探偵小説のような事件
警察も必死になっているが、なかなか捜査は進展しない。第一の被害者が誰なのか、捜索願からも、なかなかそれらしい人が見つからなかった。警察も最初は、余裕があったので、そんなに焦りはなかったが、被害者の記憶が戻らないことに、苛立ちと、さらには、
「彼女が何かを隠しているか、あるいは、話をできない何かの理由があるのかも知れない」
と思うようになったのだ。
そうなると、警察も苛立ちが隠せない。これまで被害者だとばかり思っていたが、次第に、彼女に対しての疑惑も持ち上がってくるのだ。だが、その疑惑というのは確証のあるものではなく、捜査が進展しないという苛立ちから、藁にも縋るという意味で、彼女を、まるで仮想敵のように感じているのかも知れない。
だからと言って、勝手に犯人扱いもできない。ただ、どうしても、真犯人像がまったく見えてこないのだから、それも仕方がない。
ただ、この警察の考え方も、別に悪いわけではない。手がかりが見つからない以上、考えられる、あらゆる可能性に捜査を広げるというのも大切なことである。
そもそも、警察捜査というのは、証拠や聞き込みから、集めてきた情報を元に、考えられる可能性を考慮して、推理をする。それによって、決まった捜査方針から、容疑者が確定していなければ、容疑者の確定を急ぎ、さらに、確定すれば、犯人を追い詰めるだけの証拠を探すことで、事実を明らかにする。
それが、警察の仕事であり、捜査の、
「いろは」
なのだろう。
そういう意味で、
「消去法による捜査」
というものが、一番犯罪捜査には必要なのではないだろうか。
そういう意味で、今はまだ、犯人を特定できるだけのものがまったくない。問題になる動機も分かっていないし、この二つの事件が、本当に関連のあるものなのかすら分かっていないではないか。
逆に言えば、この事件がそれぞれに関係があるということが分かると、事件解決までは思っているよりも早いかも知れない。
犯人側とすれば、この二つの事件の共通点を警察が見つけてしまうと、その時点で、動機も確定するのではないかとも思えたのだ。
かなり楽天的な考えでもあるが、刑事たちには、最初の犯罪で、被害者が殺されなかったことが気になっていた。
記憶を失うほどのショッキングな事件であるにも関わらず、被害者の肉体的な被害は、ナイフで刺されたと言っても、別に絶命するほどの傷ではないという。それなのに、第二の殺人では、まるで狙いすましたかのように、心臓を一突き、これが致命傷だというほど、まるでプロの犯行のようではないか。
犯行手口は同じだか、そのレベルにおいては、
「天と地ほどの差がある」
と言ってもいいくらいである。
それはまるで、素人の空き巣と、プロの泥棒くらいの差だと言ってもいいのではないか。まったく無計画で、押し入りの方法だけ知っていて、侵入してみたはいいが、押し入ってみると、誰もいないと思っていた部屋の中に住民がいて、密かに警察に通報され、御用になったと言ってもいいレベルである。
だから警察も第一の犯行の犯人に対しては、
「素人の犯行っぽいので、すぐに犯人は分かるだろう」
と思っていた。
そういうやつはえてして重要な証拠を残したりしているからだ。それが、被害者に顔を見られたとかそういうことだろうと思っていた。
しかし、思いがけず、被害者が記憶を喪失していた。そのため、計画がすべて狂い、しかもその間に、本当の殺人事件が起こってしまった。そして、案の定、警察の権威は失墜し、どうにもならなくなってしまったと言ってもいいだろう。
確かに警察の甘い考えと、捜査がいつものごとく、後手後手にまわることで、犯人特定どころか、市民に絶大な不安を与えてしまったという意味で、マスゴミなどが煽ることで、大きな社会問題になっている。
他の地区でも通り魔が増えてきたようで、模倣犯の様相を呈してきたのだった。
真相と真実
それだけに、警察の焦りも尋常ではない。社会問題になったことで、世論の風当たり、さらに、警察庁からの圧力など、トップはトップで大変であった。
そのうちに、事件は急転直下に向かうことになるのだが、それが警察の捜査によるものなのか、それとも、世論や社会の圧力からきたものなのか、あるいは、本当に偶然のたまものだったのか、その解釈は難しいところであった。
まず最初に分かってきたこととして、第一の被害者が誰であるかという、一番肝心なことに対してのことであった。
ただ、これは被害者が意識を取り戻したわけではなく、思いがけないところから、
「彼女を知っている」
という人物が現れたことだった。
その人は男性で、第一の事件発生から、2週間近くが経とうとしていた時のことだった。警察に訪ねてきたその人は、
「私の同僚が、行方不明になっているみたいで、最近の通り魔事件があったことで
少し気になりだしたんです」
ということだった。
その人は、女性で、
「どうして、もっと早く名乗り出てくれなかったんですか?」
と刑事がいうと。
「彼女は、旅行に行きたいからということで、殺人未遂の事件が起こる2日前から、一週間分の休暇を取っていたんです。土日を絡めると、10日間くらいの休暇になるので、私は彼女が旅行中だと思って、今度の事件をまったく意識もしていなかったんです」
と、彼女はいうのだった。
「そうなんですね。そういう事情でしたら、疑いを持たれなかったのも無理もないことだと思いますが、それなら逆にどうして、今になって名乗り出てくださったんですか?」
と刑事が聞くと、
「実は、彼女が旅行に行くとまわりに公言していた場所とは、まったく違う場所のパンフレットは、彼女の机に立てかけてあったんです。それで何かおかしいと思ったんですよ」
と彼女がいうので、
「でも、それだって、彼女が行き先を迷っている時に貰ってきたパンフレットだっただけで、ただ持っていただけなんじゃないですか?」
と刑事が聞くと、
「普通の人ならそうかも知れないんですが。彼女は極端なほどに、終わったことや、ボツにあった企画の資料は、絶対に帆損しておかなければいけない資料以外は、すぐに捨ててしまう人だったんです。その徹底ぶりには、会社の人間も閉口するくらいです。そういう人って結構いたりするものではないかと思うんですよ」
と彼女はいった。
「確かにそういう人は少なからずいるというのは聞いたことがありますが、そんなにそのパンフレットがあるのに違和感があったんですか?」
と警察が聞くと、
「そうですね。そのパンフレットは、少なくとも彼女が旅行先を決めて、予約したと言っていた日よりも前には見たことがなかったんです。旅行先もすべて決まって、予約を済ませた状態で、初めてその場所に立てかけておくなんて、不自然じゃないですか?」
と、彼女は言った。
「なるほど、そういうことであれば、不自然極まりないですね。あなたが不審に思うのは無理もないことだと思います。でも、そうなると、いろいろ不自然なことが他になかったのかということが、私には思えてならないんです」
と刑事はいうと、
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次