起きていて見る夢
「こちらで照会すると、ありませんでしたね。その番号。でも、相手は用心深いので、同じ番号は使わないですよ。少々費用が掛かっても、いくつも口を持っていて、番号を契約しているはずです。でも、ご報告ありがとうございます。最近、またこういう詐欺増えていますので、お気を付けください」
ということであった。
警察は、実際に何か被害がない限り動くことはない。これはあくまでも通報というだけで、警察に何かをしてもらおうとは思っているわけではない。
あくまでもこちらが、
「善意の第三者」
として通報しているだけである。
それを思うと、今は何とも世知辛い世の中になったというものなのか。だから、電話口で、知らない人からの電話かも知れないので、自分の名前を名乗るなど、持っての他なのだ。
そうやって話をしてみると、警察もかなり用心をしているようで、いろいろと教えてくれる。
最近でこそ、変なメールも電話もなくなってきたが、別の方法で、あの手この手と詐欺が横行しているようだ。
本当に住みにくい世の中になったものだ。
警察というものは、基本的には役に立たない。それでも、通報するのは安心感を得たいからだろう。
ここ数年で、世界的な伝染病の蔓延で、新手の詐欺が増えている。
「人の弱みに付け込む」
これこそが詐欺だというものだろう。
だが、そんな詐欺など、その時代にはそんなにはなかった。詐欺を行うにもそれほどメディアの口も多いわけではないので、詐欺になることもない。だから、安心して電話に出ることができるのだ。
松阪が自分の名前を名乗ると、相手は、少し息遣いをしているようで、若干の間があってから聞こえてきた声が意外だったので、ビックリさせられた。
「あ、あの」
その声の主は明らかに女性だったのだ。
「私、中川りほと言いますが、覚えていらっしゃいますか?」
というではないか。
なるほど、声に聞き覚えがあったはずだ。あれは、一年生の時、確か大学を中退していった女の子だった。
理由は、自分のやりたいことを目指したいということだったのだが、彼女が何の道を進みたいといっていたのか、ハッキリと覚えていなかったが、忘れた頃に連絡をくれたというのは、どういうことだったのだろう。
「もちろん、覚えているけど、どうしたんだい?」
確か、りほには連絡先を教えていたはずだ。
いやいや何よりも、一度だけ待ち合わせて二人で出かけたことがあったはずだ。その時、「急遽いけなくなったりした場合の連絡に」
ということで、電話番号を教えたのだった。
りほの番号もその時に聞いていたが、彼女も一人暮らしだったので、大学を中退した時点で、アパートを引き払って、実家に戻ったはずだった。
それなので、今の彼女の連絡先を知る由もない。だからこそ、余計に、
「彼女と連絡を取ることなど二度とないだろう」
と思っていたのだ。
だが、そんな彼女から連絡が入ったのだ。しかもいきなりである・
「お元気にしていました?」
「ええ、元気ですよ。でもどうしたんですか? 田舎に帰ってから、一年近く連絡もくれなかったので、どうしたのかなって思ってね」
「いや、ちょっと懐かしくなって、そっちに遊びに行ってみたいなって思ったんだけど、最初に思いついたのがあなただったのと、他の人の連絡先を知らないというのもあって、ちょっと思い切って連絡を取ってみたんですよ」
それを聞いて、少しうれしくなった。
自分のことを最初に思いついたというのは嬉しいが、それ以上に、連絡先を知っているのが自分しかいないということに、さらなる喜びを感じたのだ。
ということは、少なくとも、待ち合わせてどこかに行ったのが自分しかいないということか。他にいたとしても、他の人の連絡先は廃棄したとしても、自分の分だけは持っていてくれたということで、自分に対しての特別感の半端のないところが、ゾクゾクするほど嬉しかったのだ。
「そうだったんだね。それは嬉しいですよ。でも、忘れられていなかったというのは本当に嬉しい。忘れられていたとしても、思い出してくれたわけですよね。それが、嬉しいんだよ」
というと、
「忘れてなんかいませんよ。松阪君とは、一緒にデートした仲ですもんね」
というのだ。
松阪は、彼女がこっちにいた頃、その日のことを一言もデートだとは言ったことはなかった。松阪も、自分の口からそう言ったことはなかった。お互いに言わないようにしていたわけではない。松阪の心境は、
「ただ、恥ずかしい」
というだけのことだったのだ。
彼女がどういう気持ちだったのか知りたかったが、そのためには、自分の心境を話さないといけないだろう。
それは、さらに恥ずかしいことだった。だからこそ、必要以上に聞いてはいけないのだと思ったのだ。
「やりたいって言っていたことはどうだい?」
と聞くと、少し間があって、
「ボチボチかな?」
というではないか。
「聞いてはいけないことだったかな?」
と感じ、必要以上に聞いてはいけないと感じた。
彼女は黙っていたのだ。
「ところで、今日はどうしたんだい?」
と話題を変えてあげると、
「そうそう、今度そっちに行きたいんだけど、よかったら会わないかな? と思ってね」
「えっ、僕とかい? もちろん会えるなら嬉しいよ。いつのことなんだい?」
と聞くと、
「今度の日曜日なんだけど、よかったら、新町駅で待ち合わせできると嬉しいんだけど」
というではないか。
どうやら、新町駅のあたりに用事でもあるのだろう。あの駅はこのあたりでも一番の都会に当たるところのちょうど繁華街に近い駅になる。賑やかなのは必至であるが、そもそも、りほはそんな賑やかなところは苦手だったはずだ。
以前にデートした時も、最初は映画を見たり、ショッピングをしたりと、そういうところがいいのかと思っていたが、
「私は賑やかなところが苦手なので」
と言って、美術館に行ったり、公園を散歩したりと、本来なら初デートではなく、何度かデートを重ねたカップルが行くようなところを好んでいたのに、いきなり新町駅で待ち合わせということはどういうことだろう?
それを考えると、
「新町駅の近くに、その用事がある場所があるのだろう」
というのが、順当な考えではないだろうか。
「うん、分かったよ。何時がいいかな?」
「じゃあ、正午にしませんか? 一緒に昼食からというのは、いかがかしら?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、お店の方は私の方でキープしておくので、任せておいてね」
「うん、お願いしようかな?」
ということで、その日は電話を切った。
ちょうど、その日は、予定が何もなかった。
「いや、そもそも、休みの日なんて、普段から何もすることないじゃないか?」
と思っていた。
大学生というと、平日すら、授業以外はほぼ自由なのだから、休日だからということで何かあるというわけではない。
夏休みなどのまとまった休みは、長期バイトに勤しみ、後半で旅行に行ったりするのが楽しみだった。旅行と言っても、遠くに行くわけではない。鈍行に乗って、二、三時間くらいのところを拠点にして、そこから、数日、ユースホステルなどを使って旅行する。