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謎は永遠に謎のまま

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 なるほど彼の言う通りだ。下を掻いてしまうと、上の重みで雪崩を誘発することになり、その勢いでいつ、雪崩るか分からない。そうなると、掻いている人間は自殺行為であるといえるだろう。
「一つ対策をしているといえば、例の氷上渡りのある大きな池の水を人工的に放出しておいて、水の量を減らしておくということかな? そうすれば、氷上私も起こりやすいし、雪崩が起きて、池に雪崩こむように仕掛けをしておけば、なだれ込んだ雪が解けても、池が増水することはない。そのために、池をダムのようにして、雪が降りだす前から、水を放出しておくんだ。この村はほとんどの時期というと、雪に覆われているところではあるけど、夏の数か月は雪のない時期もあるんだ。春が過ぎるころまで雪に覆われていることで、寒さに強い作物がここでは十分に育つ。それがこの村の産業であり。工場というのも、醤油や味噌や酒などの醸造工場なんだ。いざとなれば、しばらくは自給自足もできる村ということになるのかな?」
 と飯塚がいうと、
「じゃあ、今まで孤立してしまったということもあったのかい?」
 と川北が聞くと、
「いや、そんなことはなかったんだよ。そんな恐ろしいことになってしまうほどのことはなかったんだけど、万事村だけで自給自足ができるという強みがあった。それというのは、この村には、古代から日本人ではない別の民族が住んでいて、自給自足を得意とする民族だったということで、それがこの村の強さなんだ」
「アイヌ族ということかな?」
「いや、そういうわけではないらしい。元々は、大陸と関係があった民族だったようだけど、昔はこのあたりは蝦夷地ということで、平安時代初期までは、ほぼ原住民での支配だったわけだが、それを、平安京が遠征にくることで、多賀城を中心としたこちらの民族を支配するようになった。だけど、ここだけは、平安京にも支配することができなかったようで、独立した民族がここでひっそり暮らしていたんだ。実際にここを支配するようになったのは、明治になってからで、なんと言ってもこのあたりは、昔から、八甲田山の悲劇が起こるようなところなので、なかなか、雪に慣れていない日本民族だけでは難しいだろうな」
 と飯塚は言ったが、
「ということは、この村は、祖先から、ずっとその民族の血で受け継がれてきたということかな?」
「明治時代くらいまではそうだったようだ。別に他の民族の血が混ざってはいけないという掟のようなものはなかったようだが、実際に、血の交わりはなかったようなんだ。だから、明治になるまでは、ほとんど藩の力も及ばないところで、戦国時代などでも、農民が戦に駆り出されるということはなかったという。その代わり、年貢はしっかり取られたようだが、この地域には飢饉などは関係がなかったので、年貢が滞ることもなかった。この村はそんな、特殊な村だったと言ってもいいんだ」
 と、飯塚はいうのだった。
「そんな民族が存在したというわけだね? どこまでそういうことが分かっているんだい?」
 と、川北が聞いてみると、
「ハッキリと分かっていない部分も多いということなんだけど、今の自分たちの生活に影響していることがあるという部分では、伝統として残っている部分もある。さっきのような雪崩に対しての対応なんかも、昔の民族の名残があったりして、そのおかげで、大した被害もなく暮らしていけているんだと思う。つまり、昔の人が住みやすい環境に土地を開拓してくれていることで、雪崩の被害も少ないというのは、研究でも分かっているんだ。そういう意味で、日本民族に比べて、知能は決して劣っているわけではなく、むしろ先をいっていたと思うんだ。いかんせん、文明が発展していた分、他の地域との繋がりが薄く、自給自足ができる分、孤立していても問題なかったということで、他からの流入が少なかったともいえるね。そういう意味で、こういうところこそ、陸の孤島と言ってもいいかも知れない。俺たち村人は、そういう民族の子孫だと思うと、やっぱり、東京とかで大学に行っても、なかなか馴染めなかったり、ましてや、東京で就職しようなんていうのも、かなりの無理があったんだって思うんだ」
 と、飯塚はいう。
「じゃあ、バスでこちらに来た時に出会ったあの女性も、この村の出身なんだろう?」
 と川北が訊ねると、
「ああ、そうだよ。彼女、行橋早苗さんは、この村の長の娘さんなんだ。だから、大学も就職も盛岡でだったんだけど、高校時代は、彼女も東京に出てみたいという思いは結構あったようなんだ。俺なんかよりもその思いは強かったかも知れない」
「でも、それは敵わなかったわけでしょう? やっぱり、長の娘というのは、それだけ違うのかな?」
「うん、それもあるんだろうけど、さすがに今の令和の時代にはそぐわないよね。昭和の終わり頃から、この村の閉鎖的なところを改善しようという意識が、この村の若者の間で流行ったそうなあんだ、俺たちの親よりも少し若い世代だったのかな? だから、盛岡の方に就職したり、進学する人も増えてきた。さっきここまで来たバスだって、昭和の頃までは、ここまで路線があったわけではなかったんだけど、平成になって、こっちに来る人が増えたことで、路線バスの本数も増えてきた。あの時代というと、赤字路線はどんどん廃止の話ができていた頃だったんだけどね。それだけにこのあたりというのは、遅ればせながら、都会とのパイプを持つようになったということかな?」
「じゃあ、盛岡や他の土地からも、こちらに来る人が増えたのかい?」
「実際に、この村で産業というと、どうしても、昔からの自給自足というものでしかないので、この村に観光ということもない。だけど昔からの温泉のおかげで、日帰りでの温泉客が増えたのはありがたく、そのおかげで、この土地の味噌や醤油が盛岡に行って、ご当地名物の麺類に使われるようになったのさ」
「昼間食べた盛岡冷麺もかな?」
「そうだね、実はあの店に連れて行ったのは、あの店がこの村の調味料を使ってくれているので、まずは名物を味わってもらおうと思ってね。本当は、味噌も醤油も名物の冷麺では、東京の調味料に近い味なんだ。さっき食べて分かったと思うけど、あの味は、この村の味になるんだよ」
 と飯塚に言われて、昼食で食べた冷麺の味を思い出してみると、確かに独特の味がした。
 味はかなりの濃い口に感じたが、結構食は進んだ。あっさりしているような感じがして、しつこさは感じられなかった。
「これが、森岡名物というものか?」
 と感じたが、実際にそれだけではないようだった。
 地元の、さらに、一つの村独自の名産というのを味わうことができて、よかった気がした。
「この村の調味料は、実は東京でも手に入るところがあるんだ。アンテナショップがいくつかあるが、その中で、街や村の特産のコーナーが置かれているところもあって、そこで手に入る。あとでパンフレットをあげるから、もし、興味があったら、東京に帰って訪ねてみてくれればいいよ」
 と飯塚は言った。
「うん、分かった。あの味は確かに印象的だったからな」
 と言って、昼食と、昨日の夕食を思い出していた。

                 探偵小説談義
作品名:謎は永遠に謎のまま 作家名:森本晃次