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探偵小説のような事件

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「それは分かります。でも、それ以外にはなかったんですよね」
 と彼女は言って、黙り込んだ。
「彼女は、どうして、その一つだけの違和感を残したのだろう? 不注意で残してしまったのか、それにしては、普段は絶対にしないようなことを、しかも一つだけしてしまったということで、そこに作為が考えられないだろうか?」
 と、刑事は感じていたのだった。
 彼女はそこまでは想像もしていなかったが、刑事が何かを怪しんでいるというのは、肌で感じた。急にびくついた気分になったのも、無理もないことだ。
 それだけに、刑事の方としても、それなりの確信めいたものがあった、もし、これが入院している彼女と行方不明の女性が同一人物であれば、事件は急転直下で解決に向かうのであろうが、刑事はその時、
「表面に出ている事実だけを見て、判断してはいけないのではないか?」
 と感じたのだ。
 そして、いよいよ、二人の女性が面会することになった。
 会社の同僚という彼女の話では、行方不明になっている女性は、山口鈴江という女性ではないかというのだ。彼女は真面目な女性で、真面目というのは、男性関係での浮いた話はないという意味の真面目さであったが、その代わり、いつも一人でいるというのだ。
「友達がいるという話もほとんど聞かないので、会社の人も、鈴江さんが旅行に行くと言った時は、一瞬、拍子抜けしたようで、それは私にも言えたんだけど、それだけに、皆ホッとした気持ちになったんです。少しくらい浮いた話がないと、真面目はいいんだけど、会話にもならないし下手をすれば、仕事にも支障をきたすレベルだったので、旅行にでも出て、それで恋愛でもしてくれればって思っていたんですよ。だから、皆快く送り出したという気持ちだったと思うんです」
 と彼女は言った。
 なるほど、彼女の立場からすればそうなのかも知れない。同僚に浮いている人や孤独に苛まれている人がいれば、何となく気になってしまい、仕事が手につかないと感じる人もいることだろう。そういう意味で、旅行に出ると言ったのを聞いた時、安堵したのだろうと思うと、彼女がホッとした顔、そして、行方不明になった鈴江という女性が明るい表情になったというイメージ。顔は知らないけど、目に浮かんでくるような気がしたのだ。
 そんな話を聞いていただけに、刑事も、事件解決の足掛かりになるかも知れないという思いと、被害者の身元が判明することへの単純な安心感の両方を一気に味わえるかも知れないと思うと、ワクワクしたものだった。
 二人は病院に到着し、先生の許可を得て面会すると、まず、彼女が懐かしそうに、ベッドに寝ている彼女に抱き着いたのだ。
 いくら、刺し傷は浅かったとはいえ、命に別状はないというだけで、刺されたことに違いはないし。実際に手術までして縫合しているのだから、いきなり抱き着くと、傷口が痛みはしないかと思って心配になったが、それには及ばないようだった。
 それよりも、彼女の行動を見て、
「これで、被害者の身元がハッキリしたのは間違いない」
 と感じたのは確かなのだが、ただ、それだけでは、彼女の記憶がハッキリするとは限らない。
 身元の判明という一つの目的は達成されたが、被害者の精神的な復活という意味では、まだ何も解決しているわけではなかったのだ。
「鈴江さん、皆心配しているんですよ」
 と、彼女がいうと、鈴江と呼ばれた被害者は、まだキョトンとしていて、
「私は、鈴江というの?」
 と彼女に聞いた。
 彼女はその言葉を聞いて、ハッとなったようだ。
「世間のウワサで、被害者の女性が記憶を失っているという話を見たんだけど、私の顔を見ると思い出してくれると思っていたのに、そうでもなかったようね」
 と言って、落胆を隠せないようだった。
 彼女は、それ以上、余計なことを言うようなことはしなかった。テレビドラマなどでは、記憶喪失の親友を病室に訪ねたりすると、必死で思い出してもらおうとして、記憶を失っている女性に、詰め寄ってしまい、医者から止められるというようなシーンを見ていたので、そういう状況を想像していた刑事だったが、拍子抜けしてしまった。
「案外と冷たいものだな」
 と感じたほどだったが、後で先生に聞くと、
「意外とそんなものですよ。それほど、人間同士、仲がいいというわけではないようですし、特に今は、コンプライアンスや、個人の問題に関しては、干渉してはいけないという風潮がありますからね。皆さん、知ってるようで、その人のことを知らなかったんだと思い知らされる人もいるようで、下手をすれば、それが家族だったりするのを、医者として何度も見てきましたので、やるせない気持ちにさせられることも結構あります」
 と言われたのだ。
「じゃあ、彼女のあの態度も、冷めているわけではなく、正常な反応だとおっしゃるんですか?」
 と刑事が医者に聞くと、
「ええ、そうですね。相手のことを自分は知らないのに、相手だけが自分のことを知っているという状況を考えてみてください。患者にとっては、これほど心細いことはないんですよ。見舞いに来た人は、自分が相手を分かっているから、相手も安心だと思うかも知れませんが、それも一種の人間の傲慢さだといえるのではないでしょうか?」
 と、冷静に答えるのだった。
「この女性は、よくここまで考えられるな? よほど、自分のことよりも、相手のことばかりを気にして生きてきたんだろうな?」
 と刑事は感じた。
 なるほど、優しい解釈をできる人だということは分かった、だが、いつも相手のことばかりを気にして生きている人が、果たしていつもいい性格なのかどうか、時と場合によって、違っているのではないかと刑事は感じた。
 普段から、人にばかり気を遣っている人間は、絶えず相手の顔色を伺うことがくせになっているのであって、自分からそういうことを思えるような生まれつきの優しい性格でなければ、人に気を遣っているのは、人の顔色を伺ってい聞いているということになり、今までの人生でずっと苛めを受けていて、相手の顔色を伺わないと、生きてこれなかったという人もいるだろう。
 だから、そういう人の意見は結構するどく、
「多元的にものを見ることができる人ではないか?」
 と思うようになってきたのだった。
 ひょっとすると彼女には、鈴江の記憶が喪失していて、今になっても、まだ記憶が戻ってこないのも、分かる気がするのではないかと思う。何かショックなことがあって記憶を失ったのだとすれば、それは、外的な理由で失ったわけではなく、自分の中の潜在意識が、「記憶を失ったままでいたい」
 と思っているからであろう。
 そんなことは、誰よりも医者が分かっているのではないだろうか。
 医者は、鈴江の記憶喪失を、そんなに重たいものだという話をしたわけではない。ということは、逆に言えば、
「私たちなら、彼女の記憶を呼び起こすこともできるだろう」
 と思っているのかも知れない。
 それでも敢えてそれを口にしようとしないのは、そこに医者として踏み込んではいけない領域があるからなのか、それとも、記憶を無理やり取り戻させることが、却って患者を苦しめることになるということを容易に想像ができるからなのかも知れない。
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次