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探偵小説のような事件

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 思わず、何か、デジャブを感じた。そのデジャブというのは、
「きっと何かがあったんだ」
 と感じたことが、
「この間と同じ刺傷事件ではないか?」
 と思ったからで、なぜそう思ったのかというと、あの時と同じ、鉄分を含んだ臭いを感じたからだった。
 鉄分を含んだ、この異様な臭い、どこか暖かさのあるこの臭いが、血の臭いであることは、子供の頃から、よくケガをしていたことで知っていたのだ。
 気を付けて遊んでいるつもりでも、肝心なところで甘く見てしまうのか、ふと気を抜いてしまった時に、よく出血するようなケガをしたのを覚えている。
 彫刻刀を使って、家で、木工細工をしていた時、今から思えば、削ろうとしていたその先に指を置いていたという、普通なら考えられないようなことをしていた。
 それは、そうでもしないと、うまく切れないからで、途中までは、
「そんなことをしては危ない」
 という意識を持っていたはずなのに、
「もうすぐ、出来上がるんだ。ここさえ削ってしまえば」
 という、緊張の緩和が油断を誘発し、さらに、最後の一頑張りだという意識が強く、指が無意識に、危険に晒されていることを意識しなかったのだろう。
「バチが当たったのかも知れないな」
 と、考えた。
 何しろ、杭瀬というのは、
「子供の頃から、集中していれば、他のことがまったく目に入らない」
 という性格であった。
 長所でもあるのだが、一歩間違えれば、これほど危険なことはない。
 よくいうこととして。
「長所は短所の紙一重」
 という言葉もあり、得意分野と、苦手な分野が、紙一重であったり、実は背中合わせだったりもする。
 背中合わせということは、隣が見えていないだけで、実は紙一重のところにいるということでもあるのだ。
 だから、集中力が高いことが、杭瀬にとって、有利に働くこともあるが、逆に危険なことも多かった。
 つまりは、いいことも多いが、一歩間違えれば、命取りにもなりかねない。
「一発逆手を狙えるが、一つ間違えると、再起不能になってしまうリスクを伴っているもろ刃の剣だともいえる」
 ということでもあるのだ。
 鉄分を含んだ臭いを感じると、あの時、なぜ彼女が刺された現場を見たわけでもないのに、犯人と思しき人間が持っていたものを、瞬時にして、
「あれはナイフだ。あのナイフであの人は刺されたのだ」
 と感じるわけもなかったはずだ。
 実際に刺されていたのだから、犯人と思しき人間が手に持っていたのは、十中八九ナイフであろう。
 あの時、想像が的中したことで、今回も、
「何かの事件だとすれば、今回も刺傷事件に違い合い」
 と思ったのだ。
 だが、この人だかりと、異常なざわつきは、この間、杭瀬が目撃した時のような程度のものではなかった。
 群衆のざわつきも尋常ではないし、その様子を見ていると、口々に何かを囁いているが、
「俺は聖徳太子ではないので」
 と思いながら、群衆の人にでも集中して、会話の一部でも切り取ろうとしたが、無駄だった。
 それができなかったということは、それだけざわつきが尋常ではないということであり、こんな時のざわつきも、初めて感じたことではなかったのだった。
 ざわつきの正体が何であるのか分からなかったが、子供の頃の記憶がよみがえってきたことで、
「もう救急車が来ることはないのではないか?」
 と感じたのだ。
 というのは、
「救急車は、死体を運ぶということはしないからだ」
 ということであった。
 人だかりを見ていると、近づけなかった。だからと言って、横目に見ながらでも、避けるようにして、そこを迂回して帰ることもできなかった。前に歩くことができなかったからだ。
 しかも、後ろに下がることはもっとできない。そんな状態にありながら、その場で何が一番嫌なのかということを考えると、人だかりの人間たちに発見されることだ。
「一人が自分を見つければ、皆がこっちを振り向くだろう。そんなに集中する視線が、まるでナイフで刺されたかのような痛みとなり、その場で、ハリネズミにされてしまう」
 というような感覚に陥りそうなのが、怖かったのだ。
 足に根が生えたかのように、身動きが取れない。だが、そこで立ちすくんでいれば、誰かに見つかるのも必至である。見つかってしまうと、自分が一番恐れていることになるのは分かっている。完全に悪循環を繰り返していたのだ。
 ただ、
「しょうがない。前に進むしかない」
 と思った瞬間、足が急に軽くなり、自分の意志に関係なく前に進んでいた。
「なんという皮肉なことなんだろう?」
 と思いながら、目の前を、自分の目から離れて、魂になった自分が、先に進んでいくのが分かった。
 誰か一人がそれに気づいたのか、こちらを振り返った。皆の視線を、浴びることはなかった。その視線が浴びせられたのは、魂になって歩いている自分だったからだ。
 自分が後ろから見ていて、今にも消えてしまいそうな自分なのに、前から見ている人たちには、魂になった自分しか見えず、今ここで思考を働かせている自分を見ることはできないようだった。
「まるで、夢を見ているようだ」
 と考えると、またしても、デジャブを感じたのだ。
「確かに夢の中で、もう一人の自分を感じたことは何度もあった。しかし、そのもう一人の自分というのは、これほど恐ろしいものはない」
 と感じていた。
 その思いは、目の前を群衆に向かって歩いている自分も感じているような気がした。
 もう一人の自分が群衆の中に入り込むと、今までその様子を見ていた自分の目に、白い閃光が飛び込んできて、一瞬ではあるが、完全に目をつぶってしまった。
 そして開けたその瞬間に、自分が、その群衆の中で埋もれてしまったのを感じた。
「うわぁ」
 と、思わず悲鳴を上げて。必死で自分の顔を隠そうとしているのを感じた。
 だが、妄想していたような、皆の痛い視線を浴びることはなかった。その視線は完全に死んでいて、ただ、こちらを見ているだけだった。
「一体、どうなっているというんだ?」
 と、自分で勝手に妄想しているだけの世界を、自分で、コントロールできていないことに気が付いた。
 だからこそ、一回魂が抜けてしまった自分に、もう一度魂が戻ることで、恐怖のど真ん中に置き去りにされてしまった自分を感じることになってしまったのだった。
 群衆は、完全に上から目線で、杭瀬を見下ろしてから、皆寸分狂わぬ状態で、踵を返して、そこに倒れている人に視線を寄せた。
 その瞬間、それまで凍っていた時間が氷解したのだ。
 いや、凍っていたという時間というのも、後から感じたことで、
「氷解したから、凍っていたと感じた」
 という、完全に、まるで後出しじゃんけんをしているような感覚になっていたのであった。
 そして、死体を見た皆は、またさっきと同じように、ざわざわし始めた。相変わらず何を言っているのか分かる感じではなく、目の前に広がってる輪の中に誰かが倒れているのを、ずっと見下ろしていた。
「そうか、見下ろしているというのは、皆そこに横たわっている死体を見ているような目でこちらを見るから、あんな冷めたように見える目しか感じなかったに違いない」
 と感じたのだった。
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次