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後味の悪い事件

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 それだけ、頭の中が混乱していて、当たり前のことであっても、納得できるようになったこの状態を、何かのよりどころのように感じたのだった。
「それが、事故なのか事件なのか、よく分からないんですが、マンションの部屋で一人の男性が死んでいるんです」
 というと、相手は要領を得ないという感じであったとは思うが、
「じゃあ、どちらも考えられるということですね?」
 というと、
「ええ、とにかく、来ていただければ分かるかと思うのですが、最初に救急車を呼んだのですが、救急隊員が、この人は死んでいるので、警察に連絡してほしいと言われたんです」
 というと、
「分かりました。では、係員を急行させます」
 ということで、ここの場所と自分のことを聞かれた。
「場所は、A市のプラザコートというマンションの、708号室になります、私は管理人で、救急車の手配も私がしました」
 と説明すると、
「分かりました。係員が行くまで、お待ちください」
 ということで、とりあえず、管理人室に戻ることもできず。警察が到着するまで、死体を一緒にいなければいけないことに対して、たまらない気持ちになっていた。
 もちろん、死体や現場のものを動かしてはいけないことは分かっているが。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、指紋をべたべたといろいろなところに残してしまった。それが少し気がかりであった。
 それにしても、最初の通報者というのは誰だったのだろう?
 その男が誰なのか、声に聞き覚えはない。その男が介抱している最中に死んでしまい、怖くなったので逃げたというのであれば、それはあまりにもおかしい。疑われるのは分かり切っていることだからだ。
 それに、先ほども感じたが、なぜ自分から救急車を呼ばなかったのか。
 本人は医者で、助けることができると思っていて、念のための救急車だったのか?
 この考えはさすがに突飛すぎるだろう?
 しかし、その男には何か時間的に、どうしても行かなければいけないところがあり、そのため、救急車を呼んでもらったとすれば、その場にいなかったというのは、人道的な意味において、決して正しいことだとは言えないが、その人にとってみれば、それだけ切実なことだったのかも知れない。
 そう考えた方が一番しっくりくる。慌ただしいのも嫌いなのかも知れない。
 自分が運悪く、苦しんでいる人を見つけてしまったが、さすがにそのままにもできない。
 救急車を呼んで、そこでいろいろ尋問されるのはたまったものではない。仕方がないので、管理人に連絡をした。
 管理人が救急車を呼んでくれている間に、自分はお役御免となってしまえば、自分の責任もないだろうと考えたとすれば、無理もないことだったのかも知れない。
「管理人なんて、しょせんはそんな仕事なんだろうな」
 と、管理人は思ったが、とにかく、死んでいることは間違いない。
「この部屋が犯行現場だったら、嫌だな」
 と、この部屋が事故物件になってしまうということを、さすがは管理人。最初から分かっていたことだった。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではない、この状況を警察に説明して分かってくれるだろうか?
 最初に救急を頼んだ人物がいて、その人物が消えていた。
 しかも、そのことをいかに説明すればいいのか、それによって、自分が微妙な立場になることは、分かり切っていることだった。
「まさか、あの男、それを加味して、この私を事件に引っ張り込んだのだろうか?」
 などということを考えないわけにはいかなかった。
 これが本当は事故なのか事件なのか、それとも自殺なのか、警察がいかに捜査するかということであろう。
「被害者の顔もハッキリとは分からない。あの部屋の住人の顔は?」
 と考えたが、パッと考えて、このマンションには、少なくとも50世帯分の部屋がある。その中で8割がたくらいの世帯が入居している。家族での入居が多いだろうから、一世帯2人から3人と考えても、100人前後の人が入っていることになる。
 毎日集まりがあって顔を確認するわけではない、皆出勤も通学もバラバラだ。いつも管理人の受付にいるわけでもない。そういう意味で、どの部屋に誰が、どんな顔の人が住んでいるなど、ほぼ知らないのは実情である。
 だから、あの死体を、この部屋の住人かどうかを確認することはできない。
 別に契約書にも顔写真が張っているわけでもない。警察から、
「この部屋の住民ですか?」
 と聞かれても、管理員では分からないことくらい、警察でも察してくれるであろうと勝手に思っていた。
 このマンションは、階上に行けば行くほど、家主は年配が多く、家族の平均年齢が高いような気がした。ただ、中には離婚する人も少なくないようで、今では一人暮らしという人も決して少なくないということであった。
 これは、あくまでもウワサを聞きつけた程度であろう。それに、それはどのマンションにも言えることで、そっちのウワサを、自分のマンションにも勝手に結びつけて考えたのかも知れない。
「確かあの死体はうつ伏せになっていたよな。一人取り残された時間があったが、気持ち悪いという思いと、死体やまわりのものに勝手に触れたり動かしたりしてはいけない」
 ということが分かっていただけに、余計なことはしないようにしようと思っていたのだった。
 このマンションが建ってから確か40年以上が建つという。時期的には、このような高層マンションの先駆けと言ってもいいくらいの、当時としては、最新の技術が使われたマンションだったことだろう。
 途中、修復を重ねて、マイナーチェンジを繰り返していきながら、古さを克服してきたのだろうが、法地に建設されているということもあって、キチンと耐震構造にかけては、問題のないところだと聞いている。
 一時期、耐震構造の問題が大きくクローズアップされたが、このマンションも調べられ、ちゃんと合格していたのだった。
 あれは、世紀末の頃、関西地方で起こった大地震によって、高速道路が横倒しになっていた衝撃の状態を見て、元々、
「少々の大地震くらいでは、日本の耐震構造はビクともしない」
 と言われてきた。
「地震大国日本ならではの、耐震構造」
 と言われ、
「高速道路は倒れることはない」
 という、
「高速道路神話」
 と呼ばれるものがあり、あの時の地震では、完全に予想を裏切ったのだ。
 地震が想定外の破壊力だったというのもあるだろうが、実際にひっくり返った高速道路を見て、日本の、いや世界各国の人がほれほどの衝撃を受けたことか、それを思うと、
「耐震構造を今まさに調べなおしておく必要がある」
 と、ほとんどの人がそう思ったのだ。
 何しろ、それ以降、防災グッズが飛ぶように売れ、
「人間、いつどこでどのような災害に遭うか分からない」
 ということを、目の当たりにすることになったのだ。
 それから、数年かけて、国や自治体で、橋や高速道路、鉄道やマンションなどの住宅の耐震構造を確認してみると、なんと、ほとんどの場所で満たされていないことが判明した。
作品名:後味の悪い事件 作家名:森本晃次