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後味の悪い事件

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「そういう感じではないかとSMクラブの人は言っていましたが、山岸を見る限りでは、どの部分が突出しているのか、ハッキリと分からなかったというんですよ」
「分からないなどということ、あるんですか?」
「ええ、あるみたいですよ。稀だとは言っていましたが、だからこそ、怖いじゃないかっていう話でしたけどね」
 と、いう二人の刑事の会話を聞いていて、
「山岸が、大学の准教授で、何かを研究している研究者だということを考えると、こんな言葉を思い出したんだがな」
 という桜井警部補を見ながら、二人は同時に、
「どういう言葉ですか?」
「神なき知恵は、知恵ある悪魔を作るものなりという言葉なんだけどな」
 と、偶然か、松岡君の大学に飾られている教訓を桜井警部補は口にした。
「聞いたことないですね」
 と、二人とも頭を傾げた。
「神なき知恵というのは、モラルや秩序のない知恵という意味さ。要するに、モラルや秩序のない知恵は、どんなに便利なものであろうとも、それを使うと、悪魔にしかならないということなんだ。科学がどんなに発展しようとも、それを平和利用しなければ、悪魔しか作り出せないということさ。まるで核開発や禁止兵器の開発のようではないか?」
 と、桜井警部補は言った。
「そうですね。知恵ある悪魔というのは、知恵があるだけに、対抗しにくいですよね」
「そうなんだ。だから、上ばかり見ていて、足元を見ていないと、動いていないつもりで、お、気が付けば、底なし沼に足を踏み入れている可能性だってあるということさ。だから、神なく知恵と言われるモラルや秩序のないものは、一方向しか見ずに、気が付けば、底なし沼に嵌っていて抜けられなくなるようなものなのさ」
 と、桜井警部補は言った。
「それは我々にも言えることではないですか? 我々には警察としての公務であれば、逮捕であったり、人を拘束だってできるわけだけど、だからといって、感情に任せると、とんでもないことになる。それだけ厳しい商売ということですよね? だから、二親等までの間に犯罪者がいれば、警察官になれないなどという、普通の人が考えれば、なんとバカバカしいと思えるような話になったりするんですよね」
 と、黒岩刑事が言った。
「そうなんだよな。権力をかさに着るというのは、ある意味、神なき知恵を持っていることであり、そんな連中ばかりになると、知恵ある悪魔が増えてしまうということ、そのためには、行き過ぎを戒める必要がある、そういう意味で、あまり厳しすぎる規則は却って反発を生み、知恵ある悪魔が生まれる土台を作ってしまうのだろうな」
 と、桜井警部補は言った。
「ところで、そんな山岸が殺されたわけだが、そのことについて、何かクラブの人たちは言っていなかったかい?」
 と聞かれた黒岩刑事は、
「言っていたというか、最初からSMクラブの人は、山岸だったら、何をやってもおかしくないと思っていたようです。そもそも、SMクラブに来るようないわゆる素人のSM愛好家というのは、そういう危険性を裏に持っているものだということなんですよね。その感情をうまくコントロールして発散させてやっているのが、SMクラブであり、ここにきていることが悪いということではないというんです。ここにきている人は、ある意味リハビリのようなもので、意識もなく、予備軍のような人が一番怖いのだといいますね」
 と、いうのだった。
「じゃあ、山岸という男がSMクラブにはストレス解消で行く分には問題ないと?」
「そういうことになるでしょうね。でも、クラブの人でも、時々、山岸が怖くなると言いますね。女王様の中には、真剣山岸にNGにしている人もいると言います。本当に怖いことだと思います」
 と、黒岩刑事は、くわばらくわばらと言ったところであろうか。
「そういえば、SMというか、異常性癖ということについて、一つ小耳に挟んだことがあったんですが、例の508号室で、一度、変な声が聞こえたということで、近所の奥さんが、それを聞いて怪しく思ったんだそうです。その時、扉はロックを掛ける金具で抑えていて、半分開いた状態だったらしいんです。そのうちに、まるで首でも絞められて苦しんでいるような声に聞こえたので、これはいけないと思い、衝動的に入ってみると、そこで全裸の男女が、性行為をしていたというんです。それも普通の状態ではなく、まるでSMクラブのような光景だったというんです。もちろん、実際には見たことはないけど、テレビなどで見た光景を思い出したというんですね。その時は顔が真っ赤になって、羞恥心で考えが回らなかったけど、後から思えば、見せつけようとしていたように思えたというんですね」
 と言いながらも、どこか苦虫をかみつぶしたようにいう山崎刑事だった。
 聞いている方も、正直、
「こんな話はなるべくなら聞きたくないな」
 と思っていることであり、
「一体どういう育ち方をすれば、そんなことができるような人間になるのだろうか?」
 と考えてしまうほどであった。
 その時に見たのは隣の奥さんだというが、その奥さんが、詳しい話を覚えていて、詳細に話してくれたのだが、さすがにこの操作本部でそこまではいえないということで、黒岩刑事の頭の中だけに収めておいたが、その内容はリアルすぎて、頭の回転が鈍ってしまうほどであった。
 男が女を、椅子に縛り付けていたという。その椅子というのは、籐椅子と呼ばれるもので、後ろの背もたれがやけに大きく、まるで蝶が羽根を開いているかのような、バタフライを末広がりにしたような模様に見える椅子だったという。
 そこに全裸で座らされ、女は足を大きく開いて、腕を置くところに両腿を縛り付けられ、
「これ以上恥ずかしい恰好はない」
 と言わんばかりだった。
 女である主婦が見ても、同じ女としてよく分かっているはずの陰部も、まるで初めて見せつけられたような感じで、下手をすれば、男性器よりも露骨でいやらしいものだったようだ。
 ただ、それだけならまだいいのだが、男が、主婦の見ているにも関わらず、
「このメス豚が」
 と言って、陰部をまさぐっていたというのだ。
 主婦の方では、見てはいけないと思っても、ここまで露骨に見せられると、脳内で破壊されたものがあるのを感じ、思わず見てしまう。
 すると、女は涙を流しながら、
「見ないで」
 といったのだそうだ。
 そうなると、主婦の方も、見ないわけにはいかない。
「嫌々するのも好きうち」
 と誰かが囁いているのが聞こえてくるようだった。
 ここでの登場人物は三人が三人とも、実に恥ずかしい精神状態に包まれているのだが、それが分かってきたのか、主婦も開放的に感じるようになったという。
「恥ずかしい」
 であったり、
「見ないで」
 というのは、心とは裏腹な心境が叫んでいるだけのことである。
 そして、奥さんは言った。
「あの雰囲気は相手に見せつけるということによって、自分の本性をあらわにすることも否めないことを証明するようなものだ」
 というのだ。
 それを聞いていた黒岩刑事は、
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次