたうえで、敢えて通るようにしたのは、
「忘れることはないだろうが、忘れるということを感じたくないからだ」
 と感じたからだ。
 その老婆を見た時、話にあった老婆だと思って見ていたが、不思議なことに、見かけたその時の雰囲気が、毎回違っているかのように感じたのは、どういうことだろうか?
「気のせいだ」
 といえば、そうなのかも知れないが、その一言で片づけられるものではないような気がしたのだった。
 この通りを10年前からずっと歩いてきたが、最初から、ほとんど人通りが少ないところではあったが、どんどん人が減ってきているように思えてならなかった。
「毎年一人ずつくらい減っているのではないか?」
 と感じるほどで、最近では、
「まったく人を見ないような気がする」
 と感じるほどだった。
 これは、あくまでも、自分が通る時間、人が少ないだけで、別のバスの時間に、人が移動したのではないかと思うと、そっちの方がまだ辻褄が合っているではないかと感じるのだった。
 人が少ないわけではなく、分散していると考えると、不思議でもなんでもないのだが、逆に、
「自分が避けられているのではないか?」
 という歪んだ考えをするようになった自分が少し気持ち悪いくらいだった。
 その道をその日も、いつものように歩いていると、その間の場所に差し掛かろうとしたところで、
「キャー」
 という女の人の声が聞こえた。
 明らかに悲鳴である。思わず、トラウマが頭を掠め、二の足を踏みそうになったが、かろうじて意識を保ったことで、次の行動は、身体が勝手に動いてくれた感覚だった。
 とるものもとりあえず、急いで角を曲がると、先の方に女性が倒れていた。
「おい、こら」
 と恫喝すると、黒ずくめの男が、倒れている女を見下ろしながら、黙ってその様子を見ているだけだった。
 一瞬にして、その男が女を襲ったということは分かった。手には何か鋭利なものが握られていて、ナイフであることは明白だった。街灯に照らされて、ナイフが乱反射しているところを見ると、その男も、震えていたに違いない。
 こちらが叫ぶと、その人物は急いでそこから走り去った。その様子を見ていた時、
「あれは男だとばかり思っていたが、女だった可能性もあるのではないか?」
 と感じた。
 想像していたよりも、踵を返して逃げ出すその姿が、かなり小さかったのが分かったからだ。
 逃げ方もぎこちなく、敢えて男を装うような大きなストライドだったことから、その不自然さからも、
「女の可能性も十分にあるな」
 と感じたのだった。
 急いで逃げるその姿に、気を取られていて、どうせ追いかけても無駄なのは分かったことで、今度はそこに倒れている女性の心配がこみあげてきたのだ。
 その人が女性であることは間違いない。こちらに足を向けて倒れているので、スカートが膝くらいまでまくれているのが分かったからだ。くの字に曲がったその足が、痛い痛しさを感じさせた。
 杭瀬は急いで駆け寄り、
「大丈夫ですか?」
 と語りかけた。
 幸いにもその女性は、意識があった。
「ええ、大丈夫です」
 と言って、本人は起き上がろうとしていたが、どこかケガをしているのか、起き上がることができない。とりあえず救急車を呼んだ。
 その時に救急隊員に説明するのに、彼女に話を聞いたが、どうやら、歩いているところで、後ろから襲われたらしい。背中に痛みを感じて、そのあと息苦しさがあったので、何かで刺されたということが分かったのだという。
 叫び声を聞いたと、杭瀬がいうと、その女性は、
「私が叫んだんですね? 無意識だったのか、それとも気が動転して叫んだことすら忘れてしまっていたのか、そのどちらかだったんだって思います」
 と言った。
 その話を救急隊員に伝えると、すぐに来てくれるという。警察に電話を入れるべきか迷ったが、犯人が逃走している以上、なるべく早く知らせる必要があると思い、警察に電話した。110番である。
 110番から、たぶん、所轄に入電という形で、通報され、すぐに所轄の刑事が飛んでくるだろう。救急車と警察、どっちが早いかということだが、とにかく急ぐのは救急車であろう。
 意識はしっかりしているとはいえ、刺されていて、立ち上がることもできないのだ。精神的にも心細くなっているだろうから、一刻も早く病院に運んでもらう必要があると、杭瀬は思った。
 救急車が間もなくやってきて、救急車で近くの救急病院に運ばれることになった。
「警察にも連絡はしているんですが」
 というと、
「分かりました、警察にはこちらから連絡を入れます」
 ということで、救急車の運転席から、警察に連絡され、警察は直接、救急病院に救急するということだった。
 その時に、患者の現在の状況が簡潔に報告されたこともいうまでもないだろう。
 被害者の女性の意識は比較的安定していて、杭瀬もだいぶ安心できていた。
「正直、人が殺される場面に出くわさなくてよかった」
 と感じたのだった。
 救急車が病院に着いたのは、10分後だった。事件が発生してから、30分くらいのことだったので、実に早い対応だといえるだろう。
 彼女は担架で救急処置室に運ばれ、応急処置を受けている。その間に警察が到着し、先生と話をした後、病院の受付の人に聞いたようで、二人の刑事がこちらに近寄ってきた。
「あなたが通報してくださった方ですか? 今回は、緊急な対応、警察への通報と、ご協力ありがとうございます。いくつかお伺いしたいことがあるのですが、今から少々お時間の方大丈夫でしょうか?」
 と聞かれたので、
「ええ、大丈夫ですよ。帰りは送っていただけるのであれば」
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次