起きていて見る夢
しょせん、付け焼刃な八道は相手のことを考えていないものであるが、その場に合わせた対応こそが、いわゆる、
「神対応」
であり、それが、自分の感性にピッタリと嵌っていれば、その相手が、自分にとって理想の相手であり、今後も、近づきになっていくことに、自然と育めるのではないかと思うことで、
「初めてのデートでこれ以上を望めば、バチが当たる」
と言えるのではないだろうか。
その日は、二人は同じホテルであったが、最初は別々の部屋に泊まった。さすがに、いきなりツインというのは、ハードルが高いと考えたが、その考えは、完全に二人の未来を確信してのことであり、そんな確信犯的な態度は、許されることではないと思ったのだ。
これから始まるとしても、最初は、
「親しき仲にも礼儀あり」
というものである。
一つ気になったのが、
「彼女がなぜ俺を指定して、こっちに出てくる気になったのだろう?」
ということであった。
本当は彼女の、それからを聞きたいと思ったのだが、聞くのが怖い気がする。だから、自分のことも敢えて話さなかった。自分のことを話してしまうと、相手も喋らなければいけない雰囲気を作ってしまい。
「黙っているのは悪いことだ」
と思わせてしまえば、本末転倒なことである。
だから、会話にも苦労する。本当であれば、
「あれからどうしてたの?」
というところから始まる会話が、久しぶりに会った相手に対して、一番自然なことのはずなのに、それができないというもどかしさがジレンマになってしまい、会話が進まないことをまるですべて自分が悪いことのように思ってしまうと、自分を苦しめるだけで、いいように進むわけはなかった。
となると、会話が少なくなるのは必然で、こんなに気まずい雰囲気になってしまうとは、想像もしていなかった。
いや、想像はしていた。何をどう話していいのかを考えてきたはずだったのに、それがすべて壊れてしまった。
あの、
「瞬時の記憶喪失」
によって、意識が飛んでしまい、前述のような発想が頭の中でグルグル回ってしまい、そう、まるで宇宙の果てまで行って、また戻ってきたかのような感覚である。
それを思うと、
「今日一日が、本当にあっという間だったような気がする」
と思った。
しかし、この思いは逆に、
「楽しかったということの証明ではないのかな?」
ということでもあり、
「楽しかった時だけ、その日があっという間だったような気がする」
という意識に近かったのだ。
だが、冷静に考えてみると、楽しかったというわけではない日でも、
「あっという間に一日が過ぎてしまった」
と感じることも結構あった。
考えてみれば、
「楽しかったと思う時以外が、時間が長かった」
と思うのであって、別に楽しいというわけではなかった時が、時間が長かったと言っているわけではない。
そういう意味では、矛盾はしていないのだが、何か釈然としない気持ちになるのだった。
「そうだ、一日があっという間だったと思う時というのは、ハッキリと覚えていうことと、忘れてしまったことがそれぞれ頭の中に強くあって、しかも、ハッキリと覚えていることが強すぎて忘れてしまったことを、忘れたという意識すらなくなってしまったことで、あっという間に過ぎてしまったような気がしているだけなのかも知れない」
ということは、
「錯覚なのか?」
と思えてきた。
これは夢の世界とは正反対のことで、夢であれば、覚えていることとすれば、
「怖い夢だ」
ということに、相場が決まっているかのように思えたのだが、起きている時の、
「夢のような時間」
というのは、楽しいことだけではないか。
そうでないと、
「夢のような時間」
とは表現しないだろう。
悪夢であれば、
「この世の地獄を見た」
という表現になってしまい、夢とはまったく違う感覚になるのだ。
「夢なら覚めてほしい」
というのは、あくまでも寝ていて見る感覚で、起きて見る夢は、楽しくて忘れたくない夢を、明快な記憶とともに、覚えているからなのだ。
りほの話を聞けないのは、やはり何かの消化不良のような気がしていた。それを察したのか、最初の日の、ディナーの時間に話を聞くことができた。その日のディナーは、宿泊することにしているホテルのレストランでの予約しておいたディナーだった。
しかも、最上階のスカイレストランは、まさに高級感を表していて、
「百万ドルの夜景」
と言われた街を一望できるオープンビューとなっていて、最高であった。
当時は、そんな言葉もなかったが、今でいえば、まさに、
「サプライズ」
これこそ、男冥利に尽きるというものだった。
そんな夜景の余韻に浸りながら食事をしていて、ほとんど食べ終わり、最高の満腹気分に浸っている時だった。彼女は急に話始めた。
「私がどうしていきなり学校をやめて、田舎に帰ることになったのか、そして、今日、どうして急にあなたに遭いたくなったのか、ずっと気になっていたんでしょう?」
と、りほは言い出した。
最初は、なんと答えていいのか、戸惑ったが、
「うん」
と彼女の顔をまともに見ることもできず、俯き加減で答えるしかなかった自分が恥ずかしくなった。
そんな中で、
「私ね。本当は、田舎に帰って、結婚する予定だったのよ」
というではないか。
これは爆弾発言以外の何物でもなかった。いくら、過去の話とはいえ、いまさらながらに驚いた。というよりもショックだったのだ。
りほのことを少なからず、好まざる相手だとは、思ってもいなかったからである。
いや、
「好きだった」
と言ってもいい。
その気持ちに気づいたのが、りほが田舎に帰ってしまってからのことだった。
「この寂しさはなんだ? 俺はりほのことを好きだったということなのか?」
と、なぜ、一緒にいる頃、気づかなかったのかと思った。
しかし、逆に、一緒にいる時であれば、余計に思いを断ち切ることができず、苦しんだかも知れない。その時は少なくとも、もう目の前にいないのだから、後悔するだけで済んでいるといってもいいかも知れない。
「じゃあ、あれから、田舎に帰って結婚したのかい?」
と言いながら、彼女の薬指を見たが、そこには、あるはずの指輪がないではないか?
「俺と会うために外してくれたのかな?」
と思っていると、彼女も松阪が指輪を気にしているのが分かったのか、左手を見せながら、
「ああ、これ? うん、結局結婚しなかったんだ。ゴネにゴネて、結局親も折れたというわけね。相手も、愛想を尽かせたのか、婚約にも至らなかったわ。でも、それがよかったのか、親もさすがに自分たちがしていたことが、ひどいことだって気づいたのか、それとも、諦めなのか、もう何も言わなくなったの。だって、大学をやめさせてまで結婚させようとしたわけだから、親としても、さすがにやりすぎたと思ったのか、今では、すっかり私の言いなりに近いかも知れないわ」
と彼女は言った。
その言い方は、少し投げやりにも聞こえたが、実家で、何とか暮らしているのであれば、それはそれでよかったと思った。
ただ、今の話では、半分しか答えを聞けていない。