起きていて見る夢
と勝手に思い込んでいたからだった。
だから、きれいな人だと思いながらも口説こうとはしなかった。彼女が中退して田舎に帰った後で、
「実は彼氏などいなかった」
と聞かされて、
「もったいないことをした」
と思ったのだ。
一度だけのデートだったが、悪い経験ではなかった。ただ、一つ気になるのは、彼女は結構わがままなところがあった。どちらかというと、
「お嬢様タイプ」
だったのだ。
しかし、そんな彼女が、大学を中退してまで田舎に帰らなければいけないということで、「さぞや、逼迫した事情があるのだろう」
と思ったのだが、それがどういう理由なのかピンとこなかった。
もう、田舎に帰るんだから、一度くらいデートしてみたいという思いから思い切ってデートに誘ったのだが、なぜこれがもっと前にできなかったのかということを思うと、自分が憎々しい思いだったのだ。
そんな彼女が、ほとんど忘れかけていたところに電話をかけてきた。ただ、そこまでくれば。もう恋愛感情もほぼ忘れてしまっていて、電話で話していて感じるのは、
「懐かしさ」
であった。
その懐かしさをどう感じるのかというと、思い出すのは二人きりの時ではなく、皆と一緒の時に、彼女を意識してしまっていた感情だった。
「俺に少しでも興味を持ってくれたら嬉しいな」
という思いであり、
「こっちはこれだけ気にしているんだから。もう少し俺のことを気にしてくれたっていいじゃないか?」
という半分上から目線の感情だった。
それは、なかなか思うように感情を自分にぶつけてくれないことへのもどかしさのようなものがあったからだろう。それを思うと、懐かしさは、半分、あの頃の自分を恥ずかしいと感じる思いだったのだ。
そんな彼女が、こちらに来ると言って、最初に自分に声をかけてくれたのだ。ただ、ひょっとすると、何人かに声をかけてダメだったからの自分かも知れない。それを確認してもいいものかどうか、迷っていた。
気にはなっているが、この場で聞いて、せっかく思い出してくれたものを無にするというのは、いかがなものかと思うのだった。
夢の仕様
彼女がどこまでのつもりで、松阪に遭いたいと思っているのか、本人には分からなかった。
しかし、松阪本人としては、
「デートなのだから、自分に好意を持ってくれているのは間違いない」
と思っているに違いない。
だが、その気持ちを前面に押し出してしまうと、もし彼女の行為が本物であったとしても、義人暗鬼が芽生えてくることで、必要以上に意識が過敏になってしまい、せっかくの思いを過剰意識によって、崩壊させてしまうのも怖かった。
「会えるとすれば、何日間くらいなんだい?」
と聞くと、
「そうね。三日くらいは大丈夫だと思うわ」
ということであった。
「じゃあ、その三日間、ずっと一緒にいてもいいのかな?」
と聞くと、
「ええ、いいわ。一緒にいてくれるの?」
というその言葉に、何やら彼女の妖艶さが含まれているような気がした。
「うん、できればだけどね」
というと、
「うわぁ、嬉しいな。今まで寂しかった分、いっぱい甘えちゃおうかな?」
と、今度は妖艶さから甘えに代わっていた。
ここまで一言一言でこんなに態度が変わる女の子だったのかと思うと、若干の違和感があったが、男としては、こういう態度を取られると、たまったものではない。実に嬉しいといってもいいだろう。
約束の日は、四日後の月曜日であった。日曜日は、移動と用事を済ませることに従事し、月曜日からは、自由だということで、三日間をめどに、一緒にいられるものだということで、松阪は有頂天になっているのだった。
電話を切ってからも、有頂天な気持ちはなかなか収まりそうもない。
学生時代のりほとは、本当に短い付き合いだった。
二年生の途中で中退していったわけなので、知り合ってから一年も一緒にいたわけではない。
しかも、一年生の間は。
「数いる中の友達の一人」
というだけで、りほ自身も感情としては、そこまで意識していたわけではないだろう。
二人の仲が深まりかけたのは、二年生になってからだった。
一度、デートをしてからのことだったが、デートに誘ったのは松阪の方だった。それまで、女の子をデートに誘うなどということをしたことはなかったので、どのように誘えばいいのか考えていたが、りほ自身が天真爛漫で、気遣いの必要がないほどの女の子だということもあって、誘うのは、思ったよりも楽だった。
要するに、背中を押してくれる人がいればよかっただけで、その時背中を押してくれたのは、りほ自身だったのだ。
彼女は、背中を押したつもりはなかったのかも知れないが、その時、ふと、デートに出かけたその日、
「予定していたことが、キャンセルになっちゃって、その日は開いちゃったのよ」
と言ってきたので、松阪としても、自分に風が向いてきたことを実感し、その風に背中を押された気がした。
そしてその風の元は、りほなので、背中を押してくれたのは、りほだったという感覚になったのである。
想像していたようなデートではなかったが、それはあくまでも、デートというものに固定観念を持っていた松阪の勝手な思い込みがあったからだ。
その時が、人生で初めてのデートだったので、かなり浮足立っていたのも事実だっただろうし、それだけに、余計固定観念があったのだ。
「デートとはこうあるべきだ」
などというのは、理想であって、ただ、その理想を達成することがデートの目的ではないと思うと、理想を叶えられるデートをしてくれる女の子を探さなければいけないと感じたのだが、そんなのは、あくまでも、妄想でしかないと思うのだった。
松阪が、その日のデートで、自分が一皮むけた気がした。
それは、
「デートというものを、もう少し柔軟に見るということで、固定観念に囚われていると、結果、相手を疑心暗鬼にさせてしまうのではないか?」
と考えたのだ。
せっかく、相手が積極的になっているのであれば、何も、男の方が先導する必要はないのだ。相手が頼ってくれば、それを叶えてあげるというのが、一番の目的であり、デートの醍醐味というものではないだろうか。
何もデートには、定型やテンプレートなどというものがあるわけではない。もし、ハウツー本があったとしても、それはあくまでも理想論が書かれているだけだ。強引に事を運んでも、うまく行くはずなどないということだ。
松阪とすれば、その日のデートは自分としては、うまく行ったものだと思っていた。彼女に合わせるところは合わせられたし、自分が主導しなければいけないところで主導できたと思っていた。
思い込みも若干はあったかも知れないが、自分としては、初めてのデートのわりに、うまくできたと思っていた。
りほも喜んでくれていたし、思いは伝わっていると思ったのだ。
「一度のデートだけで、そこまで好きになるということってあるのだろうか?」
と思うほど、りほのことが気になってしまい、
「俺はりほのことが好きになってしまったんだ」
と、後追いで、感情が高まってきた。