小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

後味の悪い事件

INDEX|5ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

 このマンションも、最近、坂巻グループが買収したこともあって、近々、オートロックに変える計画があるということだが、既存のマンションを変えるというのは、時間も手間のかかるようだ。今のところは、
「計画がある」
 という程度であったのだ。
 そんなプラザコートだから、配達員は楽だった。いちいち、入り口で呼び出して、ロックの解除をお願いするのは、結構鬱陶しいものだった。それがない分、配達員の間では、
「プラザコートは楽だよね」
 と言われていたのだった。
 この日、配達員の一人松岡君は、クーパーの依頼で、
「まず、ハンバーガーショップに受け取りに行って、それを注文者の届ける」
 という仕事をしている。
 実はこのやり方は、正直、今の時代に合っているものではない。
 言い方は悪いが、
「ひとつ前のやり方だ」
 と言ってもいいだろう。
 今の宅配というのは、スマホアプリでなんでもできる。
 配達員に指示を与える社員を、イーツ側で持たなくても、タクシーの配車サービスのようなもので、注文者、食事製造者、さらに配達員との間がマッチングし、活動している配達員にヒットすることで、うまく回っていくのだ。
 クーパーイーツは、そんなアプリを利用していない。
 これは、会長のこだわりであり、基本的に文明の最先端を運営するのが、坂巻グループであったが、たまに、このようなアナログ企業を残すことにしていた。
 これは気まぐれではなく。
「なんでもかんでも、アプリに頼った時、アナログのノウハウがなければ、もし、アプリがダウンしてしまった時に、つぶしが利かない」
 というのが、その理由であった。
 クーパーイーツはその方針に引っかかった業種の一つであり、敢えて、アナログ方式を起こしたやり方をしていた。
 だからといって、別に困るということはない。配車を人が行うというだけで、他は違いはないのだ。
 他の宅配からすれば、
「そこが命だ」
 と言いたいのだろうが、会長とすれば、
「それだけでは、安心を与えることはできない」
 という考え方になるのも、経営者としては当然のことだと思っていたのだ。
 だからこそ、上層部の役員も、会長を信じてついていっているのだ。その信頼感が、坂巻グループの強みであったのだ。
 クーパーイーツは、実は、宅配関係の会社が日本に入ってくるもっと前から存在していた。
 今から、15年くらい前から稼働していた。
 ネットスーパーのような会社は、生協をはじめとして、いくつかはあったが、実際にファミレスや、ファストフードのような店と提携して、製造と配達を分けるという画期的な発想を行っていた会社はほとんどなかっただろう。
 やはり、アプリを使わずに、アナログだけで運営するというのは結構大変で、人件費や通信手段など、結構大変なことも多い。
 必須なのは、アプリの中での配達員の、位置情報が問題だった。それさえ克服できれば、金のことを考えなければ、理屈として、この事業を立ち上げることができるのだ。
 最初はなかなか、個人情報漏洩などの観点もあって、なかなか認められなかったが、そのうちに、凶悪犯に対しての児童の問題なども相まって、GPSが発展することで、この事業も、次第に形にできるような計画が組まれていったのである。
 試験的にやってみると、結構いけるのが分かった。
 何しろ、どこもやっていない事業なので、独占できるというものだ。
 それこそ、彼らが参入した時は、ほそぼそであったが、しっかり利益は取れていた。そして、いずれブームが来ると分かっていたので、それをじっと待っていたというわけであった。
 今回、そんなクーパーイーツの配達員である松岡君は、エリア的に、このプラザコートへの配達も何度か担ったことのあるので、ベテランだともいえた。
「クーパーイーツもマニュアル型だけど、このマンションもいい加減古いよな。まあ、それで面倒なことはないのだが」
 と、いまだにオートロックでないことを、彼なりに考えていた。
 どっちもアナログだと思うと、自分の性格のようだと思わないでもない松岡君だったのだ。
 松岡君は、若いくせに、パソコンなどには結構弱かった。
 特にスマホのアプリなどは苦手中の苦手で、
「俺なら、他の宅配関係にはついていけないかも知れないな」
 と、本当は向こうの方が楽だと分かっていながら、馴染めないことで、あまり関わりたくないと思っているのも、無理もないことであった。
 松岡君が配達を頼んだのは、このマンションの5階に住む人で、有名なハンバーガーチェーンの注文だった。
「家族で食べるのか、それともカップルか、あるいは、ひょっとして人で食べるのか?」
 そんな興味は尽きなかった。
 このマンションには何度も配達に来ているが、法地に作られたマンションということで、この街には似たような構造が多いので、この街で育った人は、
「この建て方が当たり前だ」
 と思っている人もいるかも知れないが、そもそも、松岡は、大学進学でこの街にやってきたので、最近、この街の住民になったのだった、
 彼の大学は、この街にあった。
 というか、彼が専攻している工学部のキャンパスがこの街にあり、大学の敷地の半分が坂になっていた。
 しかも、この大学の創設者も、坂巻グループの一人であり、現学長も、坂巻グループだった。
 彼の大学キャンパスの中央に、総合受付のある一号館があるのだが、そこは正面玄関もかねていて、その入り口には、大きな額に飾られた、教訓のようなものが書かれていた。
 それは、初代学長が、ナポレオンの関係者が口にした教訓を日本語に訳したものを自分なりに解釈し、自分の言葉として表現したものだという。
「神なき知恵は、知恵ある悪魔を作るものなり」
 というものであった。
 つまり、
「神」
 というべき信念を持っていないモラルのない知恵は、悪魔の中でも、知恵を持った悪魔を作り出すということであり、
「どんなに科学が発展して、便利になったとしても、そこに神と思しきモラルや秩序がなければ、発展した科学を扱う人間は、悪魔でしかない」
 ということになるのだ。
 学生たちには、そんな悪魔にならないように、科学の発展とともに、人間育成が日露尾であるということを説いている。
「理性、モラルと科学の発展はセットである」
 ということなのだ。
 考えてみれば、そうではないか。
 今まで科学の発展というのは、平和利用というよりも、兵器として使用されることが多かった。原爆開発もしかりであるが、なんと言っても、松岡君が考えていたのは、ドイツの科学者である、
「フリッツ・ハーパー」
 こそ、この
「神なき知恵は、知恵ある悪魔を作るものなり」
 という言葉の、
「知恵ある悪魔」
 なのではないかということを考えているのだった。
 ドイツの物理化学者として、彼は、空気中の窒素からアンモニアを生成するという、
「ハーパーボッシュ法」
 と呼ばれる技術を使って、人間の危機的問題であった、食糧問題を解決したとされる。
 しかし、一歩では、第一次大戦中に、ドイツ軍に協力し、当時としては、最大の、
「大量殺りく兵器」
 と言われた、塩素を中心とした毒ガス開発を行った人物だった。
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次