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探偵小説のような事件

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 刑事はそんな風に感じた。
 彼女の知り合いを連れてくれば、記憶が戻るだろうと考えた刑事の思いは、脆くも崩れ去った。だが、そのおかげで、分かったこともあった。
「彼女は記憶を取り戻したくないと思っているんだ」
 ということであり、その気持ちが意識的なのか、無意識なのかは分からないが、無意識だったとすれば、そこに事件に関係のあることが潜んでいて、
「今、鈴江という女性は、現実逃避という意味での、起きていて見る夢というのを、見ているのかも知れない」
 と感じたのだ。
 夢というのは、たぶん、
「現実ではない」
 ということすべてを夢だと感じるのだとすれば、
「現実に近い夢なのか、それとも、眠っていて見る夢に近い夢なのか、果たしてどっちなのだろう?」
 と考えていた。
 現実に近い夢であれば、覚めるのを待つしかないが、眠っている夢に近いのであれば、一度目を覚ますという行為が起こったとこるで、初めてその一環として目を覚ますことになるだろうから、少なくとも、本人が眠っている夢という意識を持つことで、目を覚まそうとする意識がなければ、無理なことだった。
 その意識を持たせるためには、待っているだけでいいのか、何かの治療行為が必要なのかが問題になってくる。
 もし、先生の思いが、
「彼女の記憶喪失というものが、自ら封印しようとしている意識であり、その意識は尊重されるべきだと考えているのであれば、医者という観点から、彼女の記憶を無理やりにでも引き戻すことはしないだろう」
 ということにあるのだとすれば、刑事はどうすればいいのだろう?
 事件解決ということが目標であれば、彼女にばかり関わっていては進展しないということにもなる。
 だが、今のところ、手掛かりになりそうなことは、彼女の記憶が戻ることであり、そこに一縷の望みをかけているとすれば、それはそれで無理のないことであろう。
 医学的観点と、警察として、市民の不安を取り除き、自分たちの威信を取り戻すことで、地域の治安を保たたせるためには、今は彼女の記憶の復活しかないのだと、刑事は考えていたのだった。
 捜査の方は、記憶喪失の彼女の正体が分かったことで、少し変わってきた。
 実際に殺された女性との間に直接的な関係があるわけではなかったが、ある男性を介することで、関係があることが証明されたのだった。
 その男性というのは、曽根川という男で、以前、痴漢犯罪者として検挙されたことがあった。
 ただ、初犯ということと、警察の取り調べに素直に応じたことで、起訴するまでには至らず、不起訴処分として、逮捕歴が残っていた。
 その時の被害者というのが、殺された斎藤優美だったのだ。
 彼女が数年前、通勤電車の中で痴漢されたとして騒ぎを起こし、まわりが、その状況から、犯人を曽根川だと決めつけて、警察に突き出したのだ。
 ただ、捜査資料を見ると、彼はかたくなに否定していたのだが、さすがに状況証拠がここまで揃っていては、言い逃れができる立場ではなく、その時の取り調べを行った刑事から、
「このまま否認しているだけでは、どんどん事情が悪くなって、君を現状証拠だけでも逮捕することができるし、このまま起訴だってできるくらいなんだよ。さっさと認めてしまって、楽になった方がいいんじゃないか? 今だったら、情状酌量で、起訴されることもないからな」
 という誘導尋問に引っかかって、白状したのではないかと思うような調書が残っていたのだ。
 確かに曽根川は、起訴されることはなく、刑事罰も条例違反にも問われなかったが、運悪く、その時の事情を見ていた会社の人間がいて、
「警察に逮捕されるような人間を置いておくわけにはいかない」
 ということで、解雇されたのだ。
 彼の会社は地元の中小企業で、それなりに融通だって利きそうな感じだったが、見ていた人の心証がよほど悪かったのか、懲戒解雇とまではいかず、名目上は、
「依願退職」
 であったが、実際には、解雇と同じであった。
 そのまま会社にとどまっても、飼い殺しが確定していると言ってもよかったからだ。
 その時の曽根川も、ある程度世の中を甘く見ていたのかも知れない。
「依願退職ということであれば、すぐに他の会社が見つかる。こんな社員を信じようともしないような会社、こっちから願い下げだ」
 と思い、辞めたのだ。
 なんといっても、彼を庇ってくれる人がその時は誰もいなかった。彼に人望がなかったと言ってしまえばそれまでなのだが、それ以上に、コンプライアンスには厳しい会社だったあということだろう。社員一人の感情なんかよりも、世間体の方が大切だった。そんな会社に居座り続けることは、彼のプライドが許さなかったのだ。
 確かに、彼はあの時、女性の身体に指が触れていて、心地よい気分になってしまったことで、手を自分から離さなかったというのは事実である。
 しかし、積極的に障りに行ったわけではないので、事実をそのまま話しただけなのに、警察は、信用してくれなかった。
 会社では誰も彼の見方はいない。警察も、最初から犯人扱い。
「お前がしていようがいまいが、こうやって現行犯で逮捕された以上、素直に認めてしまえばそれでいいんだ。あまり時間を取らせるんじゃないよ」
 と心の中で呟いていたことだろう。
 状況証拠は揃っていて、現行犯なのだから、言い逃れができる立場ではない。
 しかも、彼としても、手を離さなかったという後ろめたさがあることから、警察に余計な嫌疑をかけさせることになったのだから、彼のそんな性格は、味方になってくれる人がいなくても、それはそれで仕方のなかったことなのかも知れない。
 それにしても、実際に痴漢行為と呼ばれることをされたわけでもないのに、よくあのラッシュの中で声を挙げられたものだ。それだけ自意識過剰な女なのか、
「痴漢は許さない」
 と日ごろから思っているのか、普通であれば、恥ずかしくて声を挙げられないというのが普通なのに、ここまでの態度をとる女性は、それだけ勧善懲悪の考えが強いのか、それとも、男性に対して、嫌悪感を日ごろから持っていて、生理的に受け付けられない感情にあったのか。あるいは、痴漢行為をネタに、美人局的なことがしたかったのか、ではないだろうか。
 この時は、想像していたよりもまわりが騒ぎ立てたので、目論見は外れたが、声を挙げた以上、彼には犯人になってもらうしかないという状況になってしまい、後には引けなくなったのかも知れない。
 もし、美人局だとすれば騒がれるのは、本当は困る。なぜなら、警察で事情聴取を受けて、彼女が被害者という認定を受ければ、それ以降の、
「活動」
 がしにくくなるというのが、本音ではないだろうか。
 彼が、半分認めてしまったのは、いくつか理由があるだろう。
「手が彼女の身体に触れていたのは事実なので、良心の呵責に苛まれた」
 という、一種のやさしさからだという考え方、もう一つは、
「ここで認めたとしても、実際に意識して触っていなかったわけなので、そんなにひどいことにはならない」
 という楽観的な思い。
 そして、
「下手にゴネて、このまま拷問のような取り調べが継ぐ気、留置されてしまうのが怖い」
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次