後味の悪い事件
「あの二人のプレイは、自分の本性をさらけ出すことで、余計に感覚がマヒし、さらにエスカレートに歯止めがかからなかったのではないでしょうか? それが何かの犯罪を起こし、さらにまたエスカレートが絡まってくるかのような負のスパイラルとでもいえばいいのか、今回の犯罪は、何かそんなものが裏に潜んでいるような気がするんです」
というのだった。
「確かにそれは言えるのかも知れない。そして、それが、知恵ある悪魔だとすれば、今回の犯行も、何かの意図が働いているのかも知れないな」
と、桜井警部補は言った。
「カギを握っているとすれば、誰なんでしょうか?」
「今のところの登場人物の中では、管理人くらいしか思い浮かばないですけどね」
といいながら、管理人から借りてきた防犯カメラの映像の解析を今、他の刑事がしているのを話した。
「管理人が何かウソをついているとでも?」
と桜井警部補がいうと、
「ハッキリとは分かりませんが、犯行のあった部屋にですね。カギを開けて入ったということですが、それも怪しい気がしませんか? 今のところ、まだ話が出てきていませんが、管理人がカギを開けたのだとすれば、部屋は密室だったわけです。いくら毒殺とはいえ、毒に関わるものがまったく発見されなかったというのはおかしいですよね。確か、リビングではもう一人誰かがいた形跡があったんですよね? それなのに、毒に関係するものも何も出てこなかった。そう、そもそも誰かが救急車を要請したわけでしょう? それが誰なのかということもありますよね? 今のところすべての証言が管理人の証言でしかないわけで、それをすべて鵜呑みにしてしまうと、完全犯罪になってしまいませんか? そんなことがありえないとすると、管理人が何かを握っているといってもいいと思うんです。何か些細なウソを言っているだけなのかも知れないし、管理人すら気づいていないこともあるかも知れない。それを思うと、どんどん怪しくなってくるんですよね」
と、山崎刑事は言った。
「まあ、そうだよね。ミステリーなんかでも、第一発見者を疑うというのが、定石だったいするからね。それに、僕が気になっているのは、もう一人の証言者の松岡君というのも、何か怪しい気がするんですよ。いくら事件をニュースで見たからと言って、どこまで事件に関係があるか分からないことを、普通なら、関りになりたくないから、自分からは言わないですよ。特に彼は、桜井警部補の前でいうのは忍びないのですが、警察に恨みを持っていてもいいくらいの人間でしょう? その言葉をすべて鵜呑みにするというのは、まるで犯行の攪乱が目的でもあるかのようで、何か嫌なんですよね」
と、黒岩刑事は、桜井警部補に、申し訳なさそうな顔を見せていたが、それでも、目は毅然としていた。
「二人のいうことはもっともだと思う。今のところは、二人の証言と、先ほど出てきた主婦の証言しか手掛かりがないわけだからな。そういう意味でも、もう一度事件を洗い直す必要はあるだろうな」
と、桜井警部補は言った。
話をしているうちに、防犯カメラの、犯行時間前後の状況が解析された。
その内容は、今までに分かっていることとほぼ変わりのないものでしかなかった。そういう意味では肩透かしであったが、
「落胆することはない。これでハッキリとしたことだってあったわけだろう? 証言が証明されたわけだ。それを落胆するということは、君たちが完全に管理人や松岡君の言っていることを、端から信じていなかったということなんだよ。今度は、証言は正しかった ということを前提にして、その中から、矛盾であったり、今まで気づかなかった部分を洗い出すことが、事実に近づくことになるんだ。私がよく言っていることだが、真実よりもまずは事実を解明することが大切なんじゃないかな?」
と、桜井警部補は言った。
「一つ気になったことがあったんですが」
とふと山崎刑事が思い出したように言った。
「どういうことだい?」
「あのマンションというのは、川の土手のようなところに建っているんですよね? いわゆる法地というんですか? あそこって、正面が土手側になっていて、いわゆる正面玄関がロビー階の、3階ですよね? 8階建てということになっているから、正面から見ると、6階建てのマンションに見える。だから、正面から見れば、5階に配達しようとすると、7階に行ってしまうでしょう? しかも、通路は、マンションの正面とは反対だからね。その高さに錯覚を覚えて、自分がどこにいるのか分からなくなって、とりあえず708号室に行くと、何か見てはいけないものを見てしまい、それが毒で死ぬところだったのかも知れない。ちょうどその時、5階には松岡君がいる。それも分かっていて松岡君に、見てもらおうと考える……」
とそこまで行って、山崎刑事は暗礁に乗り上げたようだ。
「山崎君、君は非常に核心部分を掴んでいるようだけど、まだ整理できていないのか、情報が少ないのか。とりあえず、もう少し整理して考えれば、もっと真相に近づくことができるかも知れないね。ちなみに真相というのは、真実と事実の間の、まだ事実に近い方ではないかと、私は思っているんだ」
と、桜井警部補はそういった。
一つだけ正しかったのは、例の救急車を呼んでほしいと言ったのは、配達員だった。彼は、目撃者にされてしまったのだが、後ろめたいことがあるので、その場から立ち去った。それも、犯人の計算だったのだ。
大団円
この事件が急転直下したのは、松岡君の、「手柄」だった。
松岡君は、実はこの事件の真相までは分かっていなかったが、仲間の配達員である平松君が、このマンションで、山岸という男の手玉に取られているということに最近気づくようになってきた。
いつも決まった時間に、山岸は、508号室に、入っていた。その部屋は別の人の名義で借りさせて、実はそこを、SMの巣窟として使うことにしていたのだ。一度は引っ越していったのだが、自分があのマンションに住んでいた時、自分の情婦でSMの女王様として、風俗界では、名が通っていたのだが、それをSMのプロである山岸がM女であることを見抜き、ゆっくりと調教することで、すっかり、ドM奴隷に仕上げてしまったのだ。
本人である女王様も、自分のそんな性癖を暴かれた悔しさはあったが、完全に、山岸を崇拝するまでになっていたのだ。その女というのが、川崎明美だったのだ。
彼女は、今は、スナックに勤めていたということで、それ以上の過去を暴くまではしなかった。なぜなら、彼女は被害者でもなんでもなく、ただの行方不明者であり、犯人としての決定的な事実もなかったので、警察はそこまで踏み込んで捜査するわけにもいかなかった。
それも、計算ずくだったようだ。
もっとも、山岸が殺されるというのも、最初から犯人の本意だったのかどうかも分からない。