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後味の悪い事件

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 と言って、手を横に広げ、持ち上げる形で、
「やれやれ」
 と表現したのだった。
「なるほど、それで結局君は、猫の声を何か怪しいとは思ったけど、他の配達もあったので、その場を離れたということかな?」
 と言われて、
「まあ、そんなところですね」
 と、お茶を濁したのは、本当は他の配達が入っているわけではなかったからだ。
 お世話になった桜井警部補に、しょうがないとはいえ、ウソをつくのは忍びない。しかし、桜井警部補が知りたいのはそんなことではないというのが分かっているので、それ以上のニュアンスを感じさせるようなことはしなかった。
「それにしても、猫がうるさかったというのは、妙だね? まるで誰かがいるような雰囲気だったんだろう?」
「ええ、そうですね。あのマンションは、ペット可なので、ペットがいるのは何となく分かっていたんですが、猫が飼い主のいない時に変な鳴き方をするというのもおかしな気がします。誰かに叩かれているような声だったからですね」
 と松岡君がいうと、桜井警部補は少し考え込んでしまった。
「山崎君を読んできてくれるかな?」
 と一人の刑事にいうと、少しして山崎刑事が駆けつけてきた。
「桜井警部補。何でしょうか?」
 と、桜井刑事を見ながら、隣に座っている、松岡君を横目に見た。
「君は、確か、グラスコートを調べていたと思うんだけど、508号室は、ペットを飼っていたかね?」
「ええ、猫を飼っているようです」
「今はどうしてる?」
「飼い主がいなくなったので、とりあえず、管理人さんに預けています」
「そういえば、あの部屋の住人がいなくなったのはいつからなんだい?」
 と桜井刑事が聞くと、
「えっ、いなくなったんですか?」
 と、松岡君が今度はビックリして訊ねた。
「ああ、そうだよ。君が配達に行った時には、誰もいなかったんだよね?」
「ええ、そうです。何度も呼び鈴を押しましたからね。それでも出てきませんでした」
 というと、
「ということは、君は注文を受けた時に、相手の声を聞いているわけではないんだね?」
「ええ、そうです。そもそもクーパーイーツというのはネット注文で、注文するサイトに入って、そこからメニューを選んで注文する形なんです。会員制ですから、住所なども最初から登録されているので、僕たちは、それを誘導数形で本部から、ネットで指示がくるんです。だから、その通りに行動するだけです」
「じゃあ、お客さんと接する機会は、配達に行った時だけなんだね?」
「ええ、そういうことになります。だから、僕は今回。この人とは会っていないんですよ」
 というと、
「今までに配達に行ったという覚えは?」
「ありません。たぶん僕にとっては、初めてのお客さんだと思います」
「なるほど、だったら、あの部屋の住人が行方不明になったのは、注文をした後とは限らないわけだ。まったく面識もなく、声も聴かずに注文ができるのであれば、誰かが注文しておいて、それで配達させるということもできるわけだからね。まあ、もっとも、注文も電話だとしても、声だけでは、本当に本人かどうか分からないでしょうからね。それに電話だって、公衆電話からすればいい」
「そうですね。ネットからでも、パスワードさえ知っていればいくらでもできますからね。そういう意味で、もし、本人が注文したのではないとすれば、よほど親しい人だったのかも知れないですね」
「どうしてなんだい?」
 だって、注文するには、下手に他の人が嫌がらせなどで注文できないように、会員番号だけではなく、パスワードが必要なんですよ。普通だったら、教えたりはしないけど、同棲している彼氏だったり、家族だったりなら、教えることもあるでしょうね。そういう意味で、簡単に本人がパスワードを教えるだけの親しい間柄ということになるんじゃないでしょうか?」
 と、松岡君は言った。
「なるほど、私などは、あまりそういうシステムを使うことはないので、本当に疎いんだが、松岡君に教えてもらえると心強いよ。後、もし他に思い出したことや気づいたことがあれば教えてくれると嬉しいな」
 と、桜井警部補は、わざわざ嫌いな警察を訪ねてきてくれた松岡君に、敬意を表していた。
 松岡君は、そこでしばらく桜井警部補と昔話をしていたが、その間に、山崎刑事は、今の情報をもとに、裏取りと、もう一度、今度は証言を踏まえた状態で、捜査をしてみることにしたのだ。
 松岡君の話を聞いている限り、508号室の住人は、クーパーイーツに注文をして、配達させたが、部屋には誰もいなかった。そしてその時に、猫の少し異常な声が聞こえたという。
 そして、留守だったので、松岡君は保温バックを表に置いて、そのまま帰ったという。その時はまだ、状況として、こんなことになっているなど思ってもいなかったので、そのままマンションを出たということであろう。
 時間的には、そのあと、30分くらいの間に、救急車が到着したということになる。その時は日も暮れていて、救急隊員が急いで部屋に入ると、そこには、もう絶命した被害者がいたので、
「警察に連絡を入れてください」
 ということで、110番からの、警察がやってくるということだったようだ。
 それにしても、殺害された人が前に住んでいた部屋の今の住人が、行方不明になっていて、その行方不明になったのがいつからなのか分からないが、偶然なのか、ほぼ同じくらいの時間に、デリバリーを頼んでいる。
 しかも、いつもこのあたりを回る配送員としては、初めての注文だったという。
「これは、本当にただの偶然なのだろうか?」
 と。山崎刑事は考えていた。
 とにかく、一刻も早く行方不明の、川崎明美を探す必要がある。それは、先ほどの松岡君の証言が物語っているということではないか。
 山崎刑事は、まず、もう一度管理人に話を聞いてみるしかないと思った。マンション全体のことを分かっていて、一番今事件に関わりのある人の一人だからである。
 さっそく、山崎刑事は、管理人の杉本のところに行き、松岡君の証言を話した。
「なるほど、クーパーを雇っていたんですね?」
「ええ、そうなんです。何か気になることありますか?」
 と聞かれた管理人が一言言ったのが、
「このマンションは、このあたりの土地の特徴で、法地になっているのはご存じですか?」
「というと?」
「法地というのは、ここの川の土手や、山の麓や裾野に見られるマンションなどの建て方に特徴があるんですが、要するに斜めになった土地に建っているということなんですね」
「ええ」
 と、山崎刑事は、管理人が何をいいたいのか、正直よく分からないと思いながら聴いていた。
「つまり、このマンションの場合は、私がいるロビー階が、いわゆる正面玄関なんですが、ここが一階ではないんです。ここは、3階部分になるんですよ。だから、実際の住居は四回部分から、最上階の8階までで、正味、1階部分がロビー階として考えると、6階建てのマンションと変わらない構造なんです」
 と管理人は説明した。
「じゃあ、1階と2階部分は何になるんですか・」
 と山崎刑事が聞くと、
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次