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探偵小説のような事件

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 見下ろしたその先にあるものは、確かに死体だった。その死体の顔は断末魔に歪んでいて、二度と声を発することのできない口が、だらしなく開いていた。
 カッと見開いたその目は、どこを見ているというのだろう? きっと、この目は犯人を見たはずなのに、物言わない姿になってしまった状態を警察が見ると、これほど複雑な気持ちになることはないだろう。
「犯人の名前を言えるだけの命が残っていれば、敵は討ってやることだってできるんだぞ」
 とでも言いたいのか、それを思うと、警察に対して、かなりの偏見を持っている自分を感じるのだった。
 警察がやってくるまで、確かに杭瀬の時間は止まっていた。再度その時間が動き出したのは、パトランプの光が見えて、サイレンが聞こえた時だった。
 最初は、一瞬、パトカーだとは思わなかった。救急車だと思ったのだ。
 しかし、その違いが分かったのは、身体に寒気を感じなかったからだ。この間、救急車に乗って、彼女を病院に運んだ時、救急車が近づいてきて、最初に感じたのが、寒気だったのだ。
 その寒気が今日はなかった。だから、この音がパトカーだということに、すぐに気づくことができたのだ。
 今日の相手はパトカー、しかも、今日はこの間と違い、まわりにはたくさんの人がいる。そして、目の前に転がっているのは、苦しんでいる人間ではなく、二度と何も感じることもなく、凍り付いてしまった一体の遺体だったのだ。
 そこに出てきた刑事は、この間のコンビだった。群衆には慣れているのか、すぐに場輪張りを張って、後から少し遅れてきた鑑識が、被害者の検死を行っていて、警察と一緒に、あたりを捜索していた。
 野次馬は、縄張りの外に出され、警察の様子をじっと見ていた。だが、次第にその人たちも縄張りから離れていき、家路を急いでいた。
 警察が介入してきてから、誰も何も言わなかった。パトカーのサイレンや、その場の慌ただしく喧騒とした状況に、すっかり飲まれていたと言ってもいいだろう。
 まるで刑事ドラマを見ているようで、その状況に、野次馬も、これが夢なのか現実なのかということを、理解できないでいるような感じがするのだった。
 厳かに、しかも、実に形式的に進む警察の捜査は、本当にドラマを見ているようだった。それこそ、マニュアル通りだと言ってもいいだろう。
「やはり、警察は公務員なんだな」
 と思わせるには十分だったのだ。
 若手の刑事が、杭瀬に気づいたようだった。目が合ったので、思わず頭を下げたが、刑事も目で挨拶をしただけで、杭瀬のことを、ただの野次馬としてしか見ていないようだった。
 あらかた、あたりの捜査が終了すると、今度は遺体見分を鑑識に訪ねていた。ハッキリと声が聞こえたわけではないが、その様子から見る限り、まったく表情に変化がないことで、
「見た通りの見解でしかないんだな」
 としか思えなかった。
 ということは、
「死因は、刺殺。そして死亡推定時刻は、ついさっきだ」
 ということだろう。
 今度は縄張りの外に出されていない二人の男性がいたが、刑事がその二人に事情を聴いているようだった。その様子を見る限り、どうやらそこにいる二人の男性というのが、
「死体の第一発見者」
 というところであろうか。
 話を聞いている様子も変わったところはない。死体がうつ伏せになって倒れていて、背中を刺されているところを見ると、後ろからの不意打ちだったのだろうか? 凶器であるナイフは刺さったままで、血があたりに噴き出していないことから、犯人も返り血を浴びていないということだろう。
 たぶん、ナイフをそのまま残しているということは、凶器から指紋が出るはずもないと思われた。通り魔殺人であろうが何であろうが、凶器であるナイフを持ち歩いているという時点で、犯人に計画性があったことは明らかである。
 そんなことを考えていると、刑事は、フッとため息をついて、二人を返した後、今度は踵を返して、杭瀬のところにやってきた。
「これは杭瀬さんじゃないですか?」
 と、先ほど気づいていたくせに、この白々しさは一体なんだというのだ?
 ここにもまた警察というものの、あざとさがあるのかと思うと、
「もう、俺の知ったことではない」
 と思い、杭瀬は露骨に嫌な顔をして、さぞや、露骨に嫌がっているのだろうと、自分で感じたのだ。
 刑事もまたため息をつき、
「なんとも、嫌われたものだな」
 と感じているのではないかと思うのだった。
 思い出してみれば、ここで記憶喪失の女が襲われた時、まわりには誰もいなかった。それも、同じ時間、そしてほぼ同じ場所、日にちがそこまで経っているわけではないので、環境、つまり、日の長さも、そこまで違うわけではない。
 それなのに、前の時は目撃者が自分だけで、今回がこんなに野次馬がいるというのも、何かおかしな気がした。
 そもそも、この場所にこれだけたくさんの人がいるというのも不自然なことだし、
「今日、何かが行わえているのだろうか?」
 とも考えられるほどだった。
 逆にいえば、犯人が猟奇犯であれば、
「被害者は誰でもよかった」
 などという、理不尽な犯罪なのかも知れない。
 とにかく、同じ時間の同じ場所でのここまで違うというのは、前述のイベント系によるものなのか、それとも、曜日によるものなのか?
 確かに、今日は金曜日、前の時は、週の途中だったということで、比較的、月曜日と金曜日は、人通りが多いかも知れないとは思うが、通常の金曜日というだけでは、これほどの人手というのは不自然だった。
 後から聞いて分かったことだが、この通りの奥にある個人がやっている美術館に、サークルの仲間を集めて、イベントがあったという。
 ということは、彼らは、バス停から、住宅街を抜けてきたわけではなく、これから住宅街を抜けて、バス停に向かうところだったということだろう。
 それであれば、見たことのない人たちばかりだったというのも理解できるというもので、その時は、まだ何も分かっていなかったのだ。
 わざわざこちらにやってきた刑事は、
「杭瀬さんは、この方をご存じですか?」
 と言われた。
 杭瀬が覗き込むと、これもまた知らない人だった。
「いいえ、知りませんけど、どうして私に聞くんですか?」
 と、そっけなく答えた。
「いえね。前の時も伺ったんですが、ここは毎日の通勤路だというじゃないですか。あなたならご存じかと思いまして」
 というので、
「じゃあ、第一発見者の人は?」
 と聞き返すと、
「知らないと言っています。ちなみに、あの二人に見覚えは?」
 と聞かれ、
「いいえ」
「そうですか。どうやら、この先でイベントがあって、皆さんその帰りだというので、このあたりは皆さん馴染みがないようでですね」
「じゃあ、その皆さんと言われる人は、被害者の身元を知っていたんですか?」
 と聞くと、
「いいえ、それは知らなかったといいます。どうも、今日はイベントがあったということもあって、被害者も、目撃者も、誰も面識がないというのも、困ったものです」
「それこそ、通り魔か何かでは?」
 というと、
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次