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大学時代の夢

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 それに、どこか寂しさが募っていたので、足元ばかり見て歩いていたようだった。
 実際に、フラフラしているようだったと、後になって聞かされたのだが、ただ、どうもその時、須川には何か予感めいたものがあったようだ。
 そして、気が付けば、病院のベッドの上にいた。頭には訪台がグルグル巻きになっているようで、足は、ギブスがまかれていた。他にも悪いところもあるようで、明らかに身体全体が損傷していて、起き上がることもできないようだった。
「君は交通事故に遭ったんだ」
 と医者から説明されて、
「やはりそうなのか?」
 と心の中でつぶやいていた。
 さらに、医者は、痛烈なことを口走った。
「どうやら、君は記憶を失っているようなんだ」
 というではないか。

                 大団円

「記憶を失っているというのを、よく医者は分かったものだ」
 と感じたが、実は須川は、自分で気づいていないところで一度、目を覚ましたようなのだ。
 その時に、医者に対して、いかにも記憶喪失であるかのような言動があり、その時に医者は、
「この患者は、記憶喪失」
 と診断したようだった。
 この時目を覚ました時の言動もおかしなものだったようで、確かに聞かれたことをすぐに思い出すことはできなかった。
 本人も記憶喪失の自覚はあるようで、もし医者に言われなくても、自分が記憶を失っていることくらいは分かっただろう。
「そんなに重たいものなんですか?」
 と聞くと、医者は、
「そこまで悲観的に考えることはないと思います。この程度であれば、少し時間はかかるかも知れませんが、ある程度までに記憶がよみがえってくると思います。記憶喪失としては軽いほうだと認識していますので、須川さんもあまり悲観的に考えないでください。潜在意識の方で、蘇ろうとする記憶を止めてしまうことになるかも知れませんからね」
 というのだった。
 それから、しばらくは、友達が訪ねてきてくれた。
「記憶喪失なんだって? 俺のことは憶えているかい?」
 と言われて、
「ああ、何となくだけど、おぼろげには憶えているんだ」
 というと、
「おお、そうか、それならよかった」
 と安心して帰っていく。
 それを見ていると、
「俺って何なんだ?」
 と考えるようになった。
 見舞いに来てくれるのはありがたいが、皆、まったく同じことしか言わない。そして、
「俺のことを覚えているか?」
 と言われて、
「おぼろげに」
 と答えると、安心して帰っていくのだった。
 何を安心しているというのか、須川には理解できなかった。それに、皆判で押したようなリアクション、そして質問。そして最後に帰っていく時の態度、もうウンザリであった。
「こんなことなら、お見舞いになんか来なくていいぞ」
 と言いたいが、そうもいかない。
「こんなにも、入院がきついとは」
 と思っていたが、そう感じたからなのか、見舞いに来る人もほとんどいなくなった。
「一周したのかな?」
 と、考えてみれば、友達として記憶していた連中は、皆来たような気がしたからだった。
 そんな状態を考えていると、
「退院まで、あと二週間くらいですね」
 と医者から言われた。
 あと一週間ほどで、足の骨もくっついて、そこから先、一週間くらい、リハビリが必要だということであった。頭のこともあるので、大事を取る方がいいということは、先生から言われてはいたからだ。
「二週間くらいであれば、苦痛もないだろう」
 と思っていたが、実際に退院時期を聞かされてから、二週間というのを考えると、思ったよりも長く感じるもののように思えた。
 最初の一週間は思ったよりも、早く感じたが、そこから先が少し長く感じられた。ちょうどその頃から、それまで感じることのなかった。
「寂しい」
 という感覚が襲ってきたのだった。
 寂しいという感情が出てきた頃だっただろうか、急に夢を見たのだ。
 その日の夢は最初出てきたのは、由香子だった。この日は、夢を数段階見たのだ。違う夢を同じ夢の中で見たような気がしたのだが、普通はそんなことは考えられないと思ったので、
「一度、ぼんやりと目を覚ますという状態が、数回続いたのではないか?」
 と感じたほどだった。
 そんな不思議な夢の始まりは、由香子だった。
 最後に曖昧な形で別れたという意識の中で、再度ばったりと出会って、会話が弾み、また付き合い始めるようになったのだ。由香子には、以前に付き合ったことがあったという思いがないのか、まるで、初対面の相手と接しているかのようだった。
 もちろん、お姉ちゃんの知り合いだったという意識もないようで、
「男女の普通の付き合いというのは、こういうことを言うんだろうか?」
 と感じたほどだった。
 その記憶を、記憶喪失のはずの、須川にだけあったというのは、おかしなものだった。しかも、この状態を夢だと認識しているのだった。夢というと、普通は目が覚めた瞬間に初めて、
「夢だったんだ」
 と認識するのが当然のことだったはずなのに、なぜ、夢の途中から、いや、最初からこれが夢だったということが分かっていたのか、とにかく、最初から最後まで、
「これは夢だ」
 という認識があったのだ。
 由香子と、しばらく付き合う夢を見た後、今度は、自分が大学を卒業した後の夢だった。就職も決まって、大学も卒業できることが分かっている時期だったので、きっと未来の夢であることは認識していた。
 しかし、自分は大学の図書室にいて、卒業のための勉強をしていた。
「何かおかしい」
 という意識があった。
 しかし、その意識の中で、友達が図書室の外を歩いているのを見た。
 スーツにネクタイ。就職活動の帰りなのだろうか?
 友達が図書室に入ってきて、
「お前まだ大学生をやってるのか?」
 と聞くではないか。
「えっ? お前は就活中なんだろう?」
 と聞くと、
「いやいや、俺はもう新入社員で、大変な時なんだ。大学生は気楽でよかったよ」
 と、本気でまだ学生をしている自分を羨ましがっているようだ。
 実際に、学生時代には、就職してからの辛さを考えると、このままずっと大学生活が続いてほしいなどと真剣考えていた時期があったのを覚えている。それも、結構長い期間だったように思う。
 だが、自分は確かに卒業したはずなのだ。それなのに、この夢は何を暗示しているというのか?
 そんなことを考えていると、また別の夢だった。時系列から行くと一番古いはずの夢を最後に見るというのは、皮肉なことだった。
 出てきたのは。聡子だった。
 その夢は、聡子に対して、
「愛している」
 という感情の最後だった、あの元カレによって、自分が審査されたあの時の場面だったのだ。
 夢の中だからなのか、その時の男の顔を覚えていないからなのか、顔が逆光になっていて、確認することができなかった。声だけが聞こえるというシチュエーションに。ゾッとするものを感じたのだった。
 急に怒りがこみあげてきた。
 今まで、夢を見た中で、感情がこみあげてきたことがあっただろうか?
「あっ、そういえば、悲しいことがあった時、夢に見て、寂しさを感じたんだっけ」
作品名:大学時代の夢 作家名:森本晃次