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後味の悪い事件

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 それに、K警察の署長が、桜井を自ら指名したという。K警察の署長は、以前、桜井が刑事をしていた警察署で、副署長をしていた。その時に刑事課のウワサで、
「桜井刑事は、実に切れる」
 ということを聞きつけていたので、当時から注目していた。
 そこで、今回桜井が警部補に昇進したということが分かったので、すぐに、彼の転属を希望したのだった。
 それが、人事の方と合致したこともあって、とんとん拍子に話が進み、もう他の人との間での選択肢はなくなっていた。
「桜井君には、K署に行ってもらいたい」
 と、署長に言われ、
「喜んで」
 と答えたのは、桜井警部補の方も、以前から尊敬していた元副署長が署長をしているというK警察への赴任だったので、この、
「喜んで」
 と言った言葉もまんざらではなく、本心からのことだったのである。
 人事において、ここまで相思相愛の赴任というのも、実に爽快で、まるで竹を割ったような潔さが感じられ、
「人事って、いつもこうだったらな」
 と、思われるほどだったのだ。
 署に戻ってしばらくすると、鑑識から正式な報告が上がってきた。
「死因は、毒殺、青酸カリによるもの。そして、青酸カリが入っていたと思われるものが現場から消えていることで、殺人であると断定。そして、死亡推定時刻は、初見のように、通報があった午後五時の一時間くらい前、それが、ちょうど、管理人の話していたような、救急車の要請があってから、少ししてのことだということで、証言との辻褄は合っている」
 ということであった。
 それを聞いて、桜井刑事は口を出した。
「ということは、この事件を犯人は、殺人事件にしたかったのかな?」
 と言い出した。
「というのは?」
「わざわざ青酸カリの混入したものを持ち去っているわけだろう? そんなことをしなければ、自殺の可能性だって警察は考えるはずなのに、何も凶器になったものを持ち去るということは、殺人事件になったとしても、それを持ち去らないといけない何かがあったということになるんじゃないかな?」
 と桜井がいうと、
「そうかも知れないですね。指紋がついていたりしたのかな?」
「だったら、拭き取って、その後で被害者に握らせえるとかできたでしょう?」
 と、部下の黒岩刑事が口を挟んだ。
「よほど時間がなかったのか、それとも、死後硬直が始まっていて、握っていたのと同じような場所に指紋をつけるのが難しかったのではないかな?」
「それは考えられると思いますね。でも、これで殺人事件と断定されたわけなので、捜査本部ができることになりますね」
「うん、そうだな」
 ということになった。
 その言葉通りに、翌日には、捜査本部がさっそくできることになった。とりあえず、捜査官は、8名ほどで編成されることになった。
「では、黒岩刑事から、今回の事件のあらましを説明していただきましょう」
 ということで、黒岩刑事は、分かっていること、事情聴取したことを、時系列に沿って話した。
 話の内容のほとんどは、前述のような、管理人の杉本が話したないようだった。
「この話のほとんどは、管理人の杉本氏の話からです」
 ということを、黒岩刑事はいうのを忘れていなかった。
 そして、これも前述のような鑑識の話も織り交ぜる形で報告が行われ、桜井警部補が口を開いた。
 桜井警部補の立場としては、
「現場責任者」
 ということであり、本部長には、警部の門倉氏が就任していた。
「この事件では、まだいろいろな謎があると思います。言い換えれば、分かっていないことがたくさんあるのではないかということですね。まず一つは、被害者が殺された708号室という部屋は、被害者の部屋ではなく、一年前に引っ越していった男だということですね。そして、ちょうどこの部屋の住民である女性は、2日前から旅行に出かけているという。それともう一つは、管理人にインターホンで連絡を入れ、救急車の手配をさせた男がいるということ。どうしていなくなったのかということもありますね。死んだのを見て怖くなったというのは、逆だと思うんです。消えてしまえば、却って疑われますからね。まだまだ他にもいろいろ疑問点はありますが、とりあえず、ここからになりましょうか?」
 と桜井警部補は言った。
「一年前に引っ越していったということですが、その時に何かのトラブルがあったというような話は聞いていないということです。これは管理人と、マンションの数部屋に聞き込みをしたところでの話ですけどね。そして、被害者の山岸という男ですが、実に暗い目立たない人物だったようで、一年前まで住んでいた部屋の近くの住民によれば、顔も覚えていないほどで、挨拶すらしたことがなかったと言います。それほど、陰気で人を避ける性格の男だったようですね」
 と黒岩刑事が報告した。
「その山岸という男が住んでいた部屋というのは?」
「508号室で、今度の殺人のあった、ちょうど2階下の部屋になりますね」
「なるほどそういうことなんだね? じゃあ、そんな陰気な山岸だから、管理人が顔を見ても分からなかったというのも、理屈に合うかも知れないね」
「そうですね、あの管理人は結構下の受付にはなるべくいるようにしているということなので、住民の顔は認識しているということでした。でも、さすがに山岸さんだけは1年経ってしまえば、忘れていても無理もないと私も感じました」
「ところで、肝心の708号室の川崎明美さんですが、その後、どこに旅行に行ったのか分かりましたか?」
 と聞かれた黒岩刑事は、
「それが、部屋の中をいろいろ物色したのですが、妙なことに、旅行のパンフレットや連絡先のメモなどに、どこか旅行に行くようなことを書き残しているわけではないようなんです。川崎さんという人は、カレンダーに予定があれば、それをちゃんと書いているんですが、2日前の日付のところには、花丸というんですか? 目立つように日付をデコレーションしているんですが、肝心の予定については、アルファベットのTという文字が書かれているだけで、それが何を意味しているのか分からないですね」
「旅行先のイニシャルじゃないのか?」
 と桜井警部補は言ったが、
「でも、旅行先をわざわざイニシャルで書きますか? イニシャルで書くというのは、何か後ろめたいことがあって、その名前を書けないからイニシャルでごまかすというのはよくありますけどね」
「じゃあ、今度の旅行が不倫旅行で、不倫相手がすべて計画しているから、あの部屋に旅行関係の資料がなかったとも言えるんじゃないか?」
「そうかも知れません。私はそこから先を想像していて、今回の旅行は、彼女にとって、いや二人にとって、あまり楽しくないものではないかと思えるんですよ。旅行にいくのかと聞いた人に対して、苦笑いをしたというのは、あまり気が進まない旅行だったのかではないかと思ってですね。だからカレンダーにもイニシャルだけを書き込んだとかですね」
「それは言えるかも知れないな。ひょっとすると、不倫の清算のための旅行で、ひょっとすると、思い出作りのつもりだったのかも知れない」
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次