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起きていて見る夢

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 ということになるのだ。
 松阪は、時々、
「一瞬の記憶喪失」
 になることがある。
「若年性健忘症なんじゃないか?」
 と言われることもあるが、そうなのかも知れない。
 ただ、失った記憶が戻ってくることはまずない。それだけ、どうでもいい記憶が多いのか、そんなどうでもいいことの方が、思い出しにくいものだろう。
 例えば、帳簿などをつけていて、数字が合わない時、
「誤差が大きい時よりも、小さい時の方が合わせにくい」
 と言われる。
 それはそうだろう。大きな数字であれば、どこか大きな数字が関わっていて、そこが解決すれば、そこから、ゆっくりと判断していくことができる。
 しかし最初から小さいと、幾重にも重なった間違いと的確に判断し、探していくことが大切だ。
 それを思うと、
「簡単に見えることほど、微妙に差が絡み合ってきて、余計に見えるものも見えなくなってしまうのではないか?」
 と考えられるのだ。
 それが、松阪にとって、
「負のスパイラルの入り口だ」
 と考えるようになったのだった。
 大学は、全国でも有数の高級住宅街と呼ばれるところにあった。だが、それも、地区によって差があった。山間では、有名会社の社長の邸宅が立ち並び、一つの街の〇丁目を、一軒の屋敷だけで占めているなどというすごいところもあった。
 当時では珍しかった、
「電柱のない街」
 でもあり、電線は、すべて地下を這っているのだった。
 屋敷の門から続いている塀には、家紋をかたどった大きな古銭が塗り込まれていて、まるで武家屋敷か忍者屋敷の様相を呈していたのだ。
 さらにこのあたりの特徴として、
「天井川」
 と呼ばれるものが、数か所あり、どういうものなのかというと、
「川が流れているところの下を、電車や道路が走っている」
 というものである。
 この街では鉄道がほとんどで、国鉄が下を走っているのだった。
 なぜ、このような不可思議なことになっているのかというと、災害防止のための一つの策であった。
 この地方では、昭和の初期に、後ろに控えている連山から、豪雨があった時、鉄砲水の被害があったという。
 そのために、川が増水しないよう、なるべく急に流れ落ちる川を作らないために、
「川に合わせた街づくり」
 ということになった時、鉄道が川の下を走るという画期的な策を講じたのが、始まりだったという。
 昔は、もっと多かったようだが、一か所は、鉄道自体が高架となったため、川の上を走っているので、その場所は、
「天井川」
 ではなくなったのだった。
 天井川というと、日本にはさまざまな天井川が存在するが、このあたりは、密集していると言ってもいいかも知れない。
 なんと言っても、この辺りは、狭い範囲に、私鉄が2本と国鉄が並走して走っている。それだけ、主要なところなのだろう。
 鉄道開通も、最初の新橋と横浜間の開通の次の予定地として、このあたりが上がったというのも頷けるというものだ。
「住めば都」
 というのは、このあたりのことをいうのだろうか?
 ただ、ずっとこのあたりに住んでいる人は、そこまでは感じていないようだ。
 というのも、高級住宅街と言っても、一部の人たちだけであって、実際には、人が住める範囲の南部地方では、まだまだ貧しい人たちが住んでいて、
「部落」
「集落」
 などという言葉が残っていて、同和問題の話題としても上がる場所だったのだ。
 要するに、
「貧富の差の激しいところ」
 ということで有名なところで、昔から住んでいる連中にとっては、世間から、この街のことを、
「高級住宅街」
 と言われ、
「そんな高級なところに住んでいるんだ」
 と、ウワサされるのが、実に捻くれた思いにさせられる、そんな自分が嫌だったのだろう。
 それでも、区画整理が進んでいくうちに、そんな部落の人たちがどこに行ったのか、貧しいと呼ばれる人を次第に見なくなっていった。
 行政による強制立ち退きのようなものがあったのか、子供だった友達にもよく分からないという話だった。
 大学のあるあたりも、近くは高級住宅が立ち並んでいる。ただ、大学の近くは、学生アパートなどが多く、それは全国の大学がある街と変わりなかったのだが、駅前などは、喫茶店が乱立していて、さすが、貿易港であることから、コーヒーのメーカーや、洋菓子のブランド店などが数多くあり、逆に、同レベルで低価格という、
「庶民にも優しいセレブ」
 でもあったのだ。
 そんな高級住宅街が立ち並ぶ、当たりから、繁華街がある街中までは、電車で4駅ほどであろうか?
 今まで立ち寄ったこともない当たりも、実はあったりする。観光地や、ショッピング街ばかり歩いていると、見落としがちなところもあったりする。
 実は、この辺りは、昔からの古戦場も多かったりする。なんと言っても、手前は海で、後ろには山が聳えているのだ。天然の要塞であることに間違いはない。
 歴史に造詣の深い松阪は、結構たくさんの、古戦場を回った。さらにここは、戦時中の空襲も激しかったところだ。そういう意味でも、見てまわるには、退屈しないところでもあった。
 りほとデートをしたのは、そんな街中にある美術館だった。都心部から少し離れていたが、近くには動物園もあったり、公園も広がっていたりした。その時、りほが歴史が好きかどうか、聞いてみればよかったと、後悔したものだった。
 だが、今から思えば、りほのことを何も知らなかったような気がする。一緒に出かけた時も、どこに行っていいのか迷っただけで、結局自分で何も決めていなかったような気がした。
 今回はそんなことがないように下調べをしてきたのだが、会ってしまうと、また遠慮してしまって、何も聞けなくなってしまうのではないかと思うと、少し情けない気がしてくるのだった。
 ただ、今回は古戦場に一度案内して、そこから近くにある公園に行こうと思っている。そこから先は、水族館も近くにあるし、変わり種という意味で、少し遠いが、鉄道も通っているので、いけないこともない。
 そこには、日本有数の温泉もあるので、
「隠し玉」
 という意味で、秘密兵器を用意しておいたのだ。
「三日もあるのだから、いろいろ行けるよな。ここからだったら、大阪だって、京都だって行けなくもない」
 と思ったのだ。
 しかし、範囲を広げすぎると今度は疲れてしまう。自分は地元だからまだいいが、彼女は田舎に帰らなければいけないのだ。それを考慮に入れておかなければいけないだろう。
 その日、待ち合わせの新町駅に、相変わらずの早さで到着した松阪は、次第にドキドキしてくるのを感じた。
 人はもっと少ないかと思っていたが、それは甘かった。待ち合わせのメッカと言われる場所に行けば、すべてのベンチは埋まっていて、皆壁にもたれて、待ち人を待っていた。携帯電話やスマホなどのある時代ではないので、
「ケイタイをいじって暇つぶし」
 などということができるはずもない。
 皆、各々本を読んだり、ヘッドホンステレオで音楽を聴いていたり、それぞれの暇つぶしをしていた。
 皆が同じく、判で押したように、スマホの画面を見ている光景は、年齢を重ねてから見ると、情けないの一言であった。
作品名:起きていて見る夢 作家名:森本晃次