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探偵小説のような事件

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「何も記憶喪失の相手に、そんなにムキにならなくても」
 と言って、
「大人げない」
 と思われるだけのことである。
 それを考えると、
「堪忍ブクロの緒」
 というものを、何とか切らさないようにしなければいけないのだった。
 正直、今まで相手に対して怒りがこみ上げた時、あまり我慢をしたことがなかったのだが、この時はさすがに、ここでキレてしまうと、最後に不利になるのが自分だということは分かり切っているからであった。
 だからと言って、杭瀬も、どこまで我慢できるかと思っていたが、何とか我慢することができた。
「何だ。しようと思えば我慢なんて難しくないではないか」
 と感じたが、何かムズムズしたものがあることを意識はしていた。
 心の中では、
「せっかく来てやったのに、なんで俺がこんな感覚にならなければいけないんだ」
 という風に怒りがムズムズした感覚に変わるのだった。
 その日は、気を取り直して、
「じゃああ、また来ます」
 と口では言ったが、本音とすれば、
「誰が二度と来るもんか。もうお前の顔を見るのも嫌だ」
 と思い、そして、
「今度何かあっても、こいつだけではなく、他の人だって助けてなんかやらないぞ」
 というくらいに思うのだった。
 そんな状態のまま、帰宅したが、そのムズムズした感覚はしばらく続きそうな気がした。
「こんな感覚、このまま続くのは嫌だな」
 と思っていたが、前にも似たような感覚を味わったことがあったのを思い出した。
 確かあれば、電車の中であっただあろうか。
 大学時代のある時、彼女と一緒に、遊園地に出かけた。まだ彼女ともいえる段階ではなかったので、デートのとっかかりということで、遊園地ということになったのだが、その交通手段として乗った電車で、対面式の席に座ったのだが、我々が窓際で、相手は、通路側に対面式で座ったのだ。
 彼女は何とか、二人の間を抜けたが、杭瀬の方は、相手は足を引こうともせずに、足を出したままにしていたので、
「すみません」
 と言いながら、足を超えようとした時、相手の足に軽く触れたのだ。
 その時、
「何じゃお前は」
 と言って、因縁を吹っかけてきたのだ。
 まるでチンピラ並みで、相手の女も、黙っていた。こちらも腹が立ったが、彼女の手前、しょうがないので、
「申し訳ありませ」
 と屈辱感に塗れながら言ったのに、さらに、
「こっちにも謝れ」
 と、女に対しても謝罪をさせられた。
 その時はそれで済んだのだが、この時の屈辱感は、正直、
「一生忘れない」
 と思ったが、実際に今もその時のことが頭によみがえってくるのだった。
 いわゆる、
「トラウマ」
 である。
 その時の記憶は今でも鮮明に覚えている。きっと本当に一生忘れないような気がしている。
 相手は最初から計算ずくだったのだ。
「この男、女を一緒に連れているから、どうせ逆らわないさ。逆らってキレてきたら、こっちが被害者面をすればそれでいいんだからな。どうせ野次馬なんていうのは、騒ぎ始めてから初めてやってくる連中だから、相手がキレてからしか見ていない人は、完全に向こうが悪いと証言するさ。多数決からいけば、こっちの勝ちに間違いはない」
 と思っているに違いない。
 そんなことを企んでいたのだと思えば、怒りも若干は収まるが、あの時の屈辱は、理解を絶するものがある。それはトラウマになってしまったことで、理性は尋常ではなく、我慢してしまった自分が、まるで悪いことをしているかのような錯覚に陥るのだ。それはトラウマというもので、トラウマというのは、意識を超越したものだと言っていいのかも知れない。
「俺が我慢したことを彼女はどう感じただろうか?」
「よく我慢したわ。偉いわ」
 と思ったのだろうが、男としては。そうは感じられなかった。
 彼女が自分を見る目が、まるで気の毒そうな目をしてはいるが、明らかに、
「上から目線」
 だったのだ。
 しっかり我慢したことはいいのだが、他のことで何かがあった時、
「この人は、本当に毅然とした態度で接してくれるのかしら?」
 と思うのではないかと感じたのだ。
 だからと言って、あの時、キレていたとすれば、
「この人は、すぐにキレる人だ」
 と思われて、毅然とした態度以前のところで嫌われていたことだろう。
 ということになるのであれば、
「俺はいったい、どうすればいいんだ?」
 と思えてならない。
 どっちに転んでもロクなことを感じられない。それが女というものだとすれば、女に何を期待するというのか。そんなことを考えていると、彼女が欲しいなどと思いたくもないように感じた。
 ということは、あの時、当事者の4人のうち、3人までは敵だったということになる。完全に、自分が孤立していて、味方であるはずの彼女までもが、相手の味方ではないが、こちらの味方をしてくれるわけではない。
 ひょっとすると、
「こんなことになったのも俺のせいだと、この女のことだから思っているに違いない」
 と思えるのだった。
 相手の女もそうである。因縁を吹っかけている男を戒めるくらいしてもよさそうなのに、何もしないで完全に他人事を装っている。
「私には関係ないわよ」
 と言いたげで、しかも、別に男に怯えている様子もない。
「この女は、男がどうであれ、その場を乗り切れればそれでいい」
 というだけの考えしかもっていないのだろう。
 それを考えると、
「この男にして、この女あり」
 ということであろう。
 ということは、こちら側も、
「俺というこの男があっての、この女だということか?」
 と感じると、
「こんな女のために我慢しようなどと思ってしまった自分が情けない」
 と感じるようになっていたのだ。
 付き合いかけようとしていたその女とは、それから何となく気まずくなってしまい、自然消滅した。それまでの杭瀬であれば、相手が別れそうな雰囲気になった時は、必死になって、別れを阻止しようとするものだったが、さすがにその時だけは、
「あいつがそういうつもりだったら、こっちからお払い箱だ」
 という気持ちになった。
 そんな気持ちになったのは、後にも先にもその時だけだったのだ。
 その時は完全にトラウマだった。その頃から、明らかに怒りっぽくなった。
「腹が立ったのを抑えていたって、何にもなりゃしんあい」
 というのが、最終的な結論だった。
 あの時は、
「彼女のために、ここは怒ってはいけない」
 と思って、怒りを抑えたのに、それが却ってあだになってしまったのだ。
 もちろん、彼女と別れることになったのは、それだけが原因ではなかったが、別れたことが問題ではなく、
「どうせ別れるなら、ひと暴れした方がよかった」
 と、結果論で考えるのだった。
 それから、杭瀬のことを陰で。
「瞬間湯沸かし器」
 と言われるようになった。
 そして、その頃からであろうか、杭瀬は自分のことを、
「俺は、勧善懲悪なんだ」
 と思うようになったのだ。
 実際に、その頃は何が正義で何が悪なのか分からなくなっていた。よかれと思ってやったことが裏目に出てしまったのだから、正悪の基準が分からなくなって当然だ。
 しかし、一つ言えることは、
作品名:探偵小説のような事件 作家名:森本晃次