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後味の悪い事件

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「これは一種の芸術用語と言ってもいいのでしょうが、道徳や秩序のようなことではなく、とにかく、美というものを最優先として求められる芸術のことを言うんだそうです。私は高校時代に、昔の探偵小説などをよく読んでいたんですが、犯罪をまるで芸術作品のように、見せびらかすような話があったりしたんですね。それはあくまでも、犯人の陽動作戦だったんですが、被害者を花で飾ってみたり、博物館の造形作品のように大衆に見せびらかせたりする、そういうやり口です。美を皆に見せびらかせるわけなので、露出狂ということでもあるでしょうね。そのような犯罪を、耽美主義的な犯罪として、昔の探偵小説には多かったですね」
 と、山崎刑事は言った。
「そういう小説を私も読んだことがある。ただ、私には理解を超えていたけどね。でも、昭和の時代などでは、そういう犯罪を真似た、模倣犯のようなものも流行ったような気がして、私はその時、元々のそういう小説が書かれたことが、犯罪に結びついたんだって、単純に考えたものだったよ」
 と桜井警部補がいうと、
「私もそう思うんですが、他に考え方ってあるんですか?」
 と山崎刑事がいうのを聞いて、
「その考え方を表に出してしまうと、小説の世界を冒涜してしまうような気もするんですよね。娯楽小説なのだから、本来であれば、真似をするやつが悪いのであって、犯罪が起きなければ、この小説は面白いといって、評価されると思うんですよ。あくまでも、犯罪が起こるか起こらないかというのを、作家が責任を負う必要があるんでしょうか?」
 と今度は、黒岩刑事が言った。
「まあ、確かにその通りだと思うけど、科学者などは、開発したものを実際に使用する政府が、平和利用で作り出したものを、兵器として使えば、その責任は科学者にあるといえるのかな? 生み出した人に責任はないとはいいがたいが、それを実行した人にすべての責任があるのではないか?」
 と桜井警部補が言った。
「世の中には、我々の思いもしないような性癖の持ち主がいたりするので、気を付けないといけない。でも、実際に定期的と言っていいのか、猟奇犯罪などが、多発する時期というのはあるからな」
 と桜井警部補は続けた。
「猟奇犯罪の中には。快楽殺人なるものもあったりして、そういう人は動機という点において、分かりにくいところが多く、しかも、連続して反応に至るという性質もあるんじゃないでしょうか?」
 と黒岩刑事がいうと、
「それはそうでしょうね。なんと言っても、猟奇殺人を行う人の多くは、自己満足を得ようとするわけですよね、そして、その自己満足がエスカレートして、一度犯行を犯して満足しても、すぐにまた我慢できなくなって、犯行を行う。しかも、一度目で感じた快楽を求めるには、さらなる興奮が必要になるので、連続すればするほど、犯行はエスカレートしてくる。これが猟奇犯罪のパターンじゃないでしょうか?」
 と山崎刑事が続けた。
「ところで、山岸の性癖というのはどういうものなんだい?」
 というのを桜井警部は聞いた。
「彼の場合は、いくつかあるようなんですが、話を聞いている限りでは一番の共通点としては、どうも、露出にあるようなんです。いわゆる、わいせつ物陳列罪や、公然わいせつ罪に当たるというようなものだといっていいのでしょうか? 最初の頃は、夜に裸でコートを着て、女性が歩いている前に立ちはだかり、コートの前をはだけさせるという、いわゆる露出狂の一番多いパターンだったようです」
「なるほど、それくらいなら、まだ幼稚だといえるだろうね」
「ただ、そのうちに、そんなのでは我慢できなくなり、犯罪とは少し遠ざかったのですが、SMクラブに通うようになったようです」
「彼は、露出だけではなく、SMもあるのか?」
「露出というのも、一種のSMのようなものですからね。SMというと、プレイのイメージが強くて、ムチやロウソクなどの道具を使って、相手をいたぶったり、女王様から羞恥プレイを受けたりというのが一般的ですが、そもそもは、サド、マゾの性癖が発展したものだから、露出もSMの一種だといってもいいのではないでしょうか?」
「SMというのは難しいな」
「でも、人間誰しもが、SかMのどちらかを持っていると言われていますからね。もっとも、両方いける両刀使いという人もいたりして、そういう人が、SMクラブの女王様だったりするんじゃないですか?」
「言われてみれば、自分に置き換えてみると、確かにどっちかに寄っているような気がするな。ただ、それを抑えるのが理性であり、理性があるから人間なのだといえるのではないだろうか? この山岸という男はどうなんだろうね? 気が弱い性格なのだろうか?」
 と、桜井警部補は感じた。
「彼のことを、常連のSMクラブで聞いてきたんですが、彼の場合は、S性からの露出が強いのではないかと言っていましたね。でも、露出がひどいのは、Mに目覚めたからではないかというのも彼女の意見で、女王様の自分の言葉に従順になるのは、自分に自信がないからではないかと言っていました」
「自分に自信がない?」
「ええ、えてしてそういう人も多いらしいんですが、自分に自信がないから、Sになりきれない。Sになりきれないくせに、Sではないと思われたくないという気持ちから、露出を求める。つまり、露出というのが、一番自分の性癖を表しやすいということのようなんですよ」
「なるほど、気が弱いやつほど、よく吠えるというやつだな。だとすると、本当のSなのかどうかというのを見抜くのって結構大変じゃないか?」
「ええ、もちろん、そうです。だから、SMプレイというのはm素人が簡単に手を出すと危ないとよく言われるでしょう? SMプレイをうまく操るには、どちらかが、絶対に従順であり、その従順な相手に対して絶対的な自信を持っている人でなければ、プレイの内容がきわどいだけに危ないということなんですよ」
「なるほど、紙一重のところで、お互いが意思の疎通をしていかないといけない関係だということだな?」
 と、桜井警部補がいうと、
「そうです、まさにその通りです」
 と黒岩刑事が言った。
 彼も、SMクラブでの聞き込みの間に、かなりショッキングな話を聞いたのかも知れない。実際に、プレイも見たのかも知れない。しかし、それだけに、アブノーマルなプレイは、少なくともどちらかがプロで、プロでない方は、相手に全幅の信頼を置いていないといけないという難しい関係なのだろう。
「だから、SMクラブのプロの人から言わせれば、素人がプロの真似をしたり、小説や映画で表現されているようなことを、自分にもできると思って、安易にやってしまうのが一番怖いと言いますね。生命の危険もそうなんですが、もしうまくできたとして、その人が理由もなく、自分がSなんだと思ってしまい、相手は誰であってもうまく行くなんて思ったり、次第いエスカレートしてしまって、収拾がつかなくなってしまうことで、自分を抑えられなくなるというのが一番怖いと話していましたね」
 と山崎刑事がいうと、
「じゃあ、そういう傾向に、山岸という男は傾いているということなんでしょうか?」
 と、黒岩刑事が聞いた。
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次