後味の悪い事件
二人の関係に接点がないのも仕方のないことで、SMクラブに彼女がいたということは、犯人として確定した時点で、裏付け捜査としてされることであって、ただの容疑者の段階であったとすれば、店側も正体を明かすようなことはしないだろう。それを警察も吐かせるわけにはいかない。特に今のように、個人情報の問題。コンプライアンスの問題を警察が啓蒙しているのだから、深入りしてはいけないのも当然のことである。
例の主婦が見たというのも、山岸と、明美だった。主婦がすぐに分からなかったのも無理はない。仮面舞踏会ばりの、アイマスクをしていたのだから、それも当然のことだ。だからこそ、大胆になれたのであるし、エスカレートもしたものだった。
そのうちに二人は、顔を見られることに快感を覚えるようになり、そのためには、さすがにマンションの住民ではまずいと思ったのだろう。
そこで白羽の矢が当たったのが、平松君だったのだ。
山岸がたまたま注文したクーパーイーツで配達に来たのが、まだ幼さの残る配達員だ。
「これはいい」
ということで、明美にも配達させてみると、明美も、
「あの坊やならいいわね」
ということで、その瞬間に、平松君は、
「二人のおもちゃ」
になってしまったのだ。
いろいろなシチュエーションを見せられた。そのせいで、平松君は悩み。一人の女の子を襲うという暴挙に出たのだ。
その時は、未遂に終わって、幸いにも彼は顔も見られておらず、女の子も自分の胸の中に隠していたので、大事に至らなかった。しかし、女の子の父親が、それを知り、平松君の正体を知ろうとして尾行していたところで、例の露出という変態この上ない状況を見せられた。
平松君に脅しをかけると、平松君はさすがにまずいということで、こともあろうに、山岸にそれを報告した。山岸は、SMが露呈することで、せっかく准教授にも順調になることができ、あとは教授の椅子をというところまで来ていたのに、それを犠牲にすることはできないということになった。
そこで、尾行しているやつに罠をかけ、明美を囮にして、明美の露出をその男がじっと見ているのを写真に撮って、逆にゆすりを掛けてきたのだ。
状況は、女の子の親に圧倒的に不利だった。なんと言っても、女が露出狂だとはいえ、それを盗み見ているのだから、どうしようもない。しかも、
「平松君に揺さぶりをかけているということも一緒に露呈すればどうなるか?」
と言えば、完全に男は揺すりの対象に成り下がってしまったのだ。
そこで考えたのが、殺害だった。
幸い、自分と山岸の間にかかわりが露呈はしていない。しかも、平松はこちらが弱みを握っている。明美の方でも、身体は山岸を求めていても、気持ちは嫌悪と憎悪に満ちていた。できれば殺害してほしい。
それだけの条件が揃っていながら、このまま自分が脅されたままでいるというのは、宇準している。
「一思いに殺してしまいさえすれば、俺が疑われることもない」
と思った。
明美は直接表に山岸と関係が出るわけではない。だから安心だったが、念には念をいれて、隠れているように指示をした。
ただ計算外だったのが、やつが、明美の部屋で死んでしまったことだった。
本当は508号室で死んでほしかった。クーパーイーツで呼び出したのは、508号室の、住民だったが、それも、元々、
「SMの巣窟」
として借りた、架空の人物だったのだ。
708号室で死んでしまったことで、明美の名前が表に出てしまった。
どうしてそうなったのか、山岸は山岸で何かの計画があったようだ。それが、
「法地による錯覚を利用した犯罪」
を計画していたのだ。
だから、予行演習なのか、それとも、犯罪計画を練っている最中だったのか、5階と7階を行ったり来たりしていた。そして、その途中で、8階も利用するつもりだったのだろう。
だから、松岡君が、エレベータを呼んだその時、8階にエレベーターはいたのだった。
つまり、今回の犯罪に、直接艇に法地の問題が関係していたわけではないが、被害者が何かを企んだために、まるで、今回の犯罪に法地が利用されたかのようになり、複雑になったのだった。
しかも、偶然というべきか、松岡君が絡んでしまったことが、ある意味犯人に命取りだったのかも知れない。
今回の事件で、管理人が巻き込まれたのは、別に管理人が今回の犯罪に利用されたとか、犯人の思惑の中にあったとかいうわけではなかった。
これも、山岸が何かの計画のために管理人を利用できないか?
というところから来ていたようだったのだ。
これらのことは、明美からの証言に出てきた。
「山岸という男、実は私を使って、今回の犯人であるあの人の殺害を考えていたんじゃないかと思ったんです。そのための証人ということで、管理人さんを利用しようと言ったのも、あの山岸だったんです。あいつは悪魔でした。そんな悪魔から逃れられない私は、一体何なんだろうと、絶えず自問自答していました。逃れられないわけではなく、私の本性を見抜かれて、しかも、私の操縦法をすべて熟知していて。さらに、私が逃げられないように、二重にも三重にも縄で蹂躙するんです。私は自分の身体を恨みました。自殺すら考えたんです。でも、それを彼に救われました。自殺なんて君がする必要はない。一緒にあいつを葬ればそれでいいんだってね。私もそれがいいと思いました。彼だって、すべてを捨てる覚悟でこの事件を考えたんです。だって、彼は自分の娘を私たちのせいで狂ってしまった少年にいたずらされたわけでしょう? 今回のことで、皆が不幸になる。たった一人、一番の極悪人である山岸が平気な顔をして生き続けるんですよ? こんな理不尽あったものではないじゃないですか」
というのが明美の証言であった。
また、同時に、平松も尋問を受けた。
「僕は、本当に苦しかったんです。でも身体がいうことをきかないんです。女の子には悪いことをしたと思っています。そのせいで、そのお父さんまでひどい目に遭って。だから、協力は僕の罪滅ぼしなんです。僕も正直、自殺が頭をよぎりました。でも、実際にできるわけもない、そんな意気地なしの自分がさらに憎かったんです。それもこれも、山岸という男と、明美という女のせいだと思ってね。でも、明美さんが後悔して、あの男の殺害を計画していると聞かされた時、僕は何かの呪縛から解き放たれた気がしたんですね。だから、今回の事件に協力しました。ただ、電話するだけの役目だったんだけど、僕はそれを松岡君に話しました。すると松岡君も協力してくれることになったんです。松岡君の証言で、きっと、犯人はまったく違ったイメージが警察にできて、捜査が混乱するということでね。でも、それを話したのは、本当は事件が起こった後だったんです。だから、犯行当時は知らなかったと思います。でも、彼ならきっと分かってくれると思いました。それが私は感じた真実だったんです。ただ、僕もバカですよね。松岡君を巻き込んだことで、警察が松岡君をマークするということに気づかないという凡ミスをしたために、僕が警察に疑われ、しかも、明美さんを発見させる手助けをしてしまうなんて、やっぱり僕は悪魔なのかも知れない」